11話 友達じゃない
昼の12時を回った頃、部屋の姿見鏡で何度も自分の姿を確認していた。
「ふん……ちょっと派手か。やっぱり、キャップは被ってこうかな」
試着を繰り返して、ようやく着ていく服が決まりそうだ。
「ん? ちょっと待て、なんでこんな悩まなきゃいけねぇんだよ! たかが煌太と飯行くだけだろ!」
ふと悩んでいる自分がバカバカしくなって、一人キレながら持っていたキャップをベッドに投げつけた。まったく、デート前でもあるまいし、何をそわそわする必要があるんだ。
よく考えてみたら、ライアン以外の誰かと出掛けるなんて、今まで無かったのかも。ライアンとは兄弟みたいな間柄だったから、友達同士の感覚っていまいちピンとこない。でも、煌太が友達なら、きっと毎日楽しいだろうな。
「俺たちって、友達なのかな……」
昔に一度出会っただけの不思議な関係。偶然再会してからも、友達なのか考えると、少し違うような気持ちになる。
ふと時計を見ると、待ち合わせの時刻が迫っていた。
「やばっ」
慌ててキャップを被り、部屋を後にした。
――――
「遅い……」
スマホを手に、待ち合わせ場所で一人呟く。待ち合わせの時間は30分を過ぎていて、最後に連絡があったのは15分前だ。
もう一度、連絡してみようかとチャット画面を開いた時、急に背後から何者かに肩を鷲掴みにされる。
「ひぃっ」
驚いて振り返ると、下を向いて息切れしながら謝る那緒がいた。
「はぁ、はぁ……わ、悪い、遅れてっ……」
「え、走ってきたの? 何もそんなに慌てなくても」
「はぁ、だって、自分から誘ったのに遅れるなんて、悪いだろ。この辺来るの久々だったから、途中迷ってめっちゃ焦った」
那緒は息を整えながら、ばつが悪そうに話す。
「ふ、汗かいてる、どんだけ走ったんだよ。ほら、早く店行こ。お腹へったよ」
白い肌はピンク色に染まって、頬からは一粒の汗が流れる。俺なんかに会うために、こんなに必死になるなんて、少し気恥ずかしくもあり、とても嬉しくもあった。俺は特に意識せずに、その頬を伝う汗を指で拭う。
「お、おう」
那緒はそれに反応してサッと身を引き、目が隠れるほど深く帽子を被り直した。
触ったの、嫌だったかな。そう思うと胸の奥がひゅっと冷たくなるような感じがしたけれど、平気な顔で笑って誤魔化した。
「何食いたい?」
適当に街をぶらつきながら、入れそうな店を探していく。那緒はスマホで調べてきたようで、良さげな店の候補をあげていった。
「そうだなぁ。このラーメン屋も捨てがたいけど……あ、ここは? デザートのケーキが評判いいんだってよ」
「相変わらず甘いの好きだなぁ」
「う……別に食べなくても平気だし。それより、煌太は何がいいんだよ」
「ふふ、俺もそのケーキ食いたいかも。そこにしよ」
そう言うと、那緒は「ほんと!?」と明るく笑う。楽しそうに店へと案内を始める姿を見ていると俺も嬉しくて、もうさっきの事なんてどうでもよくなった。
「なぁ、俺ら、浮いてない?」
無事店に入れたはいいが、店内は若い女性ばかりで、自意識過剰かもしれないけれど周りからの視線も感じる。やけに外観の色合いがファンシーだったから、嫌な予感はしていたけれど、どうやら男二人で入るにはハードルが高い店みたいだ。
「ま、まぁ気にすんなよ。とりあえず、何か適当に注文しようぜ?」
那緒も少し周りを気にしながらも、メニューを興味深そうに眺めている。
「そだな、気にしたら負けだ。あ、俺この森のクマカレーにする」
「またカレーかよ。人の事言えねぇじゃん。えー、じゃあ俺は……」
那緒は嬉しそうにメニューを選んでいて、こうしているとまるで、仲の良い友達と一緒にいるみたいだ。
再会した時はこんな風に会えるとは思いもしなかったし、今でも十分満たされているのに。この先を期待したらこいつは、那緒は離れていってしまうのかな。
ぼんやりしていると、那緒もメニューが決まったようで、店員さんに注文をしていた。
「あー、すみません……この森のクマカレーと、はちみつたっぷりチーズピザ、それとふんわりシフォンケーキ、季節のフルーツタルトに、イチゴのムース、それと……」
「ちょ、ちょいちょいちょい!?」
「あん?」
次々と注文されるケーキについ横やりを入れてしまったが、那緒は意外そうな顔でキョトンとしている。
「いや、頼みすぎじゃない!? そんなに食えんの?」
「余裕で食えるけど? あ、じゃあそれとコーヒー二つで」
「はい、かしこまりましたー」
聞いているだけで胸焼けしそうだけど、那緒は平然とした顔をしている。恐るべし甘党。
「さてと……お前、撮影で何やらかしたんだよ。詳しく教えろ」
「うっ……」
注文を終えて開口一番、那緒は頬杖をついて意地悪な笑みを浮かべながら痛い所を突いてきた。
「早速かよ」
「今日はそれを聞くのが目的だからな。ほれ、言ってみろ」
くそ、なんでちょっと偉そうなんだ? それが少しイラっとしたけれど、仕方なく、今も思い出したくないミスを那緒に打ち明ける。
「取材対象の高校に、一年の短距離の選手がいたんだけど、緊張しながらも頑張ってて、何とか決勝まで進んでたんだ。でも、決勝のゴール間際で派手に転倒しちゃって、俺……撮影中なのに、投げ出して助けに入っちゃって……撮影はダメになっちゃうしで。今思い出してもほんと、バカと思う」
