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私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました。  作者: 山田ランチ


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3 婚約者に嫌われない為、身の程をわきまえる事にしました

 いつものように侍女達が髪を梳かし始めていく。そして丁寧に巻こうとした所で、コレットはぼんやりとしていた意識を取り戻した。


「待って! 今日から髪は巻かなくていいわ。一つに結んでくれるだけでいいの」


 侍女達は驚きながらも巻かないさらりとした髪を一つに結い上げると、顔には肌を綺麗に見せる為の粉がはたかれていく。そしていつものように色とりどりの色が入ったアイシャドウを取り出した。侍女が手慣れた手付きで濃いめの茶色を筆に取った所で、コレットはその手首を思い切り掴んだ。


「今日からは化粧も質素でいいわ。最低限、見られるくらいにして頂戴」

「ですが、そうしますとかなり薄くなってしまいますが……」

「かなり薄く!? うぅ……いいわそれで」


 戸惑う侍女をよそに目を瞑った。

 今までは一時間半は掛かっていた身支度の時間が大幅に短縮された事で、コレットは朝の時間を持て余し早めに朝食の席へと着いた。いつもは一番早い父親が広間へと入ってくる。立ち上がって挨拶をすると、通り過ぎようとした父親が大声を出した。すぐさま母親も後を追うように入ってくる。そして二人顔を合わせて言葉を失っていた。


「お前、顔がなくなっているぞ」

「失礼ね。お父様だって人の事を言えたお顔なのかしら」

「コレット! お父様になんて事を言うのよ! お父様のお顔は凄く愛らしくて、素朴で、和むお顔なのよ!」

「……お父様、どうしてそこで照れるのかしら」


 コレットは横で顔を赤くしている父親から目を背けると席についた。両親が両脇を陣取るようにして囲ってくる。そしてルネを呼んだ。


「完成していないぞ! 早く直してやるんだ」

「ルネ、下がっていていいわ。私からちゃんと言い聞かせるから」

「私はそのくらいのお嬢様の方が好きですからね!」


 ぐっと拳を握り締めたルネが扉の方に戻っていく。コレットは息を吐くと、まっすぐに背筋を伸ばした。自分で言うのもなんだが、地味な方の顔ではあるが別に悪い訳ではない。それでもなまじ母親とジャンの顔が濃く整っているだけに、常にそばにいる自分の顔は薄いものだという意識が植え込まれてしまっていた。それは幼い頃から根付いたものなので簡単に払拭出来るはずもなく、こうして両親ですらジャンが美形、コレットはまあそこそこという認識が定着してしまっていたのだった。


「私もうあんなに濃い化粧は止めたの。これからは生まれたままの顔でいくわ」

「そんな、ジャンが訓練所から戻ってきたらどうするんだ! 居た堪れなくのはお前の方なんだぞ?」


 じっと見返した父親は一瞬たじろぐと、母親の方に逃げの視線を送った。 


「でも茶会や夜会ではちゃんと化粧をしていくのでしょう? そうじゃないとどこにいるのか分からなくなってしまうわ。あなたは、その、とても控えめは顔立ちなのだからね」


 今度は母親をじろりと見たが、そこは母親。譲る気はないのだろう。むしろ目力で押し返されてしまった。


「あまりココを虐めないでよ」


 三人で振り返るとドアにはジャンが立っていた。


「ジャン! どうしたの?」


 声と同時に二人が走り出し、ジャンはあっという間に両親に揉みくちゃにされてしまった。やっとの事で這い出してきたジャンは、コレットの隣に逃げるとコレットの顔をまじまじと見た。


「うん、いつもの僕のココだね」


 そうにこりと笑った。


――眩しい! 顔が良い弟が朝から眩しいわ!


「何もせずにその顔だなんてほんっとうに世の中不公平だわ。というかどうしてここにいるの? まさか抜け出して来たんじゃないでしょうね!?」

「そうなのか? まさか私達に会いたくなったのか? よし、すぐに長期の休暇申請を出そう!」


 息巻く両親に諦めの表情を浮かべながら、ジャンは隣の席に腰掛けた。


「一日だけ家の用事という事にして休暇申請を出してきたからまたすぐに戻るよ。それより二人共、あんまりココを追い詰めるのは止めてくれよ。昨日だってトリスタン様が……」

「あ―あ―! ジャン、うるさいわよ」

「うるさいのはお前だ。トリスタン様がどうしたんだ? 確か昨日は交流戦を見に行ったんだったな? 何か粗相でもしたんじゃないんだろうな? いくら婚約者とはいえ礼儀は弁えなければならないぞ」

「いくらなんでもそんな事はしないわよ。多分。……呼び出すって礼儀を欠く事になるの?」


 最後の方は小さくジャンにだけ聞こえるように言うとジャンは頭を撫でてきた。


「何度も言うけれどココは今の方が可愛いよ。それでも心配なら、少しの間頭を冷やす為にグレンツェ叔父様の所にでも行ったらどうだ?」

「グレンツェ叔父様……確か、昔はよく行っていたわよね。懐かしいわ、シモンお兄様はお元気かしら」

「駄目だ駄目だ! あんな辺境の土地にお前を行かせられる訳ないだろう」


 グレンツェ領は父親の従兄弟に当たるグレンツェ辺境伯が治めている領地だった。国境が隣国のギレム王国とレア王国に面したグレンツェ領は、今はどちらの国とも有効的な関係を築いているとはいえ、一歩間違えば戦争の最前線と成り得る危険な場所に変わりはない。とはいえ、今は近隣の国の中では同じくらいの国土を持つギレム王国とは同盟関係にあるし、大きな国土を持つレア王国とも積極的に交流をするくらいには良い関係を築いている。特にレア王国からもたらされる上質な生地や最新の加工技術が施された宝石は、まだ王都では少量しか出回っておらず、高値で取引されているものばかりだった。その貴重な商品を取引しているのもグレンツェ辺境伯だった。


