14話 条件
――8月某日、都内某所 ライアンSide
「ねぇ、あの男の人かっこ良くない? 背も高いし、外国人モデルとかかなー」
「ほんとだ! ダメもとで一緒に写真とかお願いしてみる?」
ライアンは華がある。190センチ近くのスラリとした長身、中性的な端正な顔立ちで、どこにいても目を引く。
同じ男として横を歩くのも、なかなかに勇気がいる。こいつのマネージャーになったのは数年前だが、未だに共に出歩くのは苦手だ。
「すみません、一緒に写真撮ってもらっていいですかぁ?」
「? シャシン? OK!」
声をかけてきた若い女性からスマホを受け取り、ライアンはぴったり寄り添い自撮りをするようにレンズを向ける。
「やめなさいライアン、拡散されたらどうする」
じっと睨みつけるように見上げると、ライアンは軽く息を吐き、渋々スマホを女性に返した。
「ゴメン、シャシンNOデシタ。BYE~」
ヤツがヒラヒラと手を振ると、女性たちはライアンに見とれてぼんやりとしていた。
「別に良くない? 写真くらい撮ってあげても」
「ダメだ、軽はずみな行動は慎め。オフだって言っても、取材の申し込みは何件か入ってるんだ。旅行気分で浮かれるなよ」
「ケチマネージャー」
「なんとでも言え」
不貞腐れて歩くライアンをあしらっていると、スマホが鳴る。確認するとまた取材の申し込みのメールだった。
「……ライアン、また追加で取材の申し込みだ」
「えー、全然休めないじゃん! せっかく那緒に会いに日本に来たのに」
「お前の白瀬に対する執着は相変わらずだな。どうする、断るか?」
「んー、ちょっと見せて」
何が気になったのか、ライアンは俺の上からスマホを取り上げた。
「ここ……たしか、前に那緒が取材受けてた雑誌社か……いいよ、受けてあげる」
「わかった、なら承諾して……」
スマホを取ろうと手を伸ばすと、それを届かない高さにヒョイと上げられる。
「おい、なんのつもりだ」
「取材は受けるよ。でも、条件がある」
ライアンはニヤリと怪しげな笑みを浮かべている。はぁ、また面倒なことでも思い付いたか。こいつのワガママに付き合わされるのはいつもの事だが、この笑顔の時は大概面倒な事を言われるんだ。嫌な勘が働いて、思わず深いため息が出た。
――――
長かった甲子園の撮影もようやく終わって、長期休暇ではないが少しの休暇をもらえた。
夏の暑い日差しが照りつける中、俺は約束通り、那緒と二人でかき氷を食べに来ていた。
「はぁ、店んなか涼しー! もう俺ここで暮らす」
那緒は机にベッタリと倒れこみ、空調の効いた空間を満喫しているようだ。
「やめなさい。那緒がここに住み着いたら、売り物全部食いつくされちゃうよ」
「おい、人を妖怪みたいに言うな」
机の上に顎を置いたまま、那緒は気だるそうに文句を言っている。その姿は可愛かったけれど、言葉通りなんだか妖怪みたいに見えてちょっと可笑しかった。
「人の顔見て笑ってんじゃねぇ」
「ぷ、ごめん」
目をそらして笑いを堪えていると、注文したかき氷が運ばれてくる。
「お、キタキタ~」
これはまた、笑えるくらいこんもりとした山盛りのかき氷だった。那緒は全く怯む様子もなく、手早く写真を撮った後、嬉しそうに頬張っている。
「マジかよ……」
冷たいかき氷を次々口に放り込んでいくのを呆然と見ていると、那緒は俺の方を見てほげほげと何か喋りだした。
「ほげ、はやふ、ふぁべろ(ほら、早く、食べろ)……」
「な、なんて?」
那緒は口に入ってたものをゴクンと飲み込んで、「はぁ」と一息つく。
「……早く食べないと、溶けちまうぞ」
「あ、あぁ、食べるよ。つい、食べっぷりに見とれちゃってさ」
「へっほう、ふまふぃふぉ(結構、うまいぞ)」
うん、何言ってるか全然わかんね。まぁ喜んでるのは確かだな。
ほげほげ言う那緒はすごく楽しそうで、俺も久しぶりの二人の時間を満喫した。
「ふぅ、食ったー。氷だけど結構お腹一杯になるな」
那緒は満足気にお腹をさすっている。
今日の那緒は、普段と変わった様子もない。やっぱり、ライアンが日本に来てる事は知らないんだろうか。
気になるけど、たぶん聞かない方がいいだろうな。せっかく楽しそうなのに、水を差して暗い顔にしたくない。
「……どうしたんだよ、さっきから黙って」
「え?」
「楽しく、ねぇの?」
那緒は下を向いて小さい声で呟いた。
「楽しい! めちゃくちゃ楽しいから!」
「お、おう」
思わずバンと机を叩いて食いぎみに答えると、那緒は驚き引き気味に答えた。
結局考えごとして那緒に暗い顔させてちゃ元も子もないな。とりあえず、今日は思いきりデートを楽しまなきゃ。
その日は夜まで遊んで、日差しがなくなって気持ち涼しくなった夜道を、二人で話しながら歩いていた。
「それでさ、その横川さんがひでぇの。見せびらかすみたいに身体中にファン付けてさー」
