全と零のお茶会 後編
そのとき、廊下の向こうから足音。
使用人が障子を開ける。
「九条様のお連れの方がお見えです」
現れたのは、三期生。
花形鈴と高橋桜だった。
二人は茶室に入り、
一条零の姿を見た瞬間、
ぴたりと動きを止めた。
元Sランク二期生の頂点。
入れ替え戦前の覇者。
静かな威圧感。
二人の背筋が固まる。
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「座りな」
全が軽く手を振る。
ぎこちなく正座する二人。
芭蕉が茶を点てる。
差し出される茶碗。
恐る恐る口をつける。
一口。
二口。
三口。
肩の力が、すっと抜ける。
「……おいしい」
「なんか……落ち着きます」
芭蕉は静かに微笑んだ。
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「全くん」
芭蕉が言う。
「いつ来てもいいとは言ったが」
一拍。
「ここは合コン会場ではないんだよ?」
使用人が慌てる。
全が笑う。
「じゃあここより美味い茶飲めるとこ教えてくださいよ」
「それは無理な相談だ」
芭蕉は笑った。
使用人は胸を撫で下ろした。
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和菓子が運ばれる。
甘さが茶の余韻を引き立てる。
茶室の空気はすっかり和んでいた。
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「私、一条先輩ってもっと怖い人だと思ってました」
高橋が言う。
「わたしもです」
花形が頷く。
零は少し視線を落とした。
同期の椎名以外、ほとんど会話してこなかった。
話しかけづらかったのかもしれない。
自分自身を、少し振り返る。
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全が笑う。
「こいつ口は悪いけど、不器用なだけで悪いやつじゃねぇよ」
「九条先輩も口は悪いですけどね」
二人が笑う。
零の口元がわずかに緩む。
「……確かに。おれよりな」
全がむきになる。
「おい!」
茶室に笑いが広がる。
芭蕉は、その光景を静かに見ていた。
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茶会が終わる。
玄関先。
「またいつでも来なさい」
芭蕉の言葉に、
四人は深く頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
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芭蕉が零を呼び止める。
小さな包みを手渡す。
「これは?」
「悩んだとき、心を落ち着かせたいとき」
一拍。
「集中したいとき、
願掛けのようなものだ」
零は静かに受け取る。
「ありがとうございます」
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帰宅後。
包みを開ける。
中には――
小さな茶道セットが入っていた。
零はしばらく、それを見つめていた。
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数日後。
クレーンゲーム協会ロビー。
「零様、お疲れ様でげす!」
下衆田が駆け寄る。
「ああ、おつかれ」
「喉乾いてませんかげす?」
零は少し考える。
「あそこの休憩席で休むか」
「はいでげす!」
下衆田は自販機へ走る。
いつものように、
缶コーヒーのボタンへ指を伸ばす。
「待て」
下衆田が固まる。
「げす?」
零は隣を指さす。
「……その横の」
梅田流 抹茶。
「これでげすか?」
下衆田は二本購入する。
ぷしゅ。
缶を開ける音。
一口。
下衆田の目が丸くなる。
「美味しいでげす」
零は静かに頷く。
「そうか」
一拍。
口元がわずかに緩む。
「なら今度――」
「もっと美味いのが飲める場所に連れてってやる」
下衆田の顔がぱっと明るくなる。
零は静かに抹茶を飲む。
その表情は、
以前より少し柔らかかった。




