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6話 もう一人の負傷者

 その日は撮影が無く、いつもの様に写真の編集作業をしていた。実際こういった仕事の方が多くて、なかなかカメラも触らせてもらえない。まだアシスタントだから仕方はないけど、正直少し物足りなさは感じる。ぼんやりと物思いに耽っていると、珍しく上司の鈴原さんに声をかけれた。

「お疲れさま、天宮くん。仕事は慣れてきたかな?」

「あ、はい、まだわからない事ばっかりですけど、少しは……」

「そう? 僕の見る限り、よく頑張ってると思うよ」

「そんな事……先輩方がフォローしてくれるおかげです」

「もう、謙遜しちゃってー。あ、そうそう、来週高校陸上の地方大会の撮影に行くって言ってたじゃない? あれ、天宮くんにサブカメラで撮影に参加してもらおうと思うんだけど、どうかな?」

「えっ……いいんですか? 俺、まだ新人ですけど」

「いずれはカメラマンとして働くことになるんだし、経験はするに越したこと無いよ。天宮くんの写真の腕前も見てみたいし、どうかな? やってみる気はある?」

「も、もちろんです! よろしくお願いします!」

「良かった。今回は強豪校の注目選手の撮影依頼でね、同じくサブで同行する横川君の指示で動いてくれればいいから。この前渡した資料、もう一度よく確認しておいてね」

 

 横川さんは隣の席の先輩で、何かと気にかけてくれるいい人ではある。ちょっとジメっとした雰囲気があるけれど、馴染みのある先輩と一緒で心強い。

 でも、当の横川さんは話を聞いているのかいないのか、隣でパソコン画面を見たまま薄ら笑いを浮かべている。

「よ、横川さん? あの、撮影よろしくお願いします!」

「ふふ、よろしくねぇ。あ、天宮くん、緊張してレンズキャップ付けっぱとか、やっちゃダメだよー」

「なっ、しませんよそんな事!」

「いやいや、天宮くん、これが意外とあるんだよねぇ」

「鈴原さんまで!? はぁ、なんか心配になってきたかも」

「ごめんごめん。じゃあ天宮くん、肩の力抜いて頑張ってね」

「はい!」

 鈴原さんは笑いながら手を振って行ってしまった。

 確かに緊張はするけど、仕事でカメラを触れるのは初めてだし、やる気が出ないわけがない。とりあえず、レンズキャップは絶対外す!まずはこれに限る。

 思ってもない事にテンションが上がっていたせいか、それからは普段より作業が捗った気がした。

「ふふふ、天宮くん、気合いが入ってるのはいいけど、当日までに燃え尽きないでよね」

「嫌だなぁ、そんな事あるわけないじゃなですか」

 冗談っぽく返事をして、自分でも何かの前振りのような気がしたけど、初めて任されたカメラで失敗なんて情けなさすぎる。先輩たちに失望されないようにしなくては。


 捗ったおかげか、仕事は定時で終わることが出来た。早く帰れたのは久しぶりだったので、少し寄り道をする事にした。

 最寄りの駅の近くにショッピングモールがあって、ちょっと思い立ってそこに立ち寄る。

 (今度の撮影の注目選手の事、調べれるかな)

 スポーツ関連のコーナーに行くと、様々なスポーツ雑誌が豊富に取り揃えられている。これなら、陸上競技の特集雑誌なんかもありそうだ。

 コーナーを舐め回すように隅から隅まで見て回ると、ちょうど高校陸上に関する特集雑誌が置かれていた。

「あった! あ、これ鈴原さんの言ってた強豪校の事も載ってる。えっと……」

 特集記事には去年の大会で好成績だった強豪校がいくつか紹介されていて、依頼された高校の事も記載してあるようだ。

「へぇ、100M走で高校新記録、2年生で、凄いなぁ」

 若くで活躍している選手を見て無意識に独り言を呟く。夢中になって読んでいると、思わず目的を忘れてしまいそうになる。

「そうだ、写真の勉強に来たんだった……」

 改めて写真をじっくり見ていくと、躍動感や選手の必死の表情も凄くよく撮れている。

「このアングル、すげぇいいな」

 プロの撮影技術に圧倒されたけど、自分もいつかこんな風に被写体を輝かせられる写真が撮りたいと思った。そのためにも、早くアシスタントから抜け出せるように頑張らないと。そう思うと、何故か那緒のバカにしたような顔が頭に浮かぶ。

