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19話 独占欲

――――10月某日 カナダ 撮影スタジオ


「……お前、その顔どうにかできないのか? いくら本業じゃないとはいえ、モデルの時くらいシャンとしないか」

 

 ライアンは本業のコーチの仕事とは別に、契約しているブランドのモデルも兼業している。

 今日はその新作スノーボードウェアの撮影だというのに、当のこいつはずっと浮かない顔だ。

 まぁ、それは今日に限ったことではないのだが。あの日、白瀬との対談を境に、ライアンの様子は明らかに変わっていた。


「別に……普通だろ。カメラマンも何も言わなかったじゃない」

 休憩中、ライアンは鏡の前でだらしなく座り、目も合わせようとしない。

「はぁ、それはお前に気を遣って何も言わないだけだ。腫れ物に触るようにな」

 あけすけに言ってやると、ライアンは黙ったまま何も言い返さなかった。


「……どうせ白瀬の事なんだろうが、そんな事で仕事に支障をきたすな。求められたことはちゃんとやれ」

「そんなこと? 那緒は僕の全てなんだ……そんなことなんかで済まされない!」

 徐々に強くなるライアンの言葉。珍しく感情を露にするライアンに、俺は圧倒された。

 しかしその声には、怒りの感情の中にも寂しさのようなものが混じっているようだった。


「そうだな……それについては謝るよ。だけどな、仕事は仕事だ。午後からは気持ちを切り替えろ」

「……わかったよ」

 ライアンは相変わらず暗い顔をしていたが、渋々といったように返事をした。

 

「終わったら、話くらいは聞く。一人で悶々とされて、評判が下がりでもしたら迷惑だからな」

「コーチ……」

「アホ、今はマネージャーだ」


 ライアンは少し気持ちを持ち直したのか、午後の撮影は問題なく終わった。

 相変わらず表情は固かったが、それでも先の撮影に比べたら少しはマシになっていた。


 ――――

 

 撮影後、約束通りライアンの話を聞くため、行きつけのBARで飲むことにした。

 マスターとは昔馴染みで、客も限られた者しかいない、隠れ家的な店だ。

 ライアンは、酒に口を付けることもなく、静かに話を始める。

 

「僕は……那緒に事故のことに責任を感じて欲しくなくて、詳細をメディアに隠した。その時の気持ちは、嘘じゃない」

 

 俺は黙ったまま酒を口に含み、こいつの話に耳を傾ける。

 確かに、あの時の白瀬は錯乱していて、不安定だった。自分の怪我よりも、重傷でスノボが出来なくなったライアンの事を思い悔やんでいた。

 それをわかってはいたが、俺は感情に任せて、あいつを責めるようなことを言ってしまった。

 その後、しっかりライアンに怒られたがな。

 事実を公表しなかったのは、あいつにとっては気休めほどにしかならなかっただろうが……それでも、必要以上に追い詰められる状況は、避けられたはずだ。


「でも、いつからだろう……那緒が僕の事を気にして、寄り添ってくれるのが、気持ち良くなってた。ずっとこのまま、僕の事だけを考えていて欲しいって、思うようになった……那緒が辛い気持ちも、知っていたはずなのに」

 ライアンは、苦しそうな表情で心の内を話す。

 いつもは飄々としているくせに、珍しく弱々しいところを見せるものだから、こちらもどう接していいかわからなくなる。

「故意ではないが、事実あいつは事故の加害者だ。気に病んでいたとしても、お前に寄り添おうとしたのはあいつの意思。お前が強要したわけじゃない」

 気にするな、そう言ったつもりだったが、ライアンは突然声を荒らげた。 

  

「加害者じゃない! そんな風に言うのは止めてくれって、何度も言った!」

「……はぁ、悪かったよ。俺はただ、お前が気にすることではないと」

 話の途中、ライアンは遮るように反論する。

「違う! 僕は……縛ってた。那緒が罪悪感を抱くような言葉を、あえて使って……離れて行かないように、縛り付けようとしてたんだ」

「ライアン……」


 テーブルの上で握った、ライアンの拳は小刻みに震えていた。

 あの対談も、日本で離れて暮らしている白瀬に、自分の存在を思い出させようとした、そういったところか。 


「でも那緒は、自分のスタイルで滑りたいと言った。今までそんなこと、一度だって言わなかったのに……その言葉を聞いた時、たがが外れたみたいに、自分の気持ちが押さえきれなくなった。あの後も、那緒を困らせるようなことを言って……」


 取材の後のこいつは、明らかに様子がおかしかった。

 でも今のライアンは、怒りの感情だけじゃなく、自分の行いを悔やんでいるように見えた。


「……お前は、どうしたいんだ? またあいつを自分の元に縛り付けたいと、そう思っているのか?」

「それは……わからない、どうすればいいのか。でも、もう那緒を苦しめたくない、それだけは思うんだ」

 俯いたまま、涙混じりの声でライアンは話す。


「……そういえば、昔の白瀬は、よくお前にバックサイドエアーを教わろうとしていたな」

「え……」

「あいつは何よりも、高く飛ぶことに意義を感じていた。そんな姿を、お前は、どう思って見ていたんだ?」

 突然昔話を始めた俺に、ライアンは戸惑っているようだった。それでも、俺の質問にポツポツと言葉を返していく。


「……僕は、まるで空に届くんじゃないかって、そう思うほどの、那緒のエアーが好きだった。自信満々で、一番最初にやるトリック。まるで、自分が一番だって、見せつけるみたいで。見ていると、とても気分が高揚した」

