深海で、私はほどけはじめた
空腹感は、いつのまにか消えていた。
だが、満腹感があるわけでもない。
消えた、というより――感覚そのものが、平らになっていた。
満たされてもいないし、欠けてもいない。ただ、空白だけがある。
それでも、自分の意識だけは、はっきりとそこにあった。
動こうとした。
けれど、進めない。
揺れることはできる。わずかに、流れに身を任せることも。
吸い込まれるまでは、確かに動けていたはずだ。前へ、後ろへ。わずかでも、自分の意思で。
今は、移動だけが、できなくなっている。
意識を、体の奥へと沈めていく。
どこがあるのかも分からない体を、手探りで辿るように。
――そういえば。
海藻のようなものが、体のいちばん端に絡んでいた気がしたけど。
あれは、いつの記憶だろうか?
動けないせいか、思考もどこか鈍っていた。
試しに、意識だけを向けてみる。
意識を送ると、かすかな感覚だけが返ってくる。
動いたという実感はない。
ただ、そこに触れているような、そんな曖昧な手応えがあった。
けれど、不思議と拒まれてはいなかった。
その先から、かすかな流れを感じる。 温度でも圧でもない、ただ生きているものが循環する気配。
それがこちらへと滲むたび、空腹だったはずの場所は、何も訴えてこなかった。
満たされているわけではない。ただ、必要なものが、先のほうから運ばれてきている。
――そんな感覚だけがあった。
でも、先端のほう。 いちばん端にあるそれは、思ったように応えてはくれなかった。
自分では、動かしているつもりなのに伝わっていないような感覚。
何度も、同じ動きを繰り返し行ってみた。
焦りはない。
思考が鈍っているせいか、同じことを繰り返しても、飽きることも、退屈を覚えることもなかった。
最初は、回数を数えていた。
けれど、そのうち面倒になって、数えるのをやめた。
何度も繰り返しているうちに、それは考えることでも試すことでもなく、ただの作業になっていた。時間を忘れ、区切りもなく、ただ同じことだけを繰り返していた。
すると、ほんのわずか、
いつもとは違う感触がした。
ほどけたのか。
ずれたのか。
ただの錯覚か。
確かめる間もなく、
ぺりっ。




