元カレを奪った同級生が、今度は聖女として婚約者を略奪してきます
今回は「元カレと一緒に異世界転生したら?」という設定で書いてみました。一緒に何人か転生して大所帯になってしまいましたが、お楽しみください。
王立学院の大広間に、重苦しい空気が漂っていた。
「アリシア・ヴァンベール侯爵令嬢。君のような心の醜い女性とは、もう一緒にいられない」
第二王子レオンの冷酷な声が、広間に響く。金髪碧眼の美貌を持つ王子は、まるで汚物でも見るような目でアリシアを見下ろしていた。
「婚約は破棄させてもらう」
周囲の貴族たちがざわめいた。やはり、という視線がアリシアに向けられる。
「やはり悪役令嬢の本性が出たのね」
「可哀想な王子殿下」
「あんな嫉妬深い女性と結婚しなくて良かった」
囁き声が耳に痛い。アリシアは銀髪を優雅に揺らし、毅然として立ち上がった。紫の瞳に宿る光は、まるで氷のように冷たかった。
王子の隣に立つ平民出身の少女が、大きな瞳に涙を浮かべている。茶色の髪を三つ編みにした素朴な美少女——聖女候補として学院に迎えられたエリナ・ホワイトだった。
「アリシア様、どうか王子殿下をお許しください」
エリナの声は震えていた。まるで悪役令嬢を恐れる可憐な少女を演じるように。
アリシアは唇の端を上げて、皮肉な笑みを浮かべた。
「結構です。こちらから願い下げよ」
振り返ることなく、アリシアは広間から去っていく。背筋を伸ばし、優雅に。まるで勝利者のように。
しかし、誰も知らない。彼女の胸の内で、何かが砕け散っていることを。
* * *
自室に戻ったアリシアは、窓辺の椅子に腰を下ろした。庭園に咲く薔薇が、夕日に照らされて血のように赤く染まっている。
なぜ、こうなってしまったのだろう。
思い返せば、全ての始まりは半年前だった。エリナが聖女候補として学院に現れてから、全てが変わった。
最初は些細なことだった。エリナが困っているのを見て、レオンが手を差し伸べる。それは王子として当然の行いだった。しかし、アリシアは気づいていた。エリナの瞳に宿る計算高い光に。
「王子殿下、私のような平民を気にかけてくださって…」
エリナはいつも涙を浮かべながら、そう言った。しかし、アリシアには分かっていた。あの涙は演技だということが。
アリシアは嫉妬深い悪役令嬢を演じた。レオンがエリナに優しくするたびに、わざと嫉妬を見せつけた。エリナを睨みつけ、王子を独占しようとする女性を演じた。
それは全て、レオンのためだった。
レオンは優しすぎる。人を疑うことを知らない。だからこそ、アリシアが悪役を演じることで、レオンを他の女性から守ろうとしたのだ。
しかし、レオンは気づかなかった。アリシアの真意に。
「どうしてアリシアはこんなに嫉妬深いんだ」
「エリナは何も悪くないのに」
レオンは次第にアリシアを疎んじるようになった。そして、エリナの甘い言葉に騙されていく。
『私が悪役を演じたのは、あなたのためだったのに』
アリシアは胸の奥で呟いた。しかし、もう遅い。レオンはエリナを選んだ。
頭が痛い。激しい痛みが頭を貫いた。
「っ…!」
アリシアは頭を抱えた。まるで頭の中で何かが弾けるような、鋭い痛み。
そして——記憶が蘇った。
* * *
『美咲!待って!』
大学のキャンパス。桜の花びらが舞い散る中、青年が少女の名前を呼んでいた。
『健太…私はもう、あなたを信じることができない』
少女——佐藤美咲は振り返ることなく歩き続けた。心は既に砕け散っていた。
『恵理奈の言葉を信じるのか?俺は美咲のことを…』
『愛してる?』
美咲は立ち止まり、振り返った。涙で頬が濡れている。
『なら、なぜ恵理奈とキスをしたの?なぜ私を裏切ったの?』
健太——田中健太の顔が青ざめた。
『あれは…恵理奈が無理やり…』
『言い訳はいいの。もう、終わりにしましょう』
美咲は歩き始めた。もう二度と振り返ることなく。
しかし、運命は残酷だった。
横断歩道で信号を待つ美咲の前に、トラックが突っ込んできた。美咲を守ろうと駆け寄った健太と共に、二人は天に召された。
「そうだった…私は佐藤美咲だった」
アリシアの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
前世の記憶が完全に蘇った。現代日本で交通事故死した大学生・佐藤美咲。そして、隣で死んだ恋人・田中健太。
「レオン王子は…健太の転生だった」
そして、もう一つの真実が明らかになった。
エリナ・ホワイト。彼女もまた、転生者だった。前世では美咲の恋人を奪った同級生——山田恵理奈。
「今世でも、同じことを繰り返すつもりなのね」
アリシアは唇を噛み締めた。前世では、恵理奈の策略によって健太を奪われた。そして今世でも、エリナとして現れ、再び同じことをしようとしている。
しかし、今度は違う。
アリシアは記憶を取り戻した。レオンはまだ前世の記憶を失ったまま。ならば——
「真実を教えてあげる」
アリシアの瞳に、復讐の炎が宿った。
