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2、



ルイ前国王陛下の棺が人知れずサン・ドニ教会へ運ばれている頃に、

すでにヴェルサイユ宮では新たな治世の幕開けによせる期待が、怒涛のようにお若い新国王とお妃さまに向かって押し寄せていたのでした。




今日、お父様がヴェルサイユ宮のド・ブラモン伯夫人にお届けしたうぐいす色に金糸や銀糸で桃の花や小鳥の模様が入った絹織物を、お妃さまの女官長であられるノワイユ伯夫人にとてもお気に召していただき、これから顧客になっていただけるとお声をかけていただいたそうです。お父様はそれは上機嫌で帰ってまいりました。


あのタフタ地が一体お幾らほどなのか、ご存知なのかしら?

仕立てられたドレスにはまだまだ沢山のパールや花飾り、シルクのリボンで縁取りレースが洪水のようにあてがわれ・・・・


ああ、あの頃の服飾の素晴らしさや豪華さは、いくら筆をつくそうと思ってもなにか上滑りな表現になるだけ。空しいだけですわね。




次から次へとタフタ地の注文が宮廷貴族の方がたから届くようになると、我がオージェ家はパリでもかなり裕福といっていい暮らしをしていました。

わたくしはこの4月に、同じくパリにて宝石商を営むべーマー家の奥様のサロンに出ることを許されておりました。その他にも、香水商、本問屋、画商などといったお宅の奥様たちはそれぞれが素敵なサロンを開いていらしたので、わたくしは皆様からそれは多くのおはなしを伺うことが出来ました。


世界はまっすぐにどこまでも平坦ではなく、何ヶ月も山を越え海を渡った先にある極東の黄金島のお話や、お隣のイギリスでは紅茶が好まれ、午後のお茶は貴婦人の大切なたしなみなのだとか、コメディ・フランセーズの新作についての評価、ヴォルテールがバスティーユに投獄された時の逸話だとかいった面白おかしいお話や経済、哲学に至るまで、それはとても判りやすく噛み砕かれてわたくしのような若い娘にも充分に吸収できたのでした。

哲学者、大学生、貴族の若奥様、女優、軍人、弁護士、画家・・・・

あらゆる階級、身分の方々のお話には月星のきらめきがあり、花の彩りも大樹のような知性もありました。


オーロール・リドーは、その頃社交界で知り合った友人です。

豊かなブルネットに青緑の大きな瞳、賢そうな額や鼻筋は白い陶器の肌につつまれていました。

お婆様がスペインの方だったそうです。お家は織物工場をいくつも持つ実業家でした。

どちらかというとあけすけな人柄で、華やかな雰囲気の彼女にはいつも殿方の取り巻きが数人、尾ひれのごとく付いてまわっていたものでした。

オーロールはわたくしにある時、こう言いました。


「ねえ、わたしのようなパリ娘にだってチャンスがあるわよ。お父様は今度、競売で爵位をお買になるみたいなの。そうすればわたしにだって貴族の奥様になる権利が出来るのじゃなくて?」



商人はあふれる財にまかせ、いまや平貴族(宮廷貴族のような官職はなく、代々続くお家柄でもない)としてパリの街を牛耳っていたのです。



「オーロール、あなたならそんな事なさらなくたっていくらでも良い嫁ぎ先はあるのではなくて?


わたくしのお母様はあなたがオリヴィエ・ド・エーヌ様と結婚されるのでは、とお話していたわよ。」


オーロールは高い鼻すじにしわを寄せると、


「何故わたしがあんな田舎の没落貴族なんかと?ご冗談を、でしょ?!」


ド・エーヌ様は当年30歳で、はじめの奥様を初産で亡くされた後にご領地に引きこもっておられたそうです。確かに、そんな暗い雰囲気の殿方は、虹色にかがやくオーロールには似つかわしくないように思えました。


そんなふうに、まだ恋も愛も見分けがつかないようなわたくしたちにも、やがて親がお膳立てをした相手の方に嫁いでいくのです・・・。





オーロールはそのお父様ゆずりの野心の末、2年後の17歳になったばかりの春にド・ロレーヌ伯爵の元に嫁いでゆきました。(正直に申し上げると、ド・エーヌ様のほうが見目の良いお顔です)

取り巻きの中には、あの頃ドイツからの流行小説「若きヴェルテルの悩み」の主人公さながら、失意のあまり拳銃自殺まで試みようとした殿方さえいました。


そうしてわたくしにも、17になるかならぬかで縁談がつぎつぎと舞い込むようになったのです。

少なからず貴族の方からのお申し出もありました。

しかし、わたくしはその時にベズンヴァル男爵家の舞踏会でお知り合いになれたファルケンシュタイン伯爵さまをお慕いする気持ちでいっぱいになっていたのですから、そう簡単には花嫁衣裳など着る気持ちになどなれませんでした・・・。

あのお方はウィーンの宮廷での出来事を甘やかなフランス語で描いてみせて下さいました。

テレジアン・イエローの王宮に輝くいくつかの素晴らしい恋物語の終わりに、あの方は花びらのような唇吻キスをしてくださったのです。洗練された身のこなしや巧みな会話、優しい笑顔はパリ中の噂になり、それゆえ、あの方の真のお姿が案外と早く知れ渡ることになったのです。





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