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7話 転落

「続いて男子100Mですが、予定通りフォトグラファーの金田さんを中心に、サブカメラは横川くんと天宮くんでお願いします。天宮くんは、今回が初めての撮影となりますので、横川くんの指示で動いてください。他の方も気にかけてフォローしていきましょう。では、本日の打ち合わせはこれで終了になります。また直近で最終確認を行いますので、皆さんよろしくお願いしますね」

 

「はぁー、会議って肩こるんだよねぇ……って天宮くん? おーい、天宮くん、会議終わったよー」

「……はっ!」

「ちょっとぉ、ちゃんと話聞いてた? まさか、目開けたまま寝てたんじゃないだろうね?」

 先輩に肩を揺さぶられやっと我に返ったはいいけど、いつも優しい先輩も流石にムスっとした顔をしている。

「す、すみません! ちょっと、考え事してて……」

「しっかりしてよー、初仕事でやる気満々だったんじゃないの?」

「ごめんなさい……撮影は、しっかり頑張りますので」

「反省してるんならいいけど、大事な会議中にボーッとするほど何考えてたわけ?」

 何となく言い出しにくかったが、じっとりと睨んでくる先輩の圧に耐えられず諦めて訳を話すことにした。

「……あの、先輩は、ライアン選手の怪我の事って知ってますか?」

「ん? ライアン?」

 先輩は意味がわからないと言う風に、不思議そうな顔で首を傾げている。

「えっと、スノーボーダーのライアン・アダムス選手です。今は現役から退いてコーチとして活動してるらしいんですけど、それが3年前の練習中の怪我が原因だったとかで……どんな事故だったのかなって、気になって」

 しどろもどろになりながら説明すると、先輩はブツブツと呟きながら何かを思い出すように考え込む。

「うーん、ライアン・アダムス選手……3年前の事故ねぇ」

「知りませんよね、そんな前の事故なんて。個人的な事なんで、忘れてくださ……」

 先輩に迷惑になると思い、話を切り上げようとした瞬間、突然「あ!」と大きな声が聞こえた。


「思い出したよー! その事故、僕が撮影に参加したハーフパイプの試合前でさ、注目選手だったライアン・アダムス選手が出場取り消しになっちゃって、ビックリしたの覚えてるよ。しかもその試合、白瀬選手も出場予定で期待されてた大会なんだけど、その白瀬選手も練習中の事故で出れなくなっちゃって。二人とも練習中の単独事故だって聞いてるけど、奇妙な偶然だよね」

「……二人とも同じ試合前に、単独で事故を起こしたんですか?」

「そう聞いてるよ。まぁ怪我の多い競技だし、事故自体は珍しいことじゃないけど、こうも重なるなんてねー」

「そうですか……お話、ありがとうございました」

 本当に偶然なのか、結局真相はわからないけど、那緒の様子からして二人に何かあるのは間違いなさそうだ。先輩の話にモヤモヤは残るが、今夜那緒から話を聞くことが出来ればわかる事だ。また仕事に集中出来ずに迷惑をかける訳にはいかない、そう思ってそれ以上は考えるのをやめた。


――『今日は20時くらいに終わりそう。終わったらすぐに行くから、30分くらいで着くと思う。来てくれないかもしれないけど、前に座ったベンチで、待ってるから』


 18時を回ったころ、煌太からのメッセージが届いた。今日は1日頭が回らなくて、何もやる気が起きずにずっとベッドの上だ。意味も無くスマホを眺めたり、時々すり寄ってくる黒猫のボスと戯れるだけ。俺は寝転んだまま煌太のチャットを見つめて、返信もせずにそのままスマホを裏向けた。

「何で……お前はほっといてくれないの? お前が優しいから、俺は……」

 煌太の事を思うと、何もかも話して楽になりたくなる。そんな事、許されないのに。

 暗い影が纏わりつくような感覚がしてきて、また布団を被って体を丸めた。


――15年前

 父さんの仕事の関係で、家族でカナダに移住していた俺は、知らない環境で初めはなかなか周りに馴染めなかった。そんな時、最初に声をかけてくれたのは、近所に住んでたライアンだった。

「キミ、日本人?」

 この時俺は、家の前で一人雪遊びをしていた。

「……ハーフ。母さん、カナダ人だから」

「ふーん。英語、喋れるんだね」

「少しだけ。母さんに教えてもらった」

「ねぇ、キミ、名前は? あ、僕はライアン。向かいの家に住んでるんだ!」

「ライアン……俺は、那緒」

「那緒、いい名前だね! ね、僕と友達にならない?」

「……うん!」

 名前を教えてあげたら、ライアンは凄く嬉しそうに笑った。それが俺も嬉しくて、俺も友達になりたいって思った。それからは毎日一緒に遊んで、ライアンの家族からは本当の兄弟みたいだねって、よく笑われてた。