* * *
翌朝、アリシアは学院の中庭に向かった。そこでは、レオンとエリナが薔薇の花を眺めながら語り合っていた。
「レオン」
アリシアの声に、二人が振り返る。
「アリシア?昨日のことは…」
「健太」
レオンの言葉を遮って、アリシアは前世の名前を呼んだ。レオンの顔が凍りついた。
「覚えていない?あなたが初めて私に『好きだ』と言ったのは、大学の図書館の3階、文学コーナーの前よ」
「何を言って…」
「その時あなたは『君の笑顔が一番美しい』と言った。そして、私の頬にそっと触れて、『ずっと一緒にいよう』と約束したの」
レオンの顔が青ざめていく。記憶の奥底で、何かが蠢いているのを感じた。
「まさか…」
「そして恵理奈」
アリシアの視線がエリナに向けられる。エリナの顔が引きつった。
「いえ、エリナ。あなたは前世で『美咲なんて地味で面白くない』と言って健太を誘惑したわね。『私の方が可愛いでしょう?』と言って、健太にキスをした」
「何を…何を言っているの…」
エリナの声が震えていた。しかし、それは恐怖による震えだった。
「今度は聖女の仮面を被って、同じことを繰り返すつもり?」
アリシアは一歩ずつ近づいていく。
「でも、残念ね。今度は私が記憶を持っている」
その時、レオンの頭に激痛が走った。
「うっ…あああああ!」
記憶が堰を切ったように蘇る。前世での美咲への愛。恵理奈に騙されて美咲を傷つけた後悔。そして、美咲と共に死んだ記憶。
「美咲…美咲…僕は…僕は何てことを…」
レオンは膝をついた。両手で顔を覆い、慟哭する。
愛する人を二度も裏切ってしまった。前世でも、今世でも。
「健太…いえ、レオン王子」
アリシアの声は氷のように冷たかった。
「あなたは二度、私を裏切った。もう、十分よ」
エリナが狼狽していた。計画が崩れ去ったことを理解していた。
「私は…私は何も…」
「何も知らない?」
アリシアは嘲笑した。
「『美咲を捨てて、私を選んで』と言ったのは誰?『私の方が健太にふさわしい』と言ったのは誰?」
エリナの顔が真っ青になった。
「そして今世では、聖女の仮面を被って、同じことを繰り返そうとした」
「違う…違うの…」
「もういい」
アリシアは踵を返した。
「あなたたちは、お似合いよ。偽りの愛を貫き通しなさい」
* * *
一週間後、アリシアは王都を離れた。辺境の森を抜け、隣国との国境近くの街へと向かった。
そこで、彼女を待っていたのは——
「美咲」
優しい声に、アリシアは振り返った。
金髪の青年が微笑んでいた。隣国グランディア王国の第一王子、アダム・フォン・グランディア。
しかし、アリシアには分かっていた。彼もまた、転生者だということを。
「雄太…」
前世では、佐藤雄太。美咲の親友だった青年。
「君を迎えに来た」
アダムは手を差し伸べた。
「今度こそ、君を幸せにしたい」
アダムは前世の記憶を持ちながら、美咲のことをずっと想っていた。前世では親友として見守ることしかできなかった。しかし、今世では違う。
「私は…」
「君が健太に裏切られた時、僕はただ見ているだけだった。何もできなかった」
アダムの瞳に、深い後悔が宿っていた。
「でも、今度は違う。君を守りたい。君と一緒にいたい」
アリシアの胸の奥で、何かが温かくなった。
「雄太…」
「君がよければ、一緒に来てくれ。グランディア王国で、新しい人生を始めよう」
アリシアは手を伸ばした。アダムの温かい手が、彼女の手を包み込む。
「はい」
二人は馬車に乗り込んだ。新しい人生への第一歩を踏み出すために。
馬車の窓から見える景色は、どこまでも美しかった。
一方、王都では——
レオンは王宮の一室で、手紙を書いていた。アリシアへの謝罪の手紙を。しかし、何度書いても、言葉が見つからない。
「僕は君を二度も失った…」
レオンの瞳から、涙が零れ落ちた。
エリナは、正体がばれたことで貴族たちから白い目で見られるようになった。聖女候補の地位も剥奪され、やがて国外追放となった。
* * *
三ヶ月後、グランディア王国の王宮庭園で、一組の男女が花畑を歩いていた。
「美しいですね」
アリシアは微笑んだ。色とりどりの花々が風に揺れている。
「君ほどじゃない」
アダムは優しく答えた。
「今度こそ、君を幸せにしたい。君と一緒なら、どんな困難も乗り越えられる」
アダムは膝をついた。小さな箱を取り出し、中から美しい指輪を出す。
「アリシア、僕と結婚してくれ」
アリシアの瞳に、涙が浮かんだ。しかし、それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。
「はい」
二人は抱き合った。温かな日差しが、二人を包み込んでいる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この作品は、「一度壊れた愛が時を超えても再生できるのか?」という問いから生まれました。感想お待ちしております。また次の作品で、お会いできたら嬉しいです。