「二国とも関係はむしろ良好じゃない。お父様は何がそんなに危険だと思うの?」

「コレット、お前は仮にもデュボワ公爵家次期当主の婚約者なんだ。全ての危険を避けるのは当たり前の事だろう」


 そう言われてしまえばぐうの音も出ない。でも頭の中にうっすらとしか残っていたグレンツェ領の記憶を呼び起こすと、気持ちはすでにグレンツェ領に向き始めていた。自然が多く、そこまで大きな街だった記憶はないが今はそれ以外の物が頭を締めている。


――確かあそこはレア王国からの輸入品が王都とは比べ物にならない位入っているのよね。


 濃い化粧は止めたが、せめて元々の肌や髪を美しく保ちたいという欲求はある。それに昨日まであれだけ濃い化粧をしておきながらいざ今の顔でトリスタンや他の貴族達の前に出ると思うと、恥ずかしさの方が勝ってしまうのだった。


「お父様、私決めました。花嫁修業の為にしばらくグレンツェ叔父様の所に行かせて頂きます!」

「私の今の話聞いていたのか? 学園はどうするんだ」


 驚いた父親をよそに母親の元に行くと、そっと耳打ちをした。


「良い化粧水や香油などを沢山お土産に致しますね」


 母親はそういった香りの良い化粧品に目がない。ぱっと顔を輝かせると、なだめるように父親の背中に手を回しに行った。


「いいじゃない少しの間だもの。社会勉強だと思って。ねえ? 学園には休学という事で連絡を入れておくわ、お父様が」 


 父親が美しい母親にめっぽう弱い事も知っている。だからもうこの案は通ったも同然。絆されていく父親を見ながら、もう決定したであろうグレンツェ領行きへ思いを馳せ、テーブルに並び出した朝食を口に運んだのだった。





 ジャンは言葉通り、夕方には訓練所に戻る事になった。


「それじゃあ暫くの間会えないけれど元気でね」

「どれくらい行くつもり? 僕も近々長期休暇を取って……」

「そんな調子だといつまで経っても交流戦の代表には選ばれそうもないわね」

「それじゃあいつ帰って来るんだよ」

「自分が勧めたんじゃない」 


 行く前から帰りの事など考えておらず、適当に言った。


「三ヶ月くらい? あまりいても叔父様達にご迷惑だし、適当に帰って来るわ」

「トリスタン様にも一応ご連絡するんだぞ」

「大丈夫よ。見聞を広げる為にお勉強して参りますってちゃんとお手紙を書くわ」

「せめてトリスタン様の了承を取ってからの方がいいんじゃないか? 勧めたのは俺だけど、婚約者が王都を離れる訳だし」


 もごもごと不安を並べ出すジャンに呆れた視線を向けた。可愛い顔をしたジャンも結局は男で、縦社会に属する者なのだとこんな時に実感してしまう。同じ背丈の肩に手を置いて頷いた。


「トリスタン様が私を心配されると思う? 良く考えてみて。婚約してから早七年。トリスタン様から会いに来た事なんてあったかしら。手紙を下さった事は?」

「あっただろう? 誕生日の時やお前が熱を出した時なんかの時も。夜会も出席する時は迎えに来てきてくれていたじゃないか」 


 コレットはちくりと傷んだ胸の痛みを追いやるようにして笑みを作った。


「違うわ、それは全部私が先に手紙や知らせを出していたからよ」

「どういう事だ?」

「もうすぐ誕生日ですよとか、体調を崩してしまったとか、私の方がトリスタン様のお耳に入るようにしてきたのよ。さすがにデビュタントを過ぎてからは手紙を書いて呼ぶのは止めたけれど、それまで何年も続いていたらさすがに覚えるじゃない? それに体調を崩した時もわざとトリスタン様のお耳に入るように家の者をお城まで行かせたりしたもの」


 ジャンは無言のまますっと目を細めた。


「やめて、何も言われない方が辛いわ」

「そこまでしてトリスタン様の気を引こうとしていたんだな。知らなかったよ。なんか、うん、そうだったんだ」


 家族だってこの話を聞くと引くのだ。きっと、内心トリスタンもうんざりしていたに違いない。一歩引いて自分の行動を見てみると、本当によく今までトリスタンは許していてくれたと関心する程だった。 


「確かに我が家は領地が広いし、鉱山もあるし、農地もあるものね」


 ぽつりと呟いた声にジャンが顔を顰めた。


「もしかしてトリスタン様がうちの財産目当てで結婚するとでも思っているのか? 相手は公爵家だぞ」

「だけどそれ以外に私と結婚する理由がないもの」


 するとジャンも諦めたように頷いた。


「分かったよ。そこまで言うなら気分転換に行ってくればいいさ。どうせトリスタン様が訓練所を卒業されるまではあと一年あるんだ。それまではココも暇だろうし、何かトリスタン様のお役に立てるような知識を身に着けてくるといいよ」

「やだジャンたら。私が学べるような事はトリスタン様もご存知のはずよ」

「……お前な、せっかく送り出そうとしているんだから水を差すような事言うな」


 コレットは苦笑いしながらしばらく離れる事になるジャンを抱きしめ見送ってから、トリスタンへの手紙をしたためた。


 グレンツェ領へは王都から一週間はかかる。先に父親が書いた手紙がグレンツェ辺境伯のところに向かい、その四日後にコレットはルネと数人の侍女と護衛を連れてグレンツェ領へと旅立った。

 トリスタンへの手紙はコレットがグレンツェ領に着いた頃合いをみて届けるように言付けを残して。

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