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3話 あどけない記憶

「天宮くん、この前の白瀬選手の取材のデータ、編集お願いできる?」

「はい、今やってるバックアップが終わったら出来ます」

 那緒との再会から数日が過ぎて、俺は気を紛らわせる様に日々の仕事に打ち込んでいた。この日はパソコン作業がメインで、写真のデータ整理や編集などやることが多そうだ。

 鈴原さんから頼まれて、取材データの簡単な編集を行っていると、やはり那緒の事を考えずにはいられない。

 写真に映る那緒の表情は昔と違っていて、不意に胸の奥が締め付けられるような感覚を覚える。

 俯いて、まるで喜びも不安も感じていないような表情。そんな写真がほとんどだったからだ。

 (初めて会った時は楽しそうに、跳び跳ねながら滑ってたじゃん……今はスノボ、楽しくねぇの?……)


 思わず写真に見いってしまって、頬杖を付いたままため息を吐く。

「どしたの? ため息なんかついちゃってさぁ。こういった編集作業も大事な仕事だよー」

 ため息ばかりついていると、隣の先輩社員にからかうように話しかけられた。

「すみません、そんなつもりじゃないんですけど」

「へへ、そう? なら良いけど。あ、それ前の白瀬選手の取材の……その人、ほんと使えそうな写真少ないよねー。何て言うか無表情でさぁ……」 

「あの、白瀬選手っていつからこんな感じなんですか?」

 俺は気になって先輩に話を聞いてみた。

「どうだったかな……前に先輩に聞いた話だと、確か3年前の怪我くらいからこんな感じらしいよ? 17歳でプロデビューした時は明るい普通の少年だったって話だし」

「じゃあ、その怪我した時に何かあったんですか?」

「さぁ、そこまでは知らないよ。検索しても、特に変わった事も書かれてないし」

「そう、ですか」


 先輩の話が気になった俺は、午後の休憩時間に那緒の事を検索してみた。

『17歳でプロデビュー 出場したXゲームで得意のバックサイドエアーを決めて、自身最高の高さを記録!』

『スノーボードハーフパイプ、期待の選手! 20歳で冬季オリンピック出場か!?』

 プロデビュー後の記事の内容はどれも華々しいもので、掲載されている写真は笑顔のものが多い。何件かの記事を読んでいると、ある記事が目に止まった。

『白瀬選手、練習中に怪我。右肩と鎖骨を骨折で、今季の大会は出場を断念』


「これか……」

 3年前の骨折の原因となった事故の記事を見つけて読んでみたが、状況などの詳しいものは載っていなかった。

 しかし、骨折以降の那緒の記事を見ると、那緒の表情は明らかに違っていた。やはり先輩の話の通り、きっとこの練習中の事故が、那緒の変化に影響しているのだろうか。

 (でも、だからって……俺に何か出来るわけでもないよな……)

 那緒は俺のことすら覚えてなかったし、日本にいるっていっても、次に会えるのはいつになるかもわからない。

 頭ではもうアイツの事は考えないようにしようと思ってはいるが、なぜか胸にはモヤモヤした思いが渦巻いているようだった。


 それから数日経ったある日、残業で21時を回ってしまい、空腹に負けてつい駅前のコンビニに寄った。出勤前はよく立ち寄る店舗だったが、案外この時間帯に利用することは初めてだ。

 (あー、腹減って死にそう……)

 空腹でこの時間に入るコンビニは、誘惑だらけで悪魔的魅力がある。ついボリューミーなラーメンに心奪われ、心の中で葛藤していると、冷凍物のコーナーで同じように立ち尽くしている人物が目に入った。


 (……え、那緒!?)

 まさか、こんな場所で出くわすとは夢にも思わず、俺は咄嗟に棚の影に隠れる。

 なぜ隠れているのか自分でもよくわからなかったが、とりあえず棚から顔を出して那緒の様子を見てみる事にした。

 真面目な顔でアイスコーナーを見下ろしていた那緒は、カップとバーの2つのアイスを手に取る。どちらにするか決めかねているようで、手にもったアイスを交互に何度もチラチラと見ていた。

 (どっちだ……いったい、どっちを買うんだ!)