「く、俺の脳内にまで現れてバカにしてくるとは……ふん、すぐにプロのスポーツカメラマンになってやるからな!」


 勝手に悔しさが込み上げてきたので、もう本を買って帰ろうとした時、ふと目をやるとスノボ雑誌の表紙が見えた。

「これ……」

 迷わず手にとって見てみると、ハーフパイプなど色んな競技の選手が特集されている。ひょっとして、那緒の事も載ってるかもと、またしばらく目を通してみる。

「あ! やっぱり載ってる。これ、前にニュースで見た世界選手権か」


『最終滑走で高得点を獲得も、最後のトリックで回転不足の判定が影響したのか、惜しくも銀メダル』


「回転不足か……素人目には全然わからんなぁ。まぁ、写真だけど」

 写真を見る限り、十分高く飛んで回っているよう見えるが、僅差を競う競技だから判定は厳しいのだろう。

 パラパラとページをめくっていくと、ある見出しが目に付く。


『選手からコーチに転身。元天才プロスノーボーダー、ライアン・アダムス氏(26歳)にインタビュー。今後の活動や、今注目の選手は?』


「うわ、カッコいいー……こりゃ女性人気ありそうだな」

 見出しと共にアップの写真があり、まるで俳優かモデルのようなイケメンっぷりだった。記事を読み進めると、ライアン選手は3年前、練習中に負った怪我が原因でスノボを引退したようだ。膝の負傷が致命的だったようで、リハビリにより日常生活を送れるようにはなったが、もう競技を行う事は難しかったらしい。

(天才とまで言われた選手なのに、もったいないな……でも、これだけ人気があれば、他の仕事にも困ることは無さそうだけど)

「出身地はカナダ……同じくプロスノーボーダーの白瀬選手と交友関係があり……ん?」

 (確か、那緒の怪我も3年前で……)

 確信はないけど、頭の中で何かが府に落ちたような気がした。記事に事故の詳細は書かれていないし、ただの単独事故なのかもしれないけれど。もしかしたら、二人の接触事故の可能性もある。そう考えると今の那緒の様子も、事故の話になると顔色が変わる事にも納得がいく。

「もしかして、あいつの事故のせいで、ライアンは……」

 (単に俺の妄想かもしれないけれど、それが事実だったら、おそらく那緒はとてつもない責任感を感じているんじゃないのか? それが、あいつがスノボを楽しめなくなった理由だとしたら)

 那緒の気持ちを考えると、まるで自分の事のように胸が締め付けられる。

「だから苦しいのか? 那緒……」

 この場にいないはずの那緒に向けて、そんな言葉が口をついて出た。

 お前のせいじゃない。今すぐそう言ってやりたかったけど、そんな言葉で、あいつが苦しみから解放されると思えない。せめて、これが俺の思い過ごしであればと、願うしかなかった。


『那緒? 今、電話いい?』


 その夜、やっぱりライアンの事故の事が気になって眠れず、俺は結局那緒に連絡を入れてしまう。時間は0時なろうとしていて、迷惑になるかもしれないけれど、眠っていたならそれでいいと思った。