「はは、いい性格してんじゃん、その人」
「だろ!? まさかあんなにひねくれてるとは思わなかったよ。普段はまぁちょっと変わってるけど、いい先輩なんだけどな」
「でも、煌太のいじめられて泣いてる顔、ちょっと見たかったかも」
「げ、那緒もそういうひねくれ者タイプ?」
「人聞きの悪いことを……煌太の泣き顔なんてレアだから、見たかっただけだ」
夜で暗かったけれど、にっと目を細めて笑った那緒の顔は、街灯に照らされて少し赤いように見えた。
駅までは歩いて結構距離があったけれど、那緒と話していると時間が経つのはあっという間で、すぐに別れの時間が来てしまう。
「じゃあ、また……気を付けて帰ってね」
「……うん」
改札の前で、那緒と向き合う。気のせいかその顔は寂しそうに見えて、ホームに向かわなきゃいけないのに、なかなか足が動かない。
しばらく沈黙が続いて照れ臭くなってきた俺は、「じゃあ」と逃げるように振り返った。
すると、きゅっと服を引っ張られるような感覚がして、後ろを振り向こうとした。その瞬間、トンと背中に何かが当たる。
「え……那緒?」
少し首を向けると、那緒の顔が背中に当たっていた。急なことで心臓が跳ね上がるように鼓動が大きくなる。
「きゅ、急に、どうした?……あ、あー! さては、俺と別れるのが寂しいんだろ?」
あたふたして、思わず冗談めかして言ってしまい、また気まずい沈黙が流れる。
「も、もー、黙るなよ、恥ずかしいじゃ……」
「うん……寂しい」
えっと、聞き間違いじゃない、よな? こんな都合のいい展開、もしかして幻聴?
頭の中は大パニックで、口からは「え、あ」と母音しか出てこない。キョドっていると、突然那緒の体はパッと離れた。
「……な、なんてな!? ジョーダンだよ、冗談! どうだった? ドキッとしたんじゃねぇの?」
意地悪く笑っている那緒に、何が起きたのかわからず、しばらく思考が止まってしまう。
「……なっ、しゅ、趣味悪いぞ! びっくりするじゃん……」
焦って言い返すと、タイミング悪く電車の到着アナウンスが鳴る。
「へへ、ほら、さっさと帰れ。間抜けアシスタント」
「も、もう! 那緒のバカ、あほ」
「へいへい」
最後はレベルの低い罵り合いになって、またいつもの友達みたいな雰囲気に戻る。
電車に乗って窓から那緒の姿を探すと、あいつは電車の方を見つめて、走り去るまでずっとその場に立っていた。
離れていたけれど、その顔は少し寂しそうに見えた。
もし人の心が覗けるなら、今は真っ先にお前の気持ちが知りたいな。
「んー、でも、それもちょっと怖いか」
那緒がいなくなるとなんだか寂しくて、電車に揺られながら自分の思考にひとりでツッコミを入れて気持ちを紛らわせた。
――――
しばらくの休暇も終わり出社すると、早々に横川さんがテンション高く話しかけてくる。
「天宮くん、天宮くん! 凄いよ、例の話、本当に決まったんだ!」
席に着くなりバシバシと背中を叩かれる。
「いたっ、何なんですか、もぉー」
「何じゃないよ、決まったんだよ、ライアンの取材!」
「えっ……」
驚きで固まってしまい、声が出なかった。まさか、本当に取材が決まるなんて……でもこれでやっと、ライアンと接点が持てるんだ。
「甲子園が終わってから鈴原さんに相談したらさ、前に白瀬選手を取材した雑誌社に提案してくれたんだ。まさか、こんなに早く決まるなんてビックリしたよ」
「そ、そうなんですね」
「あれぇ? あんまり嬉しくなさそうだね」
「い、いえ、展開が早くて、驚きの方が大きくて」
「わかるよー、僕も驚いたもん。あ、でもでも、先方がひとつ、条件付けてきてるんだよ」
「条件?」
「そうそう、何でも、白瀬選手と対談形式にしたいって。まぁ、彼も今休養中だろうし、アポは取れると思うんだけど……」
横川さんの言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引くみたいな感覚に襲われた。
那緒との対談……? そんなこと、なんのためにしようって言うんだ。ただでさえあいつは、ライアンに対して罪悪感を抱いている。それを、カメラの前で面と向かって話をするなんて、那緒がどんな思いをするのか、想像したくもなかった。
「そ、そんな! そんなのダメです、絶対!」
「ちょ、ちょっと天宮くん、声が大きいよぉ……」
感情が押さえられなくて、思わず大きな声が出てしまい、横川さんは驚いておろおろしていた。
でも、俺が無理を言ったせいで、那緒の罪悪感を抉るような辛い思いをさせたくない。こんな取材、断ってもらわないと……
ライアンはどうしてこんな提案をしてくるのか、彼が何を考えているのか考えてみても見当もつかない。
とりあえず、後で鈴原さんに話さないと、この話が那緒に伝わってしまう前に。




