一条零の悩み事
入れ替え戦から一年。
かつてSランク二期生の頂点にいた男、
一条零は、
今も頂点にいた。
ただし。
そこに“ランク”は、もう無かった。
⸻
ピラミッドは消えた。
だが、人は消えない。
一条は知っている。
かつて自分が、
どれだけ下を見ていたか。
今。
その視線は消えていた。
けれど。
代わりに残ったものがあった。
(……誰も来ないな)
三期生、花形、高橋とは茶を飲む仲になった。
九条全は、時々声をかけてくる。
雪平は、自然に隣にいる。
椎名とは、ようやく昔の距離に戻れた。
下衆田は、
まぁ、いる。
だが。
それだけだった。
⸻
四期生。
二十人。
顔は知っている。
名前も、だいたい分かる。
だが。
話したことは、ほとんど無い。
イベントで顔を合わせても。
目が合えば、逸らされる。
近づけば、離れられる。
(……そんなに怖いか?)
ある日。
廊下で、四期生と目が合った。
一瞬。
固まる相手。
そして――
逃げた。
「……あ」
思わず手を伸ばしかける。
(飲み物でも……奢ろうとしただけなんだが)
手が、宙で止まる。
(……ダメか)
⸻
その日の夕方。
一条は、珍しく人を探した。
九条全。
「……相談があります」
「は?」
全が笑う。
「お前が?今更?」
「……はい」
全は肩をすくめる。
「別に俺は、生意気な後輩くらいにしか思ってねぇけどな」
一条は黙って聞く。
全は少し考えてから言った。
「お前さ」
「“できない”って、あんま無かっただろ」
一条の目が、わずかに揺れる。
「だからさ」
「できないやつの気持ち、分かんねぇんだよ」
一拍。
「できないけど、必死にやってるやつ」
「もっと見てやれよ」
一条は、小さく頷いた。
⸻
次に訪ねたのは、雪平。
「頼ればいいんじゃない?」
あっさり言った。
「一条くん、なんでも自分で終わらせるでしょ」
「頼られた側って、意外と嬉しいよ?」
一条は考える。
(……頼る、か)
⸻
次。
羽澄。
「ん〜、顔!」
即答だった。
「怖いよね♡」
「笑ってないもん」
一条は、わずかに口元を触る。
「……そうか」
その帰り。
売田とジョーとすれ違う。
一条は、軽く会釈した。
それだけだった。
(……足りないな)
⸻
後日。
一条の控え室。
トロフィー。
賞状。
過去の証明。
だが片隅にだけ。
異質な空間がある。
畳一畳。
茶道具。
梅田芭蕉から貰ったもの。
一条は、静かに座る。
茶を点てる。
湯の音。
茶筅の擦れる音。
心が、静まる。
(……余計なものが多い)
過去の声。
評価。
勝敗。
視線。
全部。
少しずつ、沈んでいく。
そのときだった。
⸻
「控えろでげす!!」
一条の耳が、わずかに動く。
外。
騒がしい。
「零様に挨拶だと!?」
「ふざけるなでげす!!」
(……なんだ?)
「三期生、四期生ごときが!」
「零様に話しかけるなど笑止!笑止でげす!」
一条の手が止まる。
「お前も三期生だろ……」
「黙れでげす!!」
下衆田だった。
「零様はお忙しい!!」
「貴様ら愚民に割く時間など無いでげす!!」
一条の目が、ゆっくり閉じる。
(……なるほど)
静かに立ち上がる。
扉を開ける。
下衆田と目が合う。
下衆田は、胸を張った。
誇らしげに。
完璧に役目を果たした兵のように。
「零様!!」
敬礼。
一条は、しばらく見つめた。
「……下衆田」
「話がある」
⸻
翌日。
鉄壁の門番、下衆田は
職を失った。
⸻
数日後。
廊下。
一条は立ち止まる。
目の前。
四期生。
今度は、逃げなかった。
一条は、少しだけ考えて。
ぎこちなく。
「……何か、困っていることはあるか」
沈黙。
四期生が、驚いた顔をする。
一条は続けた。
「俺にできることなら、手を貸す」
一拍。
「……頼ってくれていい」
その言葉は。
少しだけ不器用で。
少しだけ遅くて。
でも。
確かに届いた。