 アイスを見定める那緒の姿を見ているうちに、思わず熱が入ってしまい、固唾を飲んでその選択を見守る。

「よし!」

 那緒はついに決心したように呟くと、手に持っていた2つのアイスをカゴに入れた。

 (いや両方買うんかい!)

 予想していなかった決断に、思わず口に出してツッコミそうになったが、ギリギリのところで何とか耐えることが出来た。

 (マジかアイツ……体感5分は悩んでたのに)

 頭を抱えていると、那緒はいつの間にか会計を済ませて店を出ようとしていた。ハッと我に返り、俺は結局何も買うことなくカゴを戻して、慌てて那緒の後を追いかける。

 

「那緒!」

 コンビニを出た先で大声で呼び止める。那緒は一瞬足を止めてキョロキョロと回りを見渡し、俺を見つけると不機嫌そうな顔をした。

「……お前、取材の時の」

「そう! もしかして、思い出した?」

「全然。同じような事言うヤツ、今まで10人以上はいたけど?」

 那緒は厄介なファンが多いようで、不審者を見るように俺を睨む。確かに、状況だけ見れば不審者かもしれないが。

「いやまぁ、怪しむのもわかるけどっ……あー、もう何て言えばいいかなー」

 自分はそんな厄介ファンではないと弁解したかったが、上手く言葉が出ずにボリボリと頭を掻く。

「あんた、大丈夫?」

 挙動不審な様子に、那緒は戸惑っているようだった。

「とにかくっ、俺は10年前に那緒の滑り見て感動したんだよ! 雪の上を楽しそうに跳び跳ねてさ! へたくそな俺の事、笑いながらもスノボの滑り方教えてくれて……けどさ、何で、何で今はそんな顔してるんだよ。なんて言うか、全然楽しそうじゃないじゃん」

 一度思いを口にすると止まらなくなってしまい、勢いのままに思っていた事を那緒に伝える。

 那緒は俯いて少し寂しそうな顔をしていたが、すぐにまた怪訝な表情に戻った。

「お前には関係ないだろ。10年前に会ったかどうか知らねぇけど、わかったような事言ってんじゃねぇよ」

 不機嫌に言い放たれ、那緒が立ち去ろうとした時、何の前触れもなく辺りに轟音が響き渡る。俺の、腹の虫だ。

 