話しているとまた気分が落ちてきて、自然と下を向いてしまう。きっと笑われるだろうと思って顔を上げると、那緒は真剣な顔でまっすぐ俺を見つめていた。
「それは……間違ったことなのか?」
「え? まぁ、カメラマンとしては、マズイ、かも」
純粋な瞳を向けられて、つい歯切れ悪く答えると、「ふーん、そっか」とアッサリとした返事が返ってくる。
「俺はカメラマンの事詳しくないから、今の話を聞いても、それが間違いとは思えない。けど……もし煌太が、俺の滑ってるとこを撮ってくれるなら、うまく行っても、ミスをして転んだとしても、俺の全部を、見届けて欲しいって思うよ」
「……那緒」
「それに、アスリートってのは、そんなに軟弱じゃない。自分自身と戦って、ミスを繰り返して強くなるんだ……ふふ、だから、お前なんかが助けなくても平気ってこと。それよりも、煌太にしかできない事があるだろ?」
俺なんかが助けなくても平気……同じ競技者である那緒の言葉だったからか、何故だかスッと心に染みた。
確かに、道端で困ってる人を助けるのとは違う。困難を乗り越えた選手だからこそ、どんな場面でもカメラに収めないと、それこそ選手に対して失礼なのかもしれない。頭でだけ理解していたことが、ようやく心に落とし込めた気がした。
見届けて欲しいなんて、那緒が俺の事をそんな風に思ってくれているのが、たまらなく嬉しい。
いつか、そんな日が来ても大丈夫なように、その思いに答えられるように、カメラマンとして成長しなきゃな。
「……うん。ありがとう」
「おう!」
心から、その言葉が出た。笑って那緒の方を見ると、あいつも屈託のない顔で笑っていた。
「お待たせいたしましたー。森のクマカレーのお客様は……」
「あ、はい」
タイミングよく注文の品が運ばれて手を上げる。テーブルに置かれたカレーは、クマの顔のご飯にたっぷりの野菜入りカレーがかかっていて、中々にファンシーな見た目だ。
「こちら、ご注文のお客様にチェキをサービスしております! こちらのクマ耳カチューシャを着けて撮影いたしますので、どうぞ!」
「……へ?」
店員さんは有無を言わせない笑顔で、サイケデリックな色のクマ耳カチューシャを俺の手の上に置いてくる。どうやら拒否権は無いようだ。
「ぷぷっ……ほら、早くつけろよ、クマ耳……ふふふ」
「お前なぁ……もぉー、わかったよ! やってやるからな。後悔すんなよ」
こういうのは、恥ずかしがったら負けだ。勢いよくクマ耳を着け、秘蔵の変顔と共にピースサインをすると、店員さんも笑いを堪えてシャッターを切る。
「完っ璧ですお兄さん! お写真差し上げますので、ごゆっくりどうぞ」
気合いを入れすぎて顔を戻せなくなったまま那緒を見ると、あいつも笑いを堪え、机に顔を伏せて肩を小刻みに震わせていた。
「どうよ、俺が本気だしたらこうなるんだよ」
恐る恐る顔を上げる那緒を、変顔のまま見つめると、まんまと盛大に吹き出す。
「ぶふぅっ、おま、もうやめろよその顔ー!」
「へへ、この顔はケンジにも大ウケだったんだぜ」
「だから誰だよ、知らねーっての。はぁ、くだらねー、笑いすぎて涙出るわ」
那緒の顔は赤く、涙を拭いながらもまだ少し笑っていた。
くだらない事で笑ってくれるのが面白くて、とても可愛くて……ずっとこの時間が続いて欲しいと思うくらい、幸せだった。
――――って思ったんだけど!
何がどうしてこうなってんの!?――――
「う……んん」
寝言のように呻き、ベッドの上で寝返りをうつ那緒。そう、何故か俺は、那緒の部屋に上がり込んでいる。
あの後、友達のように盛り上がった俺たちは、まるで学生時代に戻ったみたいにカラオケやゲーセンで遊び倒し、仕舞いには居酒屋で調子よく酒を飲んでいた。
いやいや、だからって、こいつ酒弱すぎだろ!カシオレ二杯でこんななる!?
酔いつぶれた那緒はフラフラで、仕方なく家まで送って、おばあさん一人じゃ無理だから二階の部屋まで連れてきた訳だけども。
ベッドで頬を赤くして眠っている那緒の前で、俺は一人悶々とした気持ちだった。だって、静かに眠っている姿は、同じ男とは思えないくらい綺麗だったから。
何故かベッドの前で正座をして見つめていると、邪な思いが顔を出す。
「いかん。ここにいたら邪念が湧いてくる……はぁ、帰るか」
夜中だし、おばあさんの迷惑にもなるので帰ろうと思い腰を上げると、ベッドからだらりと伸びた那緒の手が、俺の服の裾をぎゅっと掴む。
「こう……た」
小さな声で名前を呼んだ那緒の目元からは、少しだけ、涙が滲んでいた。
いったい、どんな夢を見てるんだろう。
しっかりと握られた手を見ると、胸の奥がきゅっとして、もう少し、そばにいたくなった。
もう一度ベッドのそばに座り直して、服を掴んでいた手をそっと包むように握る。
「……ここにいるよ」
聞こえているのかいないのか、那緒は安心したようにフッと口元を緩めた。
暗い部屋で、こんな状況のせいか、俺の心臓はますます、苦しいくらい脈打つ。
自分でも止められそうにない衝動にかられて、まるで引き寄せられるように、那緒に覆い被さって唇を重ねていた。
「お願い……目、醒まさないでね……」




