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私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました。  作者: 山田ランチ


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7 それぞれの想い

 視察先で領主の執務室を借りて公務に当たっていたクレマンは、相変わらずの激務が続いていた。

 机にかじりついたように報告書を読んでは決済をしていくクレマンの傍らで、トリスタンも積み上げられた書類に目を通している。そしてクレマンがすぐに確認をしなくてはならない事案とそうでないものを仕分けしていく。本当は体育会系であるはずのトリスタンが小さな机と椅子に収まっているのはなんとも妙な絵ではあるが、この数日で見慣れてしまってきていた。

 ジャンは休暇明けすぐにクレマンの視察に同行していた為、コレットに連絡を入れる事が出来なかった。おそらくコレットの手紙はトリスタンには届いていないだろう。本当にすれ違いが多いように思える姉と婚約者を見ながら、小さな欠伸を噛み殺した時だった。部屋のドアが叩かれて、領主が恐る恐る手紙を差し出してくる。ジャンは差出人を見るなりクレマンの元へ向かった。


「クレマン殿下、陛下よりお手紙が届いております」


 ペンを走らせていたクレマンは金色の髪の隙間から顔を上げると、小さく息を吐いた。


「少し休憩にしよう。皆もそれぞれ休んでくれ」


 クレマンは長い足を組み替えると、手早く手紙の封を開けた。そして読み終わるとすぐにトリスタンを見た。


「どうやらお前の婚約者が王都に帰ってきているようだよ。今ではすっかり注目の的だね」


 意味深な笑みを浮かべたクレマンは、反射的に手を止めたトリスタンを楽しそうに見つめて続けた。


「コレット嬢の為に夜会を開くようだ。間に合うようなら出席するよう書いてある。全く、こちらは急な視察だというのに勝手だよ。でもまあこのペースだと夜会には間に合わないかな」

「……ジャン、コレットはいつ帰ってきたんだ?」


――ほらきた。


「ほんの数日前です。手紙を出すと言っていましたが、そのご様子だと行き違いだったようですね」

「なぜ言わなかったんだ」

「今の今までご存知だと思っておりました」


 冷や汗が背中を流れていく。剣を向けられているような視線に、トリスタンがいれば他の護衛などいらないのでは?と思う程だった。


「手紙の行き違いを考えて直接話すべきだとは思わなかったのか?」

「申し訳ございません」

「まあまあ、落ち着きなさい。未来の弟に詰め寄るものではないよ」

「事実を申したまでです」

「トリスタンはコレット嬢から事前に連絡がなかった事が面白くないんだよね」


 クレマンの口振りはトリスタンをからかう気満々の口調で、ジャンは生きた心地がしないまま拳を後ろできつく握り締めた。


「一応申し上げさせて頂きますが、コレットから我が家にも帰るという報告はございませんでした。厳密に申しますと、我が家とトリスタン様に手紙を出したつもりが、すっかり忘れて書類に挟まっていたとの事でした」


 するとクレマンは肩を揺らして笑っている。しかしトリスタンからは冷気の漂う視線が返ってきた。


「コレットにとって俺はその程度の相手という事なのだろうな」


 ジャンはカッとなり、再びペンを走らせようとしたトリスタンの前に手を付いていた。それは半ば無意識の行動で、すぐ近くで視線がかち合う。一気に汗が吹き出したが、腕が震えているのがバレないように精一杯力を込めた。


「お言葉ですが、姉をその程度にしか思われていないのはトリスタン様の方ではないですか? 姉が旅立った時にお話しましたよね? トリスタン様の方から手紙も、会いに来た事もないと言っていたと。その後ご自身からコレットに手紙を送った事がお有りですか?」

「絶えずやり取りをしていれば、もうどちらが最初かなど分からないだろ」

「それでは愛の言葉を書かれた事はお有りですか?」

「手紙にそんな事を書く訳ないだろ」

「この婚約自体が家同士が決めたものだと言う事は重々承知しております。それでも姉はトリスタン様と良い関係を築いて夫婦になろうと努力していました。それだけは認めてあげて下さい!」


 言い切ると部屋を出ていく。扉を閉めた瞬間、ジャンは一気に震えが起こって逃げるように走り出した。





「珍しいね。お前にあそこまで意見する子がいるなんて」


 まだ小さく笑っているクレマンは、唖然としたまま閉まったドアに釘付けになっているトリスタンを見て言った。あそこまで言い返されるとは思っていなかったトリスタンは、天井を仰ぐと目を瞑った。


「……俺とコレットの婚約は二人で決めた事です」

「ああ知っているよ。何度も聞かされているからね」

「なぜそれが家同士の決めた事になっているんです?」

「さあね。コレット嬢が覚えていないのかも」


 すると勢いよく立ち上がったトリスタンはクレマンを睨みつけた。


「おいおい、私に怒ったってしょうがないだろう? コレット嬢はまだ小さかったんだから覚えていなくても責められないよ。確かお前が六歳で、コレット嬢が五歳だったんだろ?」

「俺が五歳で、コレットが四歳です」

「それならなおの事覚えていないだろうよ。確かジャンに女っぽいと言ってコレットに頭突きを食らったっていう話、何回聞いても笑えるよね」

「……頭突きを食らった訳ではなくて、コレットの方が小さかったから立ち上がった時に頭が俺の顎にぶつかったんです」

「どっちでもいいよ。それなのにコレットの方が泣いちゃったんだよね」

「責任を取って結婚すると鼻水を垂らしながら言われました」


 何故かはにかむようにそう言ったトリスタンにクレマンは若干引いた表情をした。


「それなのに婚約をしたのは随分経ってからだったろう?」

「……休憩は終わりです。さっさと手を動かしてください」

「あ、なんだよ。分かりやすく話題を変えたな。はいはい、早く王都に帰りたいって事か。どうしようかな、協力してあげてもいいけれど君次第だね」


 意地悪く微笑んだクレマンは、久し振りにおもちゃでも見つけたように微笑んでいた。


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