表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

10話 気になるヤツ

 撮影の日は終わったはずなのに、なぜかあいつからの連絡はなかった。いつもは何もなくてもくだらないことを連絡してくるのに、何かあったのかと妙に気になって落ち着かない。

 もう一度チャットを入れてみようかと思ったけど、しつこいと思われても嫌だし。

「あーもう!」

 (あいつにどう思われようが、別にいいじゃねぇか!)

 無意識に煌太に嫌われるのを避けるような思考に、自分自身でイラついてしまう。

「わっ、どうしたの那緒くん、急に大声出して」

 中野先生は驚いてマッサージの手を止めた。

「あ、ごめん。ちょ、ちょっと考え事してて……」

 施術台でマッサージを受けていたのに、無意識に思いが口に出ていたようだ。

「ぷ、珍しいね。そんな風に感情的になるの」

「ごめん……」

「何で謝るの? いい事じゃないか、昔の那緒くんに戻ったみたいで、嬉しいよ」

 煌太と再会してから、昔の事をよく思い出す。辛いこともあるけれど、あいつと出会った時の事や、スノボが楽しかった頃の事、考えないようにしていた感情が顔を出そうとしてくる。

 

「うん、痛みも引いてるようだし、可動域も広くなってる。もうトレーニング開始しても大丈夫だよ」

 軽く肩を動かしてみると、確かに違和感なく動くようになっていた。

「ありがとう先生。肩、変な感じなくなってる」

「でも、いきなり無理しないようにね。今からやれば、冬には間に合うだろから、焦っちゃダメだよ」

「うん。わかってる」

 病院を出た後、すぐにコーチに連絡を入れた。先生は焦るなと言うけれど、やっぱり気持ちは急いてしまう。やっと、大会に向けて調整できるんだ。やるべき事が進んでいくと、止まっていた時間が進みだしたみたいでホッとした気分だった。

 (今月中には練習、始められるかな……)

 連休が終わってから日差しは更に強くなって、もう夏なんじゃないかと思うほどだ。

「あっちぃ。早く寒くなんねぇかな」

 歩いていると汗ばんできて、パタパタとシャツの首元から風を送る。早くスノボを始めなきゃ。焦りからかまだ遠い冬が待ち遠しくなった。


 夕方、久しぶりに煌太にチャットを送ってみた。

『肩の具合、良くなった。今月末から練習始められる事になったよ。そういや、前の陸上の撮影、うまく行ったのか?』


「ふぅ……ちょっと、白々しいかな」

 そういや、なんて書いたけど、実際すごく気になっている。部屋でストレッチをしてる時も、チラチラと机の上のスマホを見て、数分置きに画面をチェックする始末だ。

「だー、もう! 早く返事しろやあの野郎!」

 返事をしない煌太と、それが気になる自分にもイラついて、むしゃくしゃしながらジャージに着替えて勢いよく部屋を出た。

「那緒、どっか行くの?」

 玄関で靴を履いていると、婆ちゃんが心配そうに見に来る。

「婆ちゃん。ちょっと走り込み行ってくる」

「そう、気を付けてね」


 走ってる最中、イヤホンで適当に音楽を聞いていると、しっとりしたラブソングばかりが流れる。

 (く、なんでこんな曲ばっかり……流行ってんのか? もっとロックとか流せよ、走りづらいっての!)

 そう思っても、曲を聞いていたら、だんだんとあの時の事が頭に浮かんでくる。

 あの夜、俺は情けなく取り乱して、煌太の優しさに寄りかかるように泣きついた。今まで、誰にも言えなかった事を打ち明けられて、その後は少しだけ、心が軽くなった気がした。

 俺を笑顔にするってあいつは言っていたけれど、煌太が笑うから、おかしな事ばっかり言うから、俺も自然と笑顔になれるんだ。

 だから……

「何かあったら言えよ! 気になるだろーが!」

 つい、誰もいない河川敷で大声で吐き出した。暗かったし、他に人通りもなかったから。もしかしたら不審者と思われるかもしれないけど、胸のつっかえが取れたみたいにスッキリとした気分だった。

 初めはイラついたけど、あのしっとりしたラブソングのせいなのかもしれないな。

 もう少し走るつもりだったけれど、気が変わって足早に家に帰ることにした。あいつの、煌太の声が、聞きたくなったから。 

 

