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20/26

20話 嘘

――――10月某日 日曜日


 那緒との約束の日、10月も終わり頃、辺りにもやっと秋らしいような空気が漂い始めていた。

 待ち合わせのカフェの近くを通ると、金木犀の匂いがふんわりと鼻をくすぐる。

 独特な香りだけれど、この時期だけの特別感があって結構好きだ。

 でも、いつもどこに咲いているの見つけられない、謎の花でもある。まぁ、俺の学がないだけかもしれないけど。


 那緒の話というのが妙に気になって、そんなどうでもいいようなことを考えながら街を歩いていた。

 意識して違うことでも考えていないと、ずっとそればかり気にしてしまうから。


「はぁ、着いてしまった……那緒は、まだ来てないのか」

 いったいどんな話があるのか、少し緊張しながら、トボトボと店に入る。


「いらっしゃいませ、一名様ですか?」

「あ、いえ、後でもう一人来ます」

「二名様ですね。こちらにどうぞ」


 案内された席に座り、ぼんやりと外の様子を眺める。

 休みの日だから、なんとなく男女のカップルが多い気がした。

「恋人か……」

 そんな言葉が思わず口を突いて出て、我に返った。

「そうだ、那緒に連絡しとこ……」


 チャットを打っていると、不意に肩をチョンと触られる。

「那緒?」

 振り返ると、目の前には一人の女性が立っていた。


「あれ、もう忘れられた?」

 にっと歯を見せて笑う、その顔を見た瞬間に思い出した。

「え、ミカ!? なんか、雰囲気違ったから、一瞬誰かと思った」

「ふふ、煌太は全然変わってないねぇ。すぐにわかったよ」


 ミカは俺の元カノで、大学2年の時に、少しの間だったけれど付き合っていた。

 大人しい見た目の割に意外と話しやすい子で、同じサークルで出会って一緒に過ごすうちに仲良くなった。

 ミカからの告白で付き合うことになったけれど、数ヵ月経ったある日、突然別れを告げられた。

 

『私の事、本当は好きじゃないんでしょ』


 そう言われた時、何も反論できなかった。

 ミカの事は好きだった。だけどそれ以前に、俺の心の中には、あの時からずっと那緒の存在があったから。

 自分では気にしないようにしていたけれど、ミカには普通にバレバレだったらしい。

 別れることになっても、嫌いになったわけじゃなかったから、お互いに友達に戻ろうってことになった。

 当時のミカはあっけらかんとして、明るく振る舞っていたけれど、今考えると、割りと酷いことをしたなと反省する。


「今日はなに? もしかしてデートの待ち合わせ?」

 ミカ大学の時よりも明るい髪色のショートカットで、少し垢抜けたように見えた。

「べ、別に、そんなんじゃないけど」

「怪しい……あ、もしかして、例の本命の子なんじゃ」

 コイツの勘は本当に、昔から妙に鋭すぎるんだよなー。

「もういいって。それより、ミカの方はどうなんだ? 一人寂しくカフェで何してるわけ?」

「あー出た、お一人様に対する偏見。でも残念でした、今日は彼氏と待ち合わせ。少し遅れるって連絡あったから、ここで時間潰してたの」

 ミカはそう言いながら、俺の横に遠慮なくドシッと腰を下ろす。


「おい、何勝手に座って……彼氏に怒られるぞ」

「いいじゃん、友達と喋るくらい。ねぇ、仕事は順調? たしか、大手の写真代理店に就職出来たんだよね?」

「はぁ、変わらないねぇ」

 こっちのことなんてお構いなしで、自分の興味のあることはぐいぐい来る。

 ミカのそんな相変わらずの性格が懐かしくて、なんとなく心を許して少し話すことにした。


――――数時間前


 そろそろ出なきゃいけないのに、ため息ばかりが続いて重い腰が上がらない。

「はぁ……行かなきゃな」


 来週にはアメリカに行かなければならないのに、結局こんなギリギリまで、俺は煌太にアメリカ行きを伝えられていなかった。

 あれから何度か二人で会う機会はあった。なのにいざ言おうとすると、喉につっかえたみたに言葉が出てこなくなる。

 それでももう、いい加減に腹を決めて言わないと。


「やば! 時間過ぎてる!」

 何気なしに時計を見たら、出ようと思っていた時間をとっくに過ぎている。

 いつのまにか膝の上に居座っていた黒猫のボスを下ろして、慌てて部屋を出た。 


 最寄りの駅を出て、小走りで約束の店に向かう。

 走りながらも頭の中では、何て切り出そうか悶々と考えていた。


 (実は、来週からアメリカへ行くんだ……は簡単すぎるか。今まで言えなくてゴメン……離れ離れになるのが寂しくて……ってそんなん恥ずかしくて言えねぇー!)


「うおっ、ここだ。通り過ぎるとこだった」

 店の前で軽く深呼吸をしてから、意を決して扉を押す。


「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

「あ、いや、待ち合わせで……」

 そう言いながら、店内を見渡す。

「……あ、いた。すみません」

 店員さんにペコッと頭を下げて、煌太のテーブルに向かう。


 (あれ、誰かと話してる?)


