神代とバズ子の初デート②
午後三時。
BAR『プリンセス』。
扉には
《準備中》 の札。
統が立ち止まる。
「……まだ準備中じゃないんすか?」
バズ子はにやりと笑う。
「大丈夫大丈夫♡」
扉を押し開けた。
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「いらっしゃ……あらぁ?」
カウンターの向こうでグラスを磨いていた女性が顔を上げる。
「すいません、まだ準備中で……」
一瞬。
「あら、バズ子ちゃん!」
「葉子さん、前に話した統くん連れてきたよ♡」
統は姿勢を正す。
「はじめまして。神代です」
葉子は目を細めた。
「ねぇ、実物のほうがイケメンね」
くすっと笑う。
「いらっしゃい。バズ子ちゃんのお連れなら、いつでも歓迎よ」
「さ、座って座って」
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奥のテーブル席。
バズ子と統は隣同士に座る。
「なに飲む?」と葉子。
「私はカルーアミルク♡」
「ジントニックで」
「私は梅酒にしようかしら」
三つのグラスが並ぶ。
「乾杯♡」
カチン、と静かな音が響いた。
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葉子はマジックの準備のため席を外す。
店内は落ち着いた静けさに包まれる。
バズ子が統を見つめる。
「ねぇ、統くん」
「今日はなんで誘ってくれたの?」
統は少し考え、
静かに答えた。
「羽澄さんと、ゆっくり話してみたくて」
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統回想
半年前。
プロ三期生が合格した直後。
三期生指導合宿。
初日。
指導役として来た二期生三人。
だがそれは指導ではなく、
後輩いびりだった。
「お前才能無いよ」
「そんなのでよくプロなれたな」
「ライセンス返して実家帰れよ」
冷たい言葉が浴びせられる。
三期生の中には
涙を堪えきれず崩れる者もいた。
空気は重く、黒く沈んでいた。
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「あのぉ〜、先輩」
神代が手を挙げる。
「おれ、もっと先輩に直接ご教授いただきたいっすね」
場が静まる。
「お〜?なんだお前」
「よし、俺が直々に指導してやるよ」
「先輩ならこれ何手で取れるんですか?」
「……4手ってとこだろうな」
「そうですか」
統はプレイを始める。
二手目。
ゴトン。
「楽勝っすね。先輩の指導のおかげっすかね?笑」
空気が凍る。
「お前、舐めてるな」
その後――
統は三人全員に完封勝ちした。
拍手はない。
しかし。
その日以降、
三期生への当たりはさらに強くなった。
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数日後。
統は理解する。
(自分が出しゃばると、みんなに迷惑がかかる)
それ以降、目立つ行動を控えた。
重たい空気は消えない。
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そこへ、
一期生の羽澄京子が指導係として合流した。
二期生が挨拶する。
三期生も遅れて頭を下げる。
羽澄は周囲を見回し、
首を傾げた。
「雰囲気悪くない?」
一同が固まる。
「こんなの撮影だったらお蔵だよ?」
にこっと笑う。
「ほら、もっとスマイルで♡」
空気が、ほどけた。
笑いが生まれた。
統はその瞬間を、
はっきり覚えている。
黒ずんでいた空気が、
ぱあっと明るい白に変わった。
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練習が始まる。
明るい声が飛び交う。
羽澄は統のプレイに目を奪われる。
「きみ……えっと……」
「神代。」
「神代統です」
少し緊張した声。
「統くんね」
羽澄は笑った。
「すごくセンスあるね」
「私なんかより、よっぽど♡」
統は迷った。
(目立てば迷惑になる)
「いえ、たまたまです。まだまだです」
波風を立てない答え。
羽澄は首を傾げた。
「ん〜、ちがうでしょ?」
一歩近づく。
「周りは関係ない。」
「君は私なんか、すぐ飛び越えてスターにならなきゃ」
にこっと笑う。
その瞬間。
統の世界が、真っ白に輝いた。
心臓が大きく鳴る。
彼女が放つ白が、
眩しかった。
その言葉が、
胸の奥に真っ直ぐ刺さった。
統は、
完全に撃ち抜かれていた。




