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その子の名はノルド

「おい、ヴァル、どうしたんだ?」上着を噛まれた突然の事態にアレンは驚いた。

「ノルドはどこだ?」その言葉に反応し、ヴァルは上着を離して、遠吠えを上げた。

「ワオーン!」その遠吠えでギルド内が静まり返り、視線がヴァルとアレンに集まった。


「ノルドに何かあったんだな?」アレンが問いかけると、ヴァルはうなずき、再び上着を噛んで引っ張った。

「わかったよ、ヴァル。ついて行くから、服はもう離してくれ」

 騒ぎを聞きつけた副ギルド長のドラガンも同行してくれた。ヴァルの後をついて行くと、監察局に着いた。


「そうか、監察局で取り調べで何かあったのか」ドラガンは察して入口の守衛に話を通して、監察官と面談した。

「おい、サガン、うちのノルドが世話になっているようだな」

「ええ、取り調べ中に暴力を振るわれましてね。見てください。酷い痕だ。一生残るかもしれない」サガンはわざとらしく言った。


「信じられん」アレンは驚いた。理知的で冷静なノルドが、この二年、暴力どころか怒った顔すら見たことがない。容姿のことやあらぬ誹謗中傷にすら、眉一つ動かさなかった。

「いったい、何を言ったんだ?」ドラガンも同じ思いらしく尋ねた。

「別に、普通の身辺調査をしたので、お話ししただけですよ」


「だから、何の話をした?」ドラガンは苛立ちを隠さずに問い返した。

「個人情報ですからね。ご勘弁を」サガンからは話すつもりが少しも感じられなかった。

「まあいい、会わせてもらおう」ドラガンは、冒険者あがりの威圧感を漂わせた。

「構いませんが、他の荷運び人は宜しいので?  たくさん牢屋にいますよ」


「うるさい。早くしろ!」

 ドラガンの剣幕に押されて、仕方なくサガンは了承した。

「面会は構いませんが、釈放はできませんよ」


「島主様に話をするよ」

「王国迄お詫びに行ってますよ。戻るのは明日ですよ。だいたい冒険者ギルドの意見を聞きますかね」サガンは冷笑を浮かべた。

 ドラガンたちは監察局の中の牢屋に進み、かけられる声を無視してノルドの独房についた。いつもきちっとした姿勢でいる彼が、膝を組み、項垂れている姿は年相応に見えた。


「何があった、ノルド?」

「すいません。手が出てしまいました」

「知ってる。何を言われた?」

 ノルドは話すことを躊躇し、何度も言葉を出そうとしてはやめ、絞り出した小さな声を出した。

「母を侮辱されました」そう一言だけ言うと、彼の片目から涙が溢れた。


「そうか。それなら当然だ。心配するな、すぐに出してやる」ドラガンがその言葉を告げると、彼の傍にいたヴァルも同じように吠えた。

「この事を母には」

「安心しろ。言わないから」ドラガンはノルドに約束し、ヴァルやアレンの顔を見たことで、ノルドは心から安心したように微笑んだ。

「アレン、お前はノルドの母親のことを知ってるか?」

「ドラガンさん、有名ですよ。重い病気で、外見も……噂話は酷いですから。ノルドが冒険者をやっているのは、サナトリウムに預けている母の入院代のためです」


「そんなやつだが、金については清廉だ。ポーションをただでお前らに使ってるのか?」

「たまにですよ。助かってます。ははは」アレンは痛いところを突かれたため、空笑いをしてごまかそうとした。

「馬鹿野郎!  しかし、サガンの野郎のことだ、きっと保養所にまで押しかけたんだろう」


「治外法権のあの場所によく入れましたね?」

「どうせ、島主様の名前を語ったんだろう。悪知恵の働くやつだ」

「そこまでするのですか?」アレンは呆れ顔になった。

「ああ、あいつは人の気持ちがわかるくせに、それを逆撫でする。監察官が天職だろうが、長生きできないかもな」


「それでどうしますか?」

「島主様に直談判する。アレン、お前は冒険者に陳情書を書かせろ!」


 しかし提出された冒険者の陳情書。

「ノルドさんは、ポーションを無償で使ってくれました。ありがとうございます。」

「ノルドに預けると、なぜか財宝が増えるんだ」

「彼は自作の地図をくれて、戦い方を指導してくれます」

 まともに報告書すら書けない奴らが、陳情書など書ける訳が無かった……

 ノルドが、いつも代わりに書いてる場面を思い出したドラガンは、頭を抱えた。



 翌朝、ドラガンは島庁舎に帰国したばかりの島主を訪ねた。警備隊の刑務所長や警備長、監察室長も同席している。重苦しい空気の中、彼らは話の行方を黙って見守っていた。

「それで私に、冒険者ギルドの話を聞けと言うのか?」

 低く、乾いた声だった。長い付き合いのあるドラガンには、それが島主が最も機嫌の悪いときの声であることがわかった。

「はい。一人、荷運び人を釈放して欲しいのです」

「何故だ? 奴らは、犯罪者だ」

「ですが、その子は……とても、良い子です」

「子供なのか? 名前は?」


「ノルドです」

 その瞬間、空気が凍った。島主の眉がピクリと動く。

「……何だと?」

 椅子がギィと軋む音とともに、島主が身を乗り出した。


「ドラガン、何でもっと早く私に教えないのだ。……どうしてノルド君が監獄に?」

「監察官、サガンへの暴行です」監察室長が代わりに答えた。

「正しい答えではないです」ドラガンは一瞬躊躇しながらも続けた。「サガンが、サナトリウムにいる母親に会いに行き……その方のことを馬鹿にしたから、ノルドの手が……」

「それは、捜査の一環だ」監察室長が冷静に遮る。


 島主の顔がみるみるうちに赤くなっていった。額に浮かぶ血管が脈を打ち、拳が握り締められた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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