 それから、スノーボードを始めたきっかけもライアンだった。


「スノーボード?」

「そ、すっごく楽しいんだ! 雪の上を勢いよく滑り降りて、ジャンプも出来る! ねぇ、今度家族でゲレンデに行くんだけど、よかったら那緒も一緒に行こうよ」

「うん! 行きたい! 母さんに聞いてみる!」

 それからすぐに母さんに報告して、結局家族で一緒に行く事になった。

 ライアンの滑りはその時から天才的で、スノボを知らなかった俺が見ても凄いことがわかった。

 今思えば、あの歳ですでにバックフリップ(後方回転)までやってのけてたし。才能は確実にあって、実際数年後にはプロになっているんだから。

 俺はあっという間にライアンの滑りに憧れて、その日からずっとライアンの練習について回った。


「ライアン! バックサイドエアー教えてよ!」

「那緒、どうしたの急に。まぁ、全然構わないけど」

 あの日、煌太と初めて出会った後、俺は慌ててライアンに教えをねだった。

「煌太、ライアンは明日大事な試合があるんだから、お前の相手に付き合わせちゃダメだろ?」

「父さん……」

「那緒のパパ、大丈夫だよ! 調整ならもう必要ないし、那緒に教えてる方がリラックス出来て良いよ」

「……ありがと、ライアン!」

「全く、ごめんねライアン君、迷惑かけて」

「全然、構わないよ。さ、行こ、那緒!」

 

 それから何年かして、俺もライアンの後を追うようにプロになった。デビュー戦もライアンとの練習のおかげか、優勝することが出来た。それに俺の代名詞は、誰よりも高く飛べるバックサイドエアーになった。これからはライアンと二人でスノボの世界で競い合っていくんだ。当然の様にそう思っていたのに。


 その時の事は今でも頭にこびりついてる。踏み切った瞬間にダメだとわかった。でも、もう自分ではどうにも出来なくて、気づけば自分の下に、ライアンが倒れていた。微かに聞こえる呻き声にハッとして、俺は身動きの効かない体を這うように動かして、ライアンの名前を呼び続けた。

 目の前は真っ暗になって、雪のせいだけじゃなく、体の奥が凍りつくような寒さを感じていた。


「白瀬くん」

 入院中、病室に突然現れたのはライアンのコーチだった。

「ライアンの怪我は深刻なものだ。キミのせいで、ライアンの選手生命は終わるかもしれない」

「え……」

「ライアンの強い希望で、お互い練習中に起きた単独事故、と言うことにしているが。残念だけど私は、キミを許すことは出来そうにない」

 コーチが部屋から出た後、息の仕方もわからなくなるくらいの動揺が襲ってきて、目の前の世界が涙で歪んでいった。


 ――


「……はっ」

 目が覚めると辺りは真っ暗で、静かな部屋で自分の荒い呼吸音だけが響いていた。

 夢だとしても、二度と思い出したくない光景だった。もう4月も終わりだと言うのに、体が寒くてたまらない。

「助けてよ……煌太」

 自然と口からあいつの名前が溢れ落ちて、スマホの画面を見た。時計はすでに21時を回っていて、あいつからのメッセージもない。

 (約束の時間、だいぶ過ぎてるし……もう、帰ってるよな)

 でも、もしかしたら、まだ待っているのかも…… 


「ナァ~~」

 ベッドに上ってきたボスが、ザリザリと頬を舐めに来る。

「……ごめんな、ちょっと行ってくる」

 ボスを抱えてベッドから降ろし、スマホを持って部屋を出た。


 ――


 もう1時間くらいベンチに座っているけど、まだ誰かが来る気配はない。ため息をつきながら、もう何回見たかわからないチャット画面を開くけど、当然那緒からの返事は無い。

「……やっぱり、言いたくないのかな」

 流石にもう帰ってしまおうかと思ったけど、もしかしたらと、あと5分もすれば来てくれるかもなんて考えて、重い腰が上がらなかった。

 目を閉じたまま下を向き、ダランと座っていると、ピタッと頬に暖かい物が触れる。

「わぁっ!」

 驚いて目を開けると、目の前に那緒が缶コーヒーを持って立っていた。驚きで言葉を出せずにいると、那緒は目をそらし照れ臭そうに呟く。

「……遅くなって、悪かった」

 遅れた事なんてどうだっていい。ただ、来てくれた事が嬉しくて、自然と口許が緩んだ。

「いいよ、ほら、座って」

「うん。これ、コーヒー」

 那緒はゆっくり隣に座ると、持っていた缶コーヒーを俺に押し付ける。

「あ、ありがと」

 照れながらチラッと那緒の顔を覗くと、暗がりでも少し目元が赤く腫れているように見えた。

「……また、泣いてたの?」

 怒られるかと思ったけど、那緒は俯いて黙ったままだった。よく見ると、ぎゅっと組まれた手も小刻みに震えている。

「はぁ、怒るなよな」

「え?」

 返事も待たずに那緒の肩に腕を回し、自分の胸に抱き寄せた。

「お、おい! 何すんだよ」

「辛い時や、不安な時はさ、こうやって心臓の音聞くと落ち着くんだって」

 初めは怒っていてけど、那緒は少し落ち着いたように静かになった。

「……話、聞きたかったけど、辛いならいいよ。でも、もう少しだけこうやってたい」

「……心臓の音、早すぎて、落ち着かない」

 拗ねた子供のような声が聞こえて、俺は笑って那緒の背中をポンポンとリズムよく叩いていた。

 

 

 

 

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― 新着の感想 ―
那緒もやっと?心を開き始めてくれた感じがします。 ところで、きぬごまさん、スノボは何で好きになったんですか?
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