「ふ……それが、お前の気持ちなんじゃないのか?」

 そう言うと、ライアンは一瞬ハッとしたような顔をしたが、次第に涙で顔を歪ませた。

 

「でも僕は……那緒に忘れられたくない。置いてかれたくないよ」

 

 子供のように鼻水を垂らして泣くライアンの姿に、ため息を吐きつつも、少し笑いが込み上げる。

「はぁ……お前、泣きすぎだろう」

「だって」

「白瀬がお前の事を忘れるはずがない。お前が、あいつにスノボを教え込んだんだから」

「でも……そんなの、わからないよ」

「確信がないなら、これからの白瀬の滑りを見届けろ。そうすれば、あいつの思いもわかるはずだ」


 ライアンはしばらく何も言わず、小さな嗚咽と鼻をすす音だけが響いた。

 それでも、しばらくすると言葉にならないような声で、微かに「うん」と、そう聞こえた気がした。


「はぁ、あまり泣きすぎるな。明日、選手たちの前で恥をかくぞ、新米コーチ」 

 ライアンの肩をポンと叩くと、なぜか余計に泣き始めてしまう。

 

「……とりあえず酒でも飲め。うるさくてかなわん」

「うん……ゴホッ、ゲホッ!」

「わ、お前……こぼすなよ」


 子供のように泣くライアンに付き合い、その日はお互い少し飲みすぎてしまった。

 本当に、図体はでかいくせに、いつまでも手のかかる子供のような男だ。


――――10月某日 都内撮影所


「どう? 天宮くん、ちゃんと撮れた?」

 今日はとあるスポーツ雑誌の撮影で、俺も撮影に参加させてもらっていた。

 もう俺のコンビみたいになってる、先輩の横川さんも一緒に。


「はい、問題なしです」

 データを確認しながら答えると、横川さんはなぜだか不服そうな顔をする。

「ふーん。なんか最近天宮くん、全然失敗しないからさー。つまんないよ」

「……そこは、先輩として喜ぶところじゃないんですか? つまんながらないで下さい」

 相変わらず嫌味な先輩だけど、最近はこの嫌味のにも慣れてきた。


「あ、そういえばさ、白瀬選手、来年の世界大会に出れるみたいで良かったね。天宮くん、仲良いんでしょ?」

「はい! 休みとって、応援しに行こうと思ってるんですよ! 気が早いけど、もう今からめっちゃ楽しみなんですよね」

 まるで自分の事のように誇らしくて、嬉しかった。

 那緒が滑ってるところを想像するだけで、落ち着きなく気持ちが昂ってくる。


「ん? 天宮くん知らないの? その大会、僕らも撮影に行くんだけど」

「……え、うそぉ!?」

「本当だよ。嘘付いてどうすんのさ。疑うなら、鈴原さんに確認してみなって」

「あ、ありがとうございます!」

 思ってもなかったことに、つい横川さんの手を握ってブンブンと振りながら感謝をした。

 横川さんは悲鳴を上げながら嫌がっていたけれど、もうそんなのはどうでも良いくらい嬉しかった。


 カメラマンになろうと思ったのは、子供の頃に、那緒の滑りを目の前で見たのきっかけ。

 ボードが舞い上げる雪がキラキラと光って、自由自在に跳ねるように滑っていく那緒の姿がとても綺麗で、ずっと、この景色を残しておきたいと思ったからだ。


 やっと、夢が叶う。

 カメラマンとして働けてることもそうだけど、やっぱり、那緒に出会ったことが、俺の始まりだから。

 スノーボーダーとしての那緒を写真に撮ることは、俺にとって言葉ではうまく言い表せないくらい特別で、最高の事なんだ。


――――


 仕事終わり、駅で何気なくスマホを見たが、今日はまだ那緒からの連絡は無かった。

 最近は那緒も大会前で忙しいみたいで、以前よりは連絡の回数も減っていた。

 でもそれは、お互いの事を頑張っているからで、仕方の無い事だと思う。

 少しの寂しい気持ちはあるけれど、那緒が頑張っているのを、俺は応援したい。


「そうだ、那緒にも撮影に行くこと、教えとこー」


 返事が来たのは、夜の21時を回った頃だった。

『お疲れさま。まさか、あの有名アシスタントの煌太が、世界大会の撮影に来るなんて驚きだw』

『見とれて、ヘマしないようにしっかり撮れよ』


「くそ、素直に喜べよなー。まぁいいけど」

 憎まれ口が予想通り過ぎて、見た瞬間吹き出してしまったけれど、それも那緒らしい。

 返事を送ろうとしたら、続けてチャットが届いた。


『あのさ、明後日の日曜、時間あるか? 少し、話したいことがあって』


 急に温度が変わったような、そんな文面だった。


『大丈夫だよ。でも、どうした? 今じゃ聞けない話?』

『うん、ちょっと……じゃあ、お昼頃こないだ行ったカフェで待ち合わせで』

『そっか。うん、わかった!』


 何があったんだろう。最近は明るかったし、変わった様子も無かったけれど。

 しばらく那緒の様子を思い返してみたが、特に心当たりは無かった。ただ、時々何か言いたそうに言葉に詰まっている事があったような。

 それでも、ライアンの事を悩んでいた時のような、暗い雰囲気はもうないし。


「うーん……わからん」


 椅子にもたれ掛かって悩んでみたが見当が付かず、バカみたいに一人呟くしかなかった。


 

 

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― 新着の感想 ―
ちょっとスランプで、読むのも書くのも気力出ず…久しぶりに拝読しました。 ツンデレ感が可愛く思いますが、リアルで常にツンデレはけっこうキマしたね(笑) いつの間にか章設定したんですね! わかりやすくて…
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