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プレゼントの選択

 ノルドが消火薬を開発したのは、荷運び人としてダンジョンに潜ってからだった。当初、消火薬はギルドや武器屋、商人から入手できたが、品質は酷いものだった。


「何発当てても消えない。すぐにまた魔物が炎を出す」ノルドは使ってみて思った。「これは使えない」当てにならない武器や道具ほど危険なものはない。


 ノルドは、限られた自由な時間を研究開発に充てた。行き詰まることもあったが、学者である母のアドバイスを受け、半年で消火薬を完成させた。


 元となる主要材料の中には、シシルナ島では手に入らないものもあり、母のところに来る商人グラシアスを通じて。


 それでも、今売られているものの数倍の値段になる。


 そんな高価なものが売り物になるのかと思いながらも、最初は自分用として使っていた。


 しかし、今は他に行った冒険者たちの荷運び中にまずい状況になり、思わず貸し与えた。


「ノルド、これすごいな。どこで売ってる?」


「いえ、実は…」誤魔化しの通じない相手に根負けし、ノルドは正直に話した。


「そうか、わかった。じゃあ、買うことはできるかな?勿論、ノルドが儲かる金額でな。」


 そのパーティはダンジョン攻略で急激に実績を伸ばし、ノルドの消火薬は知る人の知る薬となった。ノルドも最初は生産に苦労したが、これが新たな収益の一つになった。


 ノルドの消火薬を広めた冒険者たちは、他のダンジョンへの転戦を決めた際、さらに倍の値段で大量に購入していった。


「もらいすぎです」ノルドは言った。


「冒険者は人気商売なんだ。又、ノルドから薬を買うために戻って来るかもしれん。お母さんを大事にな」


 それは、東方旅団と名乗った冒険者パーティだったが、庶民特有の匂いがしなかった。



 無事に採掘を終え、冒険者ギルドへ戻ったノルドに、アレンが声をかけてきた。


「ノルド、たまには一緒に飯でもどうだ?ヴァルもな。半島の美味いハムを出す店があってな。今日は歓迎会だ」


 断ろうとしたノルドの袖を振り切るように、「ワオーン」とヴァルがアレンに身をすり寄せ、そのまま酒場の扉を押して中へ入ってしまった。


 店内には、最近島へやってきたばかりの新米冒険者たちがいた。彼らは大陸半島の片田舎からやって来た幼なじみの四人組で、二組の恋人同士らしい。


 初級ダンジョンの攻略を経て、晴れてジョブを得た彼らは、次なる舞台としてシシルナ島を選んだのだという。


「やっぱり、美味しいご飯がないとね!」

 笑顔で声を上げたのは、パーティのリーダーでタンクのロッカ。健康的な頬が輝いている。

「そうだな。シシルナの魚は絶品だ」

 戦士のダミアーノがどこか誇らしげにうなずいた。

「食べに来たわけじゃないからね!」


 弓手のシルヴィアと、魔術師のリーヴァが声を揃えて笑うと、店内に和やかな空気が広がった。


 久々に他人が作った料理を口にすると、その味が体にじんわり染み渡る。ノルドはどこかほっとした表情で、それを噛みしめた。


 けれど心の奥底では、母の作ってくれた料理の記憶が浮かび上がっていた。

「アレンさん。……いくつか、持ち帰ってもいいですか?」


 ノルドは、ビュアンに渡すチョコレートケーキと、母への土産を選ぶことにした。


 けれど、母が何を好んでいたのか、思い出せない。

 母はいつも、ノルドの好きなものを優先してくれていたのだ。


「これなんかどうかしら。カンノーロ・シシルアーノ。シシルナ島の名物よ」

 隣の席のシルヴィアが、気さくに声をかけてくれた。地元でよく食べられるデザートらしい。


 迷うノルドに、リーヴァも一緒になって案を出してくれる。会話は弾み、場の空気がさらに温かくなった。

「……これにしようかな」

 買い物慣れしていないノルドは、少しだけ戸惑いながらも、決めた。


 そのとき――。

 風もないはずの店内で、突風のような空気が彼のグラスを倒し、飲み物が服にぶちまけられた。

「あっ、ごめんなさい。私、倒しちゃったかも……!」


 シルヴィアがあわてて身を乗り出し、ハンカチを差し出す。

「いえ、僕の不注意です。……すみません、先に失礼しますね」

 ノルドは笑顔を保ちながらも、そそくさと席を立ち、お土産を店員に包んでもらって空間ポーチに仕舞った。


「行くよ、ヴァル」

 背を向けるノルドに、ヴァルは顔をそむけて、知らんぷりしている。

「これ、ヴァルのお土産。……ドギーバッグ、もらうよ」

 アレンが苦笑しながら、卓上の肉を手早く包む。

「ウー……ウー」


 ヴァルは小さく甘えた声を漏らし、ぴょんと跳ねて尻尾を振った。

「まったくもう……ありがとう、アレン」

 ノルドがそう言うと、皆が一斉に笑い声をあげた。



 家へ帰ると、ノルドは寝衣に着替え、机の上にそっとチョコレートケーキを置いた。


「ビュアン」


 返事はない。

「怒ってないから、出ておいで」

「……だって。ノルド、女の人に、ちやほやされてた」


 ふわりと姿を現したビュアンは、しゅんとした顔でノルドの肩にとまった。


「お母さんのお土産を選んでただけだよ。このチョコレートケーキは、ビュアンのために選んだやつ」

「……ごめんなさい。そして、ありがとう」

 ビュアンは小さな唇で、ノルドの頬にそっと口づけをした。


 ノルドの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。

「さあ、食べよう」

「ワオーン!」

 ヴァルが吠え、ドギーバッグを催促する。


「あ、ちょっと、ヴァル。アレンに甘えすぎだよ!」

 ノルドが指摘すると、ヴァルはくるりと回って、ノルドの頬に勢いよく飛びつき、ぺろりと舐めた。

「こら、痛いってば……もう!」

 そう言いつつ、ノルドは笑いながら箱を開けた。

「おいしいね!」


 ビュアンがぱっと表情を明るくして言い、ヴァルは黙々と肉をたいらげている。


 ノルドは、その様子を見ながら思った。



 ――いつも助けてもらってばかりだ。これからは少しずつ、返していかないとな。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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