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雷鳴と微風

 次の瞬間、机が雷鳴のような音を立てて叩きつけられた。

「当然だろうがッ! そんな奴、殴り殺されたって文句は言えんわッ!」

 怒声が会議室を揺らした。場にいた全員が凍りつく中、島主の目だけが爛々と燃えていた。


「俺は……セラさんに……手紙で我慢してるんだぞ……!」

 叫びではなかった。噛みしめるような、絞り出すような声だった。

「それを、あいつは――直接会いに行って、挙げ句に侮辱だと……このッ!」


 島主の怒りに空気が震える。警備長が思わず椅子から腰を浮かせ、刑務所長の手が膝の上で微かに震えた。

「監察室長! サガンの給料は半年間、半額にしろ! 一銭残らずノルド君への慰謝料に回すんだ! そもそも、サナトリウムはお前らが勝手に踏み入っていい場所なのか⁉︎ この島の恥を晒しおって、いい加減にしろッ!」


「は、はい……!」監察室長は顔を引きつらせながらも頷いた。だが、どこか戸惑いの色を滲ませている。

「……何だ? まだ何か言いたそうだな。まさか――部下を庇うつもりじゃあるまいな? これは不法捜査だぞ。サナトリウムのサルサ様に、どう釈明するつもりだ?」

「い、いえっ! 決してそのようなつもりでは……サガンの行為は、明確に逸脱しております。行き過ぎた監察行為、心よりお詫び申し上げます!」


「当然だ!」島主は一喝した。今にも椅子を蹴って立ち上がりそうな勢いだった。

「刑務所長! なぜこんなことになっている! ノルド君を今すぐ釈放しろ‼︎ 俺を恥知らずにするつもりか、貴様らはッ!」

「す、すみません! 直ちに手配いたします!」刑務所長の声は裏返っていた。

「当然だ! 全員だ! お前たち全員、ノルド君のもとへ行って、土下座して謝ってこい! 一人残らずだ!」


 その一言に、場は凍りついた。誰もが、島主の怒りの深さを思い知った。彼はただ怒っているのではなかった。彼自身、大切なものを踏みにじられ、震えていたのだ。

 ノルドは、島主の命によってすぐに釈放されることとなった。島主直々の命令とあって、煩雑な手続きはすべて後回しにされた。


 その後、ドラガンや各所長は、新任の警備長が手にした事実に触れて、ようやく理解した。

「ニコラ様や聖女様に認められた名のある薬師だったとは……あんな者が、金に執着するはずがない」

「セラ親子……あの、数年前のシシルナ島の強盗団事件を解決したのが、彼らだったそうだ」


 ドラガンは、かつて島主とともに強盗団の検死に立ち会った日のことを思い出していた。

「あれが……ノルドの母親の剣か。サガンがあそこでノルドの悪口を言わなくて、本当によかったな」

 思わず苦笑が漏れた。

 謝罪のため彼らがノルドのもとへ向かうと、小さな小狼がくすくすと笑うように、彼らの背後を楽しげについてきていた。


 冷たい監獄棟の中。重く閉ざされた扉が、ギィィ……とゆっくり開いた。

「ノルド!」

 馴染みのある声に、ノルドは顔を上げた。入口に立っていたのはドラガンだった。

「出てこい。すぐにだ。島主様からの正式な命令だ」

「……え?」

 言葉の意味をすぐには理解できず、ノルドは固まった。

「釈放だ。今すぐに」

 信じられないという顔のまま、ノルドは立ち上がる。重い体を引きずるように、扉の向こうへと歩み出た。

「おいおい……マジかよ……」

 近くの房にいた荷運び人たちがざわめく。だがノルドは振り返らなかった。ただ、まっすぐ前を見据えて歩いた。


 廊下の先には、島庁舎から駆けつけた数人の役人たちが整列していた。刑務所長、警備長、そして監察室長の姿もある。

 彼らは皆、無言だった。

 だが、ノルドが数歩進んだ瞬間、刑務所長が前に出て、深々と頭を下げた。

「ノルド君……このたびは、我々の不手際により、君に不当な拘留と苦痛を与えてしまった。本当に申し訳なかった」

 続いて、新任の警備長も頭を下げた。

「すまなかった。無知ゆえ、君のことを誤解していた。過去の功績も、君の母君のことも……私たちが知らなかっただけだ」

 監察室長も、わずかに顔を歪めながら、なんとか頭を下げた。

「私の部下が……セラさんに対して、言ってはならぬことを口にした。……すべて、私の責任だ」


 ノルドは目を見開いたまま、ただ立ち尽くした。こんな光景を、彼は一度たりとも想像したことがなかった。だが、胸の奥に張り詰めていた何かが、静かにほどけていくのを感じていた。

「……島主様が?」

「シシルナ島として、正式に謝罪している。サガンには処罰が下った。……君は、怒っていいことだったんだ」

 ドラガンの声には、どこか誇らしげな響きがあった。


 ノルドは、小さく息を吐き、そして頷いた。すると、その足元に小さな影が飛び込んできた。

「ヴァル……!」

 小狼が喉を鳴らしながら、嬉しそうにしっぽを振っていた。ノルドはその頭をそっと撫でる。

 ドラガンが微笑んだ。

「さあ、外へ出よう。君の居場所は、こんなところじゃない」



 翌日、サガンの姿は監察局から消えていた。


 理由は簡単だった。昨夜、自宅で階段から足を滑らせて大怪我を負い、さらに水道が突然破裂して、家中が水浸しになっていたのだ。


「ノルドが自由になったから、これで済ませてやるわ」


 それは、妖精ビュアンの“本気にならなかった”いたずらだった。おかげでサガンは、かろうじて九死に一生を得たのだった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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