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赤錆屋の狼影

ノルドは、フィオナに押し付けられたカリスへのお使いに、ギルドを出ようとした。


「おい、ノルド、薬の費用を請求してくれ」

 ドラガンが慌てて呼び止める。

「そうします。報告書と一緒に、明後日の朝お渡しします」

「ああ、すまない。助かる」――ラゼルの動向を島主に報告しなければならない彼は、安堵の表情を浮かべた。


 ラゼル一行の常泊宿と聞かされたが、ノルドはその名に覚えがなかった。

「こんな宿、あったっけ……」


 二年もこの町に住んでいるが、初めて聞く名前だ。新しくできたのかもしれない。

 教えられた場所は、荷運び人たちが多く住む一角。看板もない、くたびれた家だった。


「すみません、ここって赤錆屋ですか?」

 玄関脇の塀に座っている黒猫が、じっとこちらを見ている。まるで監視するような鋭い視線だ。


 しばらくして、ギィ、と玄関が開いた。

「そうだ。何の用だ?」

 宿の主人とは思えない、屈強な男が無愛想に問い返す。


「ここに、ラゼル王子一行がお泊まりで……」

「ああ、そんな名前だったな。いるぞ」

「用事があって来たのですが、呼んでもらえませんか?」


「勝手に部屋に行けよ。一番奥の部屋だ。あんまり盛るなよ。うるさくてたまらんと文句言われるからな。……部屋に行くなら、宿代払ってくれよ!」


 ギラリとした目でノルドを睨みながら、男は黒猫を優しく抱き上げた。

「いくらですか?」

「半月分で十八ゴールド貰えるか。まだ一ゴールドも貰ってないんだ。嘘はつかねぇよ。ノルドを騙したとあっちゃ、この島で生きて行けないからな」


 そう言って、契約書を見せてくる。

「お客様のお金を勝手には使えません。払うように伝えますから、通してもらえませんか」


 ノルドはきっぱりと断った。二人の視線がぶつかる。

 そのとき、扉にヴァルが現れた。散歩を終えて、ノルドを探して追ってきたのだろう。


 小さな狼――町の用心棒の影とも囁かれる存在。

 ヴァルを見た宿主の顔が引きつる。

「げっ、ヴァル……」

 さっきまでの威圧的な態度が嘘のように引っ込んだ。


 黒猫は宿主の腕の中から、スルリと飛び出して、奥の部屋へ逃げていく。

 開け放たれた宿主の部屋からは、酒と煙草、大勢の男たちの騒がしい声が漏れていた。


 賭場だ。──この宿がただの宿でないことは明らかだった。

 ヴァルがノルドの隣にぴたりと立ち、無言で宿主を見上げる。

 その視線に、宿主は肩をすくめるようにして笑った。

「わかったよ。お前に貸しを作る方が、俺にとっちゃ得だからな。どっちでも良いがな、がっはっは」


 そう言って奥の部屋を指差すと、そそくさと自分の部屋に戻り、鍵をかけた。

「ワオーン!」

 ヴァルが愉快げに吠えると、宿主の部屋から、ひときわ騒ぎ立てる声が上がった。



 ラゼル王子一行の部屋の扉をノックする。

「ノルドです。カリスさん、いますか?」

 彼女の匂いが、ほのかに部屋から漂ってきた。

 少し待って、もう一度、扉を叩く。


 実家に帰る予定のノルドは、預かったお金を今日のうちに渡しておきたかった。この宿に預ける気にはなれない。


「入って」

 気だるい声がして、やがて扉が開いた。

 カリスは慌てて服を着たようで、長い耳が髪から出ていた。


 ノルドの視線に気づいたのか、耳を隠して一言。

「ご覧の通り、ハーフエルフなの」

「そうですか。僕は狼人族です」

「知ってるわ」


 二人は目をあわせて、ふっと笑った。

 部屋の中は質素で何もなく、キングサイズのベッドに彼女が寝ていた跡がある。


「ところでどうしたの?」

「フィオナさんからお金を預かってます。それと、この宿の人から宿泊代を払えと言われました」

「ごめんなさいね。嫌な思いをしたでしょ」

「いえ、こんな宿があるなんて知りませんでしたが」


「でしょうね」

 ふたたび、二人は微笑んだ。

「じゃあ、これ。サインをください」

 二十ゴールドと渡し状を手渡す。


「ちゃんとしてるのね。ところで、宿代はいくらでした?」

 カリスは渡し状にサインすると、ノルドに返した。


「ええ、こういうことはしっかりやれと教わりましたから。半月で、十八ゴールドだそうです」

「まあ、そんなもんでしょうね。わかったわ」

「僕が渡しておきますよ。それとこれを。収納から取り出したので新鮮ですよ」


 ノルドは、蜂蜜水と蜂蜜飴、弁当を手渡した。

「こんなに……ありがとう」


 カリスは嬉しそうにそれを見ていた。何も飲食せずに寝ていたのだろう。袋を開け、二ゴールドだけ抜いて、ノルドに返す。


「いえ、気に入ったら蜂蜜飴、買ってください。ところで、サラさんはどこに?」

「ああ、リコちゃんのところね。この間の探索で仲良くなったみたい。ごめんなさい、寝るわ」


 カリスの顔は、明らかに疲労のピークだった。

「食事をしてから寝てくださいね。おやすみなさい」


 ノルドは、ラゼル王子の部屋を後にした。質問したいことは山ほどあった。なぜこんな宿に泊まるのか、なぜ宿泊代を本人が払うのか。──けれど、今は触れるべきでない気がした。


「すいません。ラゼル王子の宿代を」

 だが、宿主は出てこない。

「ワオーン! ワオーン!」

 ヴァルが怒ったように吠えると、宿主が慌てて飛び出してきた。


「ああ、待たせたな。宿代はこれで充分だ」

「え? 三ヶ月分ですよ」

「かまわない。その代わり、この場所のことは誰にも言わないのと、その狼を来させないでくれ!」


「黙ってますが、ノルドの散歩コースになるかどうかは、僕にはわかりませんね」


 ノルドが仕返しとばかりに言うと、宿主は何とも言えない顔で、領収証を書いて渡した。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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