 ――――――


「天宮くん、まだ帰んないの?」

「あぁ、もう少しだけ残ります」

 横川さんに声を掛けられて時計を見ると、もうすぐ21時になろうとしていた。

「そんなに頑張んなくても、前のデータの納品準備でしょ? まだ期限あるし、来週に回してもいいんじゃない?」

「あー、なんか、終わらせないと気になっちゃって……」

「そう……明日休みだからって、遅くなりすぎないようにね。それじゃ、お疲れ」

「はい、お疲れさまです」

 横川さんの言う通り、別に急ぐ仕事ではない。それでも何かやっていないと、マイナスな事ばかり考えてしまうから、ミスをしたあの日から自然と残業が増えていった。

 無心でパソコンに向かって、ようやく作業が一段落する。ボキボキと手や首を鳴らして時計を見ると、あれから1時間ほど経っていた。

「うわ、さすがに残りすぎたか……はぁ、帰ろ」

 会社から出る時、鞄の底にあったスマホを見ると、チャットが何件も届いている。

「げ、何だろ。何かやらかしたっけ?」

 仕事関係かと思ってヒヤヒヤして見ると、那緒から10件以上もの連絡がきていた。


『おい、仕事か?』

『早く見ろ』

『まだ終わんねぇの?』

『残業しすぎだろ』

『早く帰れよアホ、ハゲ』

 …………


「まだハゲてねぇよ! 何なん、最後完全に悪口しか書いてねぇじゃん!」

 最初の方は返事の催促のようだが、後半はアホだのハゲだの、煽るようなスタンプしか送られていない。正直ムカつく態度だけど、アホらしくなって自然と笑いが溢れていた。

 駅までの道を歩きながら返信の文面を考えていると、唐突に着信が鳴る。

「わ、那緒だ……あいつ、既読になるのチェックしてやがったな」

 那緒の執着に圧倒され、ビクビクとして電話に出る。

「は、はい……」

「おせーんだよ。早く出やがれ」

 開口一番不機嫌な声が聞こえて、つい反射で謝ってしまう。

「……ごめんなさい」

 謝ったはいいが、それから那緒は何故か黙ってしまっていた。

「那緒?」

「……なんで、連絡よこさないんだよ」

「そ、それは」 

 那緒の声に怒りは感じなかったけれど、静かな、寂しさのようなものが混じっている気がした。

 それでも、仕事でミスしたのが情けなくて連絡できなかったなんて、恥ずかしくて言えない。


「お、お前が、元気ないとさ……調子狂うんだよ。いつもみたいに、しょうもない事、連絡しろよ。そんで……何かあったら言え」

 那緒は時々言いにくそうに口ごもりながら話す。そんな様子がなぜかむず痒くて、男相手なのに、可愛いとさえ感じた。それはまぁ、今さらかもしれないけど。

「ふっ、ごめん……もしかして、寂しかった?」

「ば、ばか! 寂しくねぇよ! ただ、気になっただけだし」

「ふふ、そうですか……実はさ、撮影でへましちゃって。あんな意気込んでたのに、ほんとバカだよ。カメラマンとして、根本的なことがわかってなかったんだ。ほんと、こんなん笑うしかねぇよな。それで……なんとなく連絡しづらかった。ごめん……」

「……バカじゃないよ」

 俺の話を黙って聞いていた那緒は、静かな声でそう言った。

「でも、さっきはバカって言ったよ?」

「い、いやさっきのはそう言う意味じゃ……」

「ふ、ふふふふ」

「笑ってんじゃねぇ。はぁ……とにかく、ミスくらい誰でもするんだ。最初の撮影だったんだっろ? そう簡単にうまくいったら面白くないじゃん。だから、いつまでも落ち込んでんな」

「……うん。ありがと」

 不器用な言葉だけど、那緒なりに励ましてくれるのが嬉しくて、胸の中がじんわり温かくなった。

「そうだ、肩の調子良くなったんだな。練習、頑張ってな」

「うん。月末からは、少し忙しくなるかもな。なぁ、明日って、休みだろ?」

「あぁ、うん」

「飯、とか行かね?」

「それって、那緒と?」

「い、嫌なら別にいい……」

「行く! 行くよ、絶対!」

 モゴモゴと不貞腐れたように