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私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました。  作者: 山田ランチ


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11 恋とすれ違い

 国王両陛下の御前に呼ばれたシモンとコレットは、膝を着いたままグレンツェ家の使用人が持ってきたトレイを受け取ると、国王の前に差し出した。賑やかだった夜会は水を打ったように静まり返り、誰もが国王の一挙一動に目が釘付けになっていた。


「ふむ。確かに良い品だな。見事な輝きを放っている。この大きさでこれ程美しいのだ。大きな宝石を加工したらもっと映えるのか?」

「確かに大きな宝石は美しく見応えもございます。しかし小さいからこそより輝く場合もございます。宝石によって美しく見せる方法が違い、レア王国には宝石の声を聴く職人が育っているのでございます」

「宝石の声を聴く、か。良い事を言うのだな。そなただからこそレア王国の職人達は心を開いたと聞いたが、一体何をしたのだ?」


 答えに困ってしまう。実を言うと特別な事は何もしていなかった。

 派手な化粧や髪型を止めてすっかり自信を無くしてしまっていた所で、気分転換にと街の露天を覗いていた時だった。見つけたのは原石で、今の自分には宝石よりもこれくらいが似合いだと思った。薄い白乳色に淡い緑が入っているものや、桃色が混じっているもの、藍色と深緑が混じり合ったものなども、無造作にトレイに乗って置いてあったそれらは、綺麗な小石に見え、本当に可愛らしかった。何度も通って、ある日赤い小指の先程の原石を購入したのだった。その時、露天のおじさんにそれをより素敵に加工してくれる所があると教えてくれたのだ。それがひっそりと営業を続けていたレア王国の職人の店だった。そして持っていったのは、特別気に入っていた赤い原石だった。トリスタンの髪色を思い出させる色だった。

 派手にはしないで欲しいと言って出来上がった首飾りは、上品でそれでいて愛らしく、宝石の中に吸い込まれそうな深い色味が中心に出来ている。その瞬間、トリスタンを思って涙が溢れてしまった。なんと言われても好きなものは好きだった。それでもあのままそばにいたらきっとまた会いに行ってしまっていただろうし、おそらくいらぬ心配や嫉妬もしたかもしれない。そうしてトリスタンに疎まれ、嫌われてしまうのが怖かった。だから自分から離れたのだ。職人のおじいさんは何も言わずに首飾りを首に掛けてくれると、手を差し出すように言い、もう一つ、ころんと掌に乗せてくれた。


「コレット? どうした?」


 ハッとして横を見ると、シモンが小声で呟いてきた。


「陛下のご質問にお答えして」


 一瞬にして頭を回転させると、乾いた喉を動かした。


「偶然入ったお店が、レア王国の職人が細々と宝飾品を作りながら販売をしている場所だったのです。特別な事はしておりませんが、最初に出会った方が良い人だったのかもしれません。その御方は、レア王国のとある貴族に仕えていた代々続く職人の家系だとの事でした」

「運も持ち合わせていたという事だな。我がルゥセーブル王国に大きな繁栄をもたらしたコレット・ロシニョールに褒美を遣わす!」


 国王の良く通る声を共に騎士が運んできたのは、ルゥセーブル王国の紋章が入った短剣だった。金で出来た細やかな細工は息を飲む程で、儀式にも使えそうな豪華な作りになっていた。震える手でそれを受け取ると、持ち上げて深く頭を下げた。コレットは受け取った短剣を騎士に渡すと、頭を下げながら壇上を降り、シモンの横に並んだ。


「グレンツェ辺境伯よ。そなたの活躍も聞いておるぞ。これからも国の繁栄の為に尽くしてくれ。両家の繁栄を願っている」

「ありがたきお言葉を頂き、感謝致します」


 シモンも深く頭を下げた。

 貴族達の前であれだけ讃賞されれば、確固たる権力を得たも同然だった。緊張のあまり喉が乾いてしまい、シモンと飲食スペースに行くと使用人から適当なグラスを受け取り、二人で一気に飲み干してしまった。そして飲み終わった後、とっさにシモンを見た。喉を焼くようなお酒が流れていく。そして驚いているシモンを目に捉えながら、視界はぐらりと反転した。





 ズキズキと痛む頭と喉の乾きに目を覚ます。部屋の中は暗く、窓からは涼しい風が吹き込んでいた。誰かがソファに座っている。コレットは頭を押さえながら起き上がった。


「シモンお兄様? 悪いけれどお水をくれない?」


 人影が動き、グラスを差し出してくれる。そしてはっきり見えた姿にコレットはグラスを取りそこねてしまった。大きな手がそれを掴み、間一髪の所で溢れる事はなかった。薄闇の中で見たトリスタンは怒っているようだった。


「どうしてここに……」


 言葉が続かない。頭の中が整理出来なくて、放心してしまった。


「あの、シモンお兄様はどちらに?」

「こんな時でもあいつが気になるか?」

「気になるといいますか、先程まで一緒だったので。夜会はどうなりましたか?」


 するとトリスタンは盛大なため息をつくと、髪を掻き上げた。


「もう終わった。ここは王城の客間だよ。君は酒を一気に飲み、意識を失ったんだ」

「そんな……」


 身体から血の気が引いていく。最後の最後で粗相をしてしまった。これから一体どんな目でロシニョール家が見られるのか、もしかしたらトリスタンとも婚約解消になってしまうかもしれない。全てが怖くなって毛布に顔を埋めた。


「心配しなくても大丈夫だ。幸い倒れる前にグレンツェ辺境伯が支えたし、その後はすぐに俺が引き継いでここへ連れて来たから騒ぎにもなっていない。ロシニョール侯爵は眠っているうちに連れ出すのも目立つだろうからと渋々ここへ泊まらせる事を了承したよ」

「申し訳ございません。ご迷惑をお掛け致しました。どうぞトリスタン様もお帰り下さい」

「一人置いて帰れる訳がないだろ」

「ですがもう夜も遅いですし、しトリスタン様もお疲れでしょう? 私はもう大丈夫ですから」


 これ以上呆れられたくない。情けない姿を晒したくなかった。


「……あの男なら頼ったのか?」

「どういう意味でしょうか」

「先程気がついた時、シモンお兄様と呼んでいたな」

「あれはお兄様には以前いたずらでお酒を飲まされた事があって、その時は具合が悪くなってしまったので回復するまでずっと看病させたのです。酷いですよね、お酒と分かっていたのに」


 その時肩をトンと押され、身体がシーツに縫い留められた。何が起きたのか分からないまま、トリスタンを見上げる格好になっている。そして初めて押し倒されたのだと理解した。


「君は俺の婚約者じゃないのか?」

「トリスタン様の、婚約者です。破棄されない限りですが」

「なぜそんな言葉が出てくるんだ」

「色々と呆れられてしまったのではありませんか?」

「呆れてはいる。なぜそんなに無防備なのかと」


 トリスタンは顔を背けると、一気に起き上がった。開放された瞬間、心臓が外に出ているのではないかと思う程にうるさく鳴り出した。


「……もしこの状況が他の男だったら? 君を誰だかも分からずに、ただ酔った女性を介抱しているだけと思い込んだ男だったら、君は間違いなく襲われていた。もっと自覚を持つべきだ。君の侍女はドアの向こうで待機しているから必要なら呼ぶといい」


 最後の方は投げやりだった。


「申し訳ございませ……」


 言い切る前に、トリスタンは足早に部屋を出ていってしまった。


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