 そのままぼんやりとスマホを眺めていると、思いがけず那緒からの着信があった。


「え!? 早っ!」

 驚いてスマホが手から滑り落ちそうになったが、心臓を慌ただしく脈打たせて急いで電話に出る。

「はは、はい! もしもし那緒!?」

「何慌ててるんだよ……煌太が用があったんだろ?」

 電話口でため息混じりに那緒が答えた。

「あー、うん! へへ、ちょっと声が聞きたくなって……」

「はぁ? 女子かよ」

「べ、別に変な意味はないけど! なぁ、今日は何してたの? また病院?」

「いや、まだ。週明けに行く予定だけど。そうだな……今日は、婆ちゃんの頼みで、庭の木の枝切ってた。後は、散歩とか?」

 予想外に年寄り臭い答えが返ってきて、思わず吹き出してしまう。

「ぷっ、お爺ちゃんみたいじゃん。なんか、意外かも」

「う、うるせーよ。婆ちゃん、背が低いんだから仕方ねぇだろ。そう言うお前は? どうせ雑用ばっかなんだろ?」

「はぁ、お前はまたそんな事ばっかり……ふふん、でも、聞いて驚け! 来週ついに、カメラで撮影させてもらえるんだー」

 いつもの口の悪さにムカついたけど、今日は仕返しとばかりに自慢してやる。しかし、那緒の反応はアッサリとしたものだった。

「ふーん、そうなんだ」

「なんだよ。もっと驚くと思ったのに……高校陸上の大会でさ、サブカメラだけど、撮影に参加するんだ! もう、今からやる気が漲っちゃって」

 嬉しくて、つい饒舌になってしまい気がつかなかったが、電話口から那緒の声が聞こえなくなっていた。


「……那緒? 聞いてる?」

 不安になって名前を呼ぶと、ボソボソと小さな声が聞こえる。

「とり……ないって……じゃん」

「へ?」

「お、俺の事は、撮りたくないって言ったのに……他の撮影は嬉しいのかよ」

 拗ねた子供のような口ぶりに、一瞬キョトンとしてしまったが、じんわりと頬に熱がこもる。

「え、いや……もしかして、ヤキモチでも妬いてんの?」

「そ、そんな訳ねぇだろ!? この俺を差し置いて、他の撮影なんかにワクワクしてるからだ、バカ!」

 だめだ、全部都合のいいようにしか聞こえない。那緒のムキになった声を聞きながら、俺の顔はずっとニヤついていた。

「ふ、ごめんごめん。でも、俺本当に嬉しいんだよ。やっと夢のスポーツカメラマンに近づいた気がして……」

「……わかってるよ」

 少し落ち着いたのか、那緒は低い声で返事をする。俺は公園で那緒と初めて話した事を思い返しながら、もう一度改めて自分の思いを伝える。

「公園で話した事は嘘じゃない。でも、俺がスポーツカメラマンになりたいのはさ、子供の頃に見た那緒の姿が綺麗だったからなんだ。楽しそうに跳び跳ねる姿を、写真に残したいって思った。だから、やっぱり撮るなら、最高に楽しく滑るお前の姿がいいんだよ。何よりも、自分らしい姿が……」

「煌太……」

 自分の思いを伝え終わると、那緒はポツリと俺の名前を呟いて黙ってしまった。

「ごめん……俺、変な話ばっかりして……じゃあ、そろそろ切るわ」

 電話を切ろうとした瞬間、切羽詰まったような声が聞こえて手を止める。

「もう、無理なんだよ……俺は、自分のために滑っちゃいけないんだよ……」

 苦しそうに絞り出すような声に、胸が締め付けられた。今の那緒を一人にしたくない。スマホを握る手がだんだんと熱くなって、今すぐに会いたくなった。

「那緒……俺には、話せない事なの? お前がそうやって苦しいままだと、俺も、辛いよ……」

「……」

 那緒は黙ったままだったけど、聞いてくれていると信じて、話を続ける。

「もし、話してくれる気があったらさ、明日の夜、前の公園で話そうよ。仕事が終わったら、待ってるから。もちろん、嫌だったら来なくていい……」

 相変わらず返事はないけれど、まだ電話は切れていなかった。

「……じゃあ、おやすみ、那緒」

 おやすみと言って電話を切ろうとすると、鼻をすするような音が聞こえて、少し震えた声がした。

「煌太……ごめんな……」

 その言葉を最後に電話は切れた。

 (那緒、泣いてた……何で、どうしてお前が謝るんだよ……)

 最後のごめんの言葉に、また胸が苦しくなったけど、今の俺にこれ以上出来る事はない。ただ、那緒の辛い気持ちを一人で背負わせたくない、その思いしかなかった。 




  

  

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― 新着の感想 ―
凄く気になるラストでした。 スポーツ自体、あまり応援に興味ないのですが、読んでいくと話の流れに引き込まれますね。
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