 近くにいくと、煌太の隣には一人の女性が座っていた。  

 隣同士で、笑い合いながら話す二人。それを見た瞬間、まるで心臓が潰れるかと思うくらい苦しくなった。


「ん? あ、煌太、友達来たんじゃない?」

 呆然と立つ俺に気づいた女性は、煌太の肩をちょんちょんと触る。

 

 何気ない接触、それなのに無性に心が苦しかった。

 腹が立つような、悲しいようなで、自分でもわけがわからなくなった。


「あ、那緒! ごめんミカ、またな」

「はいはーい。じゃあ、元気でねー、煌太」

 軽く挨拶をして席を立った女性は、去り際に俺にも笑顔で会釈をしていく。

 立ち尽くしたままでいると、煌太は心配そうに声をかけてきた。


「な、那緒? 大丈夫?」

「え、ああ。ごめん、ぼーっとしてた」

 適当に笑って誤魔化して、向かいの席に座った。

 だめだ、変な気を遣わせないようにしないと。


「あ、さっきのさ、元カノのミカ。偶然ここで会って、待ってる間、少し話してたんだ」

「そう、なんだ」

「あぁ、あいつも彼氏と待ち合わせだったみたいでさ」

「元カノって……まだ連絡したりすんの?」

「いや、全然だけど……気になるの?」

 煌太は不思議そうな顔で首を傾げる。

「べ、別に! そういうの、普通はどうなんかなーって……単なる興味。あ、可愛い子だったね。煌太のくせにやるじゃん」


 一度誤魔化すと、次から次に口から出てくる、思ってもいない言葉。

 それを言う度に、虚しい気持ちになっていった。

 

「む、なんかムカつくし……あ、そうだ、話って何?」

「あー、あれ? 別に、大した話じゃなかったし、もういいや」

「え……会って話したいって言ってたのに?」

「本当に、どうでもいいことなんだ。ここのカフェ、また行きたかったから誘っただけ」

「……ホントか?」

「本当だって! もう、そんな気にすんなよ。あ、なんか喉乾いた。メロンソーダ頼もっかなー」


 気をそらすために、少しわざとらしくメニューを見てやり過ごす。

 煌太に勘づかれてないか気になったけれど、あいつの顔を見るのが怖くて、上を向くことが出来なかった。


「もう、俺めっちゃ気になってたのに……まいっか、俺もなんか食いもん頼む」

「ふふ、ごめん。お詫びにパフェ奢るから」

「いらねー。俺、しょっぱいのがいい」

「ぷっ、はは……」


 どうしてだろう。煌太といれるのは楽しいはずなのに……どうして、こんなに泣きそうな気持ちになるんだろう。


 ――――


 カフェを出てから、煌太と二人で目的なくふらふらと街を歩く。

 

「那緒、この後どうする?」

「んー、ちょっと家でトレーニングしたいから、そろそろ帰るよ」

「……そっか。大会も近いもんね」

「うん」


 また、嘘をついた。

 本当は、今はこれ以上煌太といることが辛かったから。

 ミカって子といるのを見て、正直、お似合いだと思った。俺は煌太の友達で、煌太にはこれから彼女が出来て……きっとそれが普通で。

 それなのに、こんな感情のせいで、煌太を困らせたくない。普通の将来を、奪ってしまいたくない。


 だからもう、こんな気持ちは捨てなきゃ。

 そう思ってるのに……


「ねぇ、煌太」

「ん?」

「前にさ、心臓の音、聴いたら落ち着くって言ってただろ?」

「あ、うん……言った、けど」

 恐る恐る、煌太の顔を見上げたら、なんだか顔が赤くなってるみたいだった。

「あれ、またやってもいい? なんだか、大会前で緊張しちゃって」

「え? ここで!?」

 人通りがある道で、煌太はキョロキョロと回りを見渡す。

 

「嫌だったら、別にいい、けど」

 言い終わるのと同時に、突然グッと腕を引かれ、横の狭い路地に引っ張られた。

 

「こ、煌太!?」

 驚いて声を上げると、そのまま包み込むみたいに、煌太は俺の体を優しく抱き締めた。

「ここなら、見られないから」

「い、いや……これはちょっと違うんじゃ」 

「いいから……ほら、ゆっくり呼吸して」


 優しく、少し艶っぽいような声が頭に響いて、とても落ち着くなんて出来ない。

 煌太はどうして、男の俺に、そんなに優しくできるの?


 いけないと思うのに、心と体、明らかに喜んでいて、俺は煌太の優しさに甘えて、その体を強く抱き返した。

  

「ごめん……今だけ、もう少し、このままでいたい……」

「謝らなくていいよ。那緒が落ち着くまで、こうしてるから」

「ごめん……本当に、ごめん」


 ごめんな……煌太のこと、好きになって。

 俺、ちゃんと友達でいるから、これで最後だから、今だけは、近くにいさせて。

 

 

  

  

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― 新着の感想 ―
まさか元カノが出るとは… ただ久々に会った時の印象って確かにこういう事ある!って感じですよね(笑)
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