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薬師の仕事

「……そういう人物だ」

ドラガンの説明を受けたノルドもまた、思わず頭を抱えた。


「それで、いつ来るんです?」

「明日には来るだろう。来たら、打ち合わせだな」

 ドラガンはそう言ったが、翌日も、その次の日も、王子たちの姿は現れなかった。


 ノルドは、朝になるといつものようにギルドへ顔を出し、ドラガンに状況を尋ねた。

 案の定、まだ戻っていないという。確認だけして、彼は自分の仕事へと戻った。


 薬師として、ノルドは多忙だ。

 日々、さまざまな薬の注文を受けては調合し、素材を集めに森へ入り、ついでに魔物も狩る。

 そして、できあがった薬を納品しに行く。今回は貴族の随行任務を控えているため、その期間を見越して、前もって余分に納品しておく必要があった。


 サナトリウムに足を運ぶと、顔馴染みの看護師が笑顔で声をかけてくる。

「この間、お母さんからお裾分けをもらったの。……すっごく美味しかったわ」

「また買ってきますよ。それじゃあ」ノルドは荷を下ろしながら答える。

「え、今日はお母さんに会っていかないの?」

「今日は納品が立て込んでいて……母さんのこと、よろしくお願いします」


「ううん、こっちこそ。むしろ私たちが、お母さんに世話になってるのよ。物知りだし、腕も良いし、あの人こそ縫製の達人って感じね」

 母のことを褒められて、ノルドの頬が少し緩んだ。


――わかってくれる人がいる。だからこそ、このサナトリウムに預けてよかった。

 見た目だけで母を馬鹿にしていた村を出て、本当によかった。


「ヴァル、聞いてたか? 母さんのすごさ」

「ワオーン」

 隣で尻尾を振るヴァルに、ノルドは目を細める。

「……美味しいご飯くれる人って。セラは、優しいだけの人じゃないんだよ!」


 風のように現れたビュアンが、ノルドの肩にぴょんと乗った。ぐるぐる回っていたかと思えば、満足そうに座り込む。


 もちろん、ヴァルはよく知っている。

 セラは、命の恩人であり、幼い頃からずっと育ててくれた母のような存在だ。



 次にノルドが向かったのは港町。


 そこで彼の薬を受け取るのは、島の名門――ニコラ・ヴァレンシア孤児院とヴァレンシア商会だ。

 かつてノルドが薬を売り歩いていた頃、人々は彼に見向きもしなかった。


 自分の体すら治せない薬師から、薬を買おうと思う者などいない。そんなある日、彼は島の丘の上にある屋敷へとたどり着く。


 今は亡きその屋敷の主が、ノルドの薬を全て買い取った――それが、すべての始まりだった。

『ニコラ・ヴァレンシア孤児院とヴァレンシア商会』


 この名を知らぬ者は、島にはいない。

 以降、ノルドの薬は基本的にこの屋敷によって独占され、ほとんど外には出回らない。その代わり、屋敷はしっかりと利益を上げていた。


 なにしろ、ノルドの薬は、普通の薬師が作るものとは比べものにならないほどの効能を持っているのだ。


「すいませーん!」

 屋敷の勝手口で声をかけると、勢いよく飛び出してきたのは、犬人族の少女――リコだ。

「はいっ、ポーションに蜂蜜飴、保湿クリーム。全部揃ってるよ!」


 荷台に積んだ品を手際よく運びながら、リコは名残惜しそうに言った。

「言ってくれれば、家まで取りに行ったのに……」

「どうせサボる気だったんだろ!」


 リコの隣にいた女主人――メグミが、くすっと笑いながら軽く彼女の頭を叩いた。そして、話を続ける。

「そういえば、冤罪逮捕の件聞いたよ。ガレア様なにやってんだか!」

「メグミ姉ちゃん、喋り方がニコラ様に似てきたよね?」

「ははは。メグミさん、リコには、実家のこと任せきりで助かってるのよ。すごく綺麗にしてくれてる」


 ノルドは、今は実家を離れてダンジョン町に住んでいる。いつか、セラと再び住む実家の管理を彼女に頼んでいるのだ。


「えへへ……」照れたリコは、尻尾をぶんぶん振って笑った。

「じゃあ、次に行くね」

 ノルドがそう言うと、リコの笑顔がしゅんと曇る。


 甘く香ばしい香りが漂ってくる。おそらく、お菓子を用意してお茶会を開く予定だったのだろう。

「これ……持ってって。ビュアン様の分も入れてるから」


「よく分かってるな、犬っころ」

 どこからか、ビュアンの声が聞こえた。

 名残惜しそうに手を振るリコに見送られて、ノルドは坂を下っていく。


 最後に立ち寄るのは、花街にある小さな医院だ。

 酔っ払い医者の医院に勝手に入って、薬棚へ補充を済ませる。今日は珍しく、「本日休業」の看板が出ていた。


「マルカスさん、薬は補充しておきましたよー」

 隣の寝室の扉を開けて声をかけると、返ってきたのは、酒の匂いの混じった声だった。


「おお、ノルド。薬と言えば、酒だな」

ぶわっ――顔に思い切り水がかかる。水滴などという生易しいものではない。バケツ一杯を浴びたような勢いだ。


「冷たっ……」

 マルカスは目を見開いて、ようやく正気に戻ったようだった。

 犯人は言うまでもなく、彼女だ。


 ノルドはリュックからタオルを取り出して渡すと、マルカスは怒りもせず、それで顔を拭いた。


「そうだ、ノルド。一つ忠告だ」

 拭き終えた彼が、低く真面目な声で言う。


「噂――いや、おそらく事実だ。お前がアテンドする貴族。どうも、妙な魔剣を持っているらしい。……気をつけろ」


 マルカスは元貴族――それも、隠居した身とはいえ高い地位にあった男だ。

 その交友関係は広く、こういう話は確かな筋から伝わってくる。


「わかりました。気をつけます」

 彼が冗談を言わない時、ノルドは本気で構えるべきだと知っていた。



 ノルドが、花街から帰ろうとしたところに、島主の馬車がやってきた。


 ガレアにお礼を言おうと、一瞬近づいたが、馬車から降りてきたのは、妖しい剣をさした一人の男だった。


「例のあいつか? 貴族がこんなところに泊まるのか?」


 これが、ノルドとラゼルたちとの出会いだった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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