「……何だ、今の」

「ごめん、お腹なっちゃって……残業で食べ損ねちゃったんだよねー、あはは……」

 照れ笑いを浮かべていると、那緒は呆れたように深いため息を吐いた。

「……はぁ、ちょっと待ってろ」

 そう言うと、那緒は再びコンビニに入っていった。キョトンとしたまま待っていると、ほんの数分ほどで那緒は店から出てくる。

「ほら。これ食え」

 那緒に押し付けられたビニール袋の中を覗くと、ホカホカと暖かく、食欲をそそる香りがした。

「これ、肉まん? なんで……」

「どうせ、わざわざ俺に声かけるために、何も買わずに出てきたんだろ? その気持ちに免じてって感じ。ただの厄介ファンって訳じゃなさそうだし」

 那緒は変わらずムスっとしていたが、俺は嬉しくなって思わず笑みが溢れた。まるで、素っ気ない野良猫が気まぐれにすり寄ってきた時みたいな感覚だった。

「ふっ、ありがと……なぁ、よかったらさ、そこの公園でちょっと座らない? アイス、溶けちゃうでしょ」

「あ……」

 その言葉に、那緒はアイスの事を思い出したようで、慌てて中身を確認する。

「ははっ、な、行こうぜ!」

 俺は那緒の手を引いて、子供みたいに走りだした。


 近くの公園に着いた俺たちは、街灯の下の小さなベンチに向かう。

「なぁ、いつまで握ってるんだよ」

「へ?」

 一瞬何の事かわからなかったが、自分が未だに那緒の手を握ったままだった事に気がついて、慌ててその手を振りほどいた。

「ご、ごめん! それよりさ、あっち、座ろうぜ?」

 那緒は返事をせずにそっぽを向いていたが、小さくため息をつくと、ドカッとベンチに腰を下ろした。

 何だかんだで一緒にいてくれる事が嬉しくて、俺も急いで那緒の横に座る。

「ニヤニヤしてんなよ。気持ち悪いヤツ……」

 口悪く悪態をつかれても、なんでか今はムカつくこともなく嬉しい思いの方が勝っていた。

「へへ、いいだろ別に。さ、食べようぜ」

 空腹も限界だった俺は、ほかほかの勢いよくかぶり付く。

「やっば、めっちゃうめぇ! 肉まん、何気に久しぶりに食ったわ。これからハマりそうかも」

「ははっ、そりゃ良かったよ」

 ソーダ味のアイスバーをかじりながら、那緒は少しだけ微笑んだ。

 

「アイス好きなの? 結構悩んでたけど」

「……ずっと見てたのかよ。はぁ、まぁ日本にいたら絶対食うかな。カリカリ君、好きだから」

 店内で観察していた事がバレて、一瞬引いたような表情をされたが、那緒はシャクシャクといい音をさせて食べながら答えた。

「それさ、時々変な味が出るからおもろいよな。この前はナポリタン味なんてあったし」

「そうなのか!? 俺知らない。カナダにいた時に出てたのか……」

 驚いたような顔で真剣に考え込む姿が面白くて、俺は思わず顔を背けて笑った。

「ふふ、大丈夫だよ、不味かったし。あ、SNSで見たんだけど、もうすぐたこ焼き味が出るらしいよ。しばらく日本にいるなら食べてみたら?」

「たこ焼き!? それ、スッゲー食べたい!」

「ぷっ、ほんとに好きなのな」


 少し前までは不審者扱いだったのに、こうしてまた那緒と他愛のない会話が出来るなんて思わなかった。

 那緒は覚えて無いけど、また、あの時みたいに笑い合いたい。

 那緒の傍にいると、そんな思いが沸いてきて、俺は自分がどうしたいのかに気がついた。


 ふと空を見上げると、曇りのない夜空の中に、綺麗な黄色い満月が輝いていた。

「今日綺麗な月だな……」

「……そうだな」

 つられて那緒も夜空を見上げる。

 俺は鞄から自分のカメラを出して、黄色く輝く満月を撮影した。

「カメラ、いつも持ち歩いてんのか?」

「あぁ、昔からの癖でね。俺、スポーツカメラマン目指してて、だからいつか、那緒がスノボしてるとこも撮りたい……」

「そんなの、いくらでも撮れるよ。今はオフで休養中だけど、冬になればまた大会には出る予定だし」

 那緒はフッと寂しそうな顔をして淡々と話す。

「でも……今の那緒は撮りたくない」

「はぁ?」

「俺さ、お前の事よく知らないし、3年前に怪我した時、何があったかもわからないけど……」

 その話題になると、途端に那緒の表情は曇った。

「でも、いつかまた、前みたいに楽しんで滑ってほしい……その為に俺、絶対、お前をまた笑顔にするから!」

「は、はぁ? 勝手な事言ってんじゃ……」

 戸惑いながら反論する那緒に、胸ポケットにあった自分の名刺を押し付けた。

「これ、俺の連絡先。絶対、連絡しろよ。じゃあな!」

 返事を聞くのが少し怖くて、勢いのまま走って立ち去る。

「またなー、那緒ー!」

 那緒は立ち上がって、手を振る俺を見つめていた。


「天宮、煌太……」

 

 名前を叫びながら手を振る姿を見ていると、不意に子供の時の記憶が甦る。

 カナダで出会った、同年代の男の子。

 初めてのスノボで、転びまくってはしゃぐあいつに、滑り方を教えてやった、一時のあどけない子供の頃の思い出。

 それを今になって俺は、ようやく思い出していた。

  

「……あいつ、雪だるまの」

 


 

 

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― 新着の感想 ―
煌太をホントに忘れてただけ? 空白の10年がキーになる話なんですね。 気になります! そういえば自分はアイスはあまり食べないんですが、高熱の時に食べるアイスが格別だって聞いて、食べたら感動しました。…
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