12話 夢でも会いたい
頭の中がぐるぐるする。体もなんだかふわふわして、うまく力が入らない。
あれ、俺どうしてたっけ。確か、煌太と飯食いに行って、それから、いろいろ遊んで、酒も飲んで……
モヤがかかったみたいな頭で考えていると、背後から誰かに覆い被さられるような感覚があった。
その腕は徐々に力が入り、ゆっくりと俺の体を抱き締めていく。
(だ、誰だ……煌太?)
あいつの悪ふざけ? でもこんなことするような奴じゃ。
「……煌太?」
言い知れない不安を感じながら、恐る恐る名前を呼ぶと、耳元で聞き覚えのある声が囁く。
「こうた? 誰それ。それとも、もう僕の声なんて忘れちゃったの? 僕の大事なもの、奪ったくせに……」
その瞬間、心も体も凍りついたみたいに、何も考えられなくなった。それは、確かにライアンの声で、けれど嘲笑うような悪意のこもった声。
「ふふ……ダメだよ那緒。僕以外の事なんて考えちゃ。那緒はずっと、僕の代わりにならないと。それが、償いなんだよ……」
「つぐ、ない……」
そんなこと、わかってる。わかってるのに……
どうしようもなく胸が苦しい。まるで体の中が鉛みたいに重くて、冷たい。そして、ライアンの落ち着いた声はいつまでも耳に残って、頭の中に繰り返し響いていた。
無意識に溢れ出した涙が頬を流れていく。
煌太……煌太に会いたい。
あいつの、笑った顔が見たい。
「……こうたぁ」
情けなく出た涙声であいつの名前を呼んだ。
俺は、お前の優しさに甘えてもいいのかな。
そんな事、許されるのかな。
その時、急に場面が変わった。これは、あの時の夜の公園だ。
俺はベンチに座っていて、隣にいる煌太の胸の中に抱かれていた。さっきの身も凍るような感覚はなくなって、体はほかほかと暖かかった。
涙でぐちゃぐちゃな顔で見上げると、あいつは少し困った表情で微笑む。
「また泣いてる。目、晴れちゃうよ」
そう言って、煌太は指で優しく涙を拭った。
「大丈夫。ずっとそばにいるから……」
投げかけられる優しい言葉にぼーっと見つめていると、ゆっくりと煌太の唇が重なる。
それは、驚くくらい自然に受け入れられた。触れた唇は暖かくて、さっきまでの不安な気持ちが徐々に晴れていくみたいだ。
心臓はバクバクと音を立てていたけれど、不思議と安心できて、すごく心が安らいだ。
(心地がいい……ずっと、こうしていたい)
んにゃ~~~!
突然の喚くような猫の鳴き声と共に、腹にどっしりとした衝撃が走る。
「うぅっ! な、なに!?」
驚きで目を開けると、腹の上で黒猫のボスが座り込み、前足をペロペロと毛繕いをしている。
「……夢かぁぁぁ」
夢だとわかった瞬間、なんとも言えない恥ずかしさが押し寄せ、思わず両手で顔を覆う。
「俺、なんであんな夢見てんだろ……こんなの、まるで……」
まるで、あいつのことを……好きみたいな。
それに気づいた時、また煌太の顔が浮かんで、心臓がうるさく音を立てる。
でも、本当にそうなのか? あいつが優しいから、勘違いしてるだけなんじゃ。だって、煌太は男だし、遊んだりしてるのも、きっと友達としてってだけだ。
そうだ、友達としてなら、煌太はそばにいてくれる。例えこの気持ちが本当でも、あいつに気づかれない限り、俺は煌太の友達でいれるんだ。
この時は、それが難しいことだなんて思いもしなかった。それでも、自分の気持ちを告げて煌太が離れるくらいなら、それを隠してずっとそばにいたいって、その時はそう思っていたんだ。
二日酔いでガンガンする頭を抱えてリビングに降りると、婆ちゃんが椅子に座ってテレビを見ていた。
「あら、今起きたの? もうお昼前よ」
「うーん……飲みすぎたみたい」
冷蔵庫から水を出して飲んでいると、婆ちゃんは呆れたように話し出す。
「もう、あんなフラフラになるまで飲んで……お友達が部屋まで連れてってくれたのよ」
「ぶっ……そ、そうなの!?」
てっきり自分で帰ったと思っていたのに、まさかそんなに迷惑をかけていたなんて。予想外の言葉に口に含んでいた水を盛大にぶちまけてしまった。
「そうよぉ。夜も遅い時間にピンポンが鳴るもんだから、不審者が来たんじゃないかって、おばあちゃんびっくりしたのよ。そしたら、フラフラの那緒とお友達がいるもんだから、もう慌てちゃって……それから、あの子が那緒を部屋まで連れていってくれてね。もう遅かったから泊まっていったらって声かけたんだけど、遠慮してたのかしら、慌てて帰っちゃったわ」
くそっ、恥ずかしすぎる……じゃあ、ベッドに寝てたのもあいつが!? はぁ、迷惑かけすぎだろ……
淡々と話す婆ちゃんの言葉を聞いていると、居たたまれずにその場にしゃがみこんだ。
「どれだけ飲んだか知らないけど、あんた普段お酒なんて飲まないんだから、気を付けなさいな」
「……ハイ、ゴメンナサイ」
頭を抱えてしゃがみこんだまま、まるでロボットみたいな謝罪の言葉しか出なかった。
「はぁ、それにしてもあのお友達! 好青年って感じで男前だったわねぇー。おばあちゃん化粧もしてなかったから恥ずかしくなっちゃったよ」
婆ちゃんの話は脱線して、煌太の事を気に入ったようでそればかり話していた。
婆ちゃんから逃げるように部屋に戻って、すぐに煌太にチャットを送った。
『昨日はごめん。婆ちゃんから、部屋まで送ってくれたって聞いて……迷惑かけて悪かった』
返事は数分で返ってくる。
「はやっ! お、怒ってない、よな?」
ごくっと息を飲み、恐る恐る最初の文章だけチラ見する。冒頭を見ると怒ってなさそうだったので、ホッとしてチャットを開く。
『おはよう。二日酔いは大丈夫か?
あんなに酔っぱらうと思わなくてビックリしたけど、迷惑じゃないよ。
那緒と一緒にいれて、すごく楽しかった。
また会おうな』
返事は、煌太らしい優しい言葉だった。
思い浮かんでくるのは、むず痒い感謝の言葉と、打つのも恥ずかしいような煌太への気持ち。うまくまとめる事が出来なくて、結局ひとつのスタンプを返した。
ふらふらする頭のまま、さっきまで寝ていたベッドに倒れ込む。
「……また、あいつの夢、見れないかな」
もし自分の思いどおりの夢が見れるなら、きっとそれは、人に見せれないような恥ずかしい夢になるだろう。
煌太への気持ちを意識すると、自分にもこんな感情があったのかと驚くほど、無性にあいつに会いたくなる。
せめて、夢の中だけでも、都合のいい、幸せな気持ちになりたい。
そんなおめでたい思考を巡らせながら、ベッドの上で丸まっていた。




