穴の底には何がある(1)
薄暗い廊下を歩き、簡素な執務室に通された。ここは陽の光も眩しいくらい差している。
「奥まで歩かせて悪いな。経費削減で切れかけた蛍光灯すら変更の申請が通らないんだよ。まだ使えるってさ」
少しの文句と共に数枚の紙とキラキラしたバッヂのようなものを手渡される。
「簡単な契約書だ。分からない部分は説明するからゆっくり読んでくれ。それと、これは君たちアリスに渡される専用のブローチだ」
手のひらで小さくきらめくブローチは五枚の花弁を携えていた。
「私たち専用?」
「そうだ。特別なものでな。まぁ、細かい事は順番に説明するよ」
そう言って、書類に目を通すよう促された。
「難しそうにつらつらと書かれてるが、要するに危険がいっぱいだけど大丈夫ですか?って事だ。いのちだいじに、ってな」
一生懸命がんばります。の意を込めてサラサラと名前を記入した。
「よし、これでお前も新たにこの組織――ガーデンの一員だな。うちはブラックだからな、しっかり働いてくれよ」
そう言ってニヤリと笑う所長の目には、仄かに寂しさが浮かんでいるように思えた。
「所長……」
「あぁ、堅苦しいのは苦手なんだ。名前で呼んでくれないか」
間髪入れずに訂正される。役職で呼ばれるのはあまり好きでは無いようだ。
「あ、た……橘さん!」
「よし。じゃあ所内の案内でもするか。付いておいで」
ズラリと並ぶモニターを前に、今後の説明を続けられた。
「人手不足と言っても新人を1人で送り出せないからな。しばらくはパートナーと一緒だ。パートナーは…」
ギィ……と扉を開く音が聞こえる。
「私よ。これからもよろしくね、あかりさん」
振り返ると、柔らかな笑顔が迎えてくれた。
「やえ、遅かったな」
「ごめんなさい。子供たちに捕まっちゃって」
「またか。たまには真っ直ぐ来い」
「ふふ、だって可愛いんだもの」
注意していると思いきや、なんだか楽しそうで。少し眩しく感じた。