雪平試験管 前編
プロクレーンゲーマー試験、第五期。
試験官だけが集められた会議室は、静まり返っていた。
雑音はない。
だが、空気は重い。
“落とす側”の空気だった。
⸻
その中心で、九条恒一が口を開く。
「一次試験テーマ“志” 担当 雪平
二次試験テーマ“逆境” 担当 剣崎
三次試験テーマ“共感” 担当 威信
四次試験テーマ“資格” 担当 目立
最終試験テーマ“矜恃” 担当 九条。」
淡々とした声。
だが、その言葉の意味を、ここにいる全員が理解している。
「内容は各自で決めろ」
それだけ。
説明も、補足もない。
会長は席を立ち、部屋を出ていく。
扉が閉まる音が、やけに重く響いた。
沈黙。
「……“逆境”か」
剣崎が小さく笑う。
その目には、もう迷いがない。
威信はすでにノートを開き、ペンを走らせている。
目立は椅子を鳴らしながら背伸びをした。
誰も、困っていない。
“どう試すか”を、すでに持っている。
試験官。
それは、ただ強い人間じゃない。
“人を落とす覚悟がある人間”だ。
何を見て、何を切るのか。
その基準すら、自分で決める。
そして、その結果を、
誰にも言い訳できない。
その中で。
雪平だけが、動けなかった。
(……志)
言葉だけが、頭の中に残る。
(志って、なんだ)
勝ちたい気持ちか。
プロになりたい覚悟か。
違う、とすぐに思う。
(それだけなら、測れる)
技術なら、数字で見える。
成功率も、再現性も、比較できる。
でも、“志”は違う。
(見ようとして、見えるものじゃない)
雪平は、ゆっくり目を閉じた。
浮かぶのは、自分の過去。
迷ったこと。
間違えたこと。
誰かに頼ったこと。
完璧じゃなかった。
でも。
(全部、自分で選んできた)
あの時、逃げることもできた。
楽な道もあった。
それでも、選んだ。
その積み重ねが、今の自分を作っている。
(志って……)
“綺麗な答え”じゃない。
選択の跡だ。
(じゃあ、それをどうやって見る)
ここで、思考が止まる。
“見る”ことができないなら。
(……引き出すしかない)
誰かが、“選ばされる”状況。
そこで初めて、
本質が出る。
(選ばせる)
それも。
(……一人じゃなく)
ゆっくりと、目を開く。
(チームで)
その瞬間、
バラバラだった思考が、一つに繋がる。
⸻
数日後。
試験会場。
クレーンゲーム本体の前に立つ。
橋の上に並べられた箱。
左側。
白、黒、白。
右側も同じ。
白、黒、白。
一見、単純。
だが。
(これで、“誘導される”)
ほとんどの人間は、
同じ結論に辿り着く。
(でも、それじゃ届かない)
もう一段、
視点を変えないといけない。
(気づけるかどうか)
(信じられるかどうか)
それを、見る。
開始直前。
ふと、自分の手を見る。
わずかに、震えていた。
(……重いな)
苦笑する。
今まで、自分は“試される側”だった。
落ちるかもしれない恐怖。
選ばれるかもしれない期待。
それを、知っている。
だからこそ。
(落とす側の重さも、分かる)
もし間違えたら。
本来受かるべき人を、
落としてしまうかもしれない。
その責任は、誰も取ってくれない。
(……それでも)
小さく息を吐く。
(ここに立ったのは、自分だ)
逃げる理由にはならない。
やるしかない。
「雪平さん!」
呼び止められる。
振り向く。
一人の受験生。
継世瞳。
まっすぐな目。
強い光。
「私――」
名乗ろうとする、その瞬間。
雪平は、わずかに目を細める。
(……知ってる)
名前も、顔も。
この子がどれだけ努力してきたかも、
少しだけ、知っている。
(でも)
口に出る言葉は、別だった。
「ここは試験会場です」
静かで、揺れない声。
「まずは、試験に集中しなさい」
それだけを言い、
背を向ける。
継世は、言葉を失う。
伸ばしかけた手が、止まる。
(……あ)
胸の奥が、少しだけ沈む。
(やっぱり、覚えてないよね)
分かっていたこと。
でも、
少しだけ期待していた。
その背中を、
雪平は振り返らない。
(……ごめん)
心の中で、短く呟く。
覚えていないわけじゃない。
覚えているからこそ、
距離を取る。
(ここで関係を持ち込めば)
試験は、歪む。
それだけは、許せない。
(終わったら)
小さく、そう思う。
その言葉は、口には出さない。
静寂。
試験開始、直前。
雪平は、盤面を見つめた。
白、黒、白。
白、黒、白。
(……見せて)
その目に、もう迷いはない。
(あなたたちが、何を選ぶのか)
一次試験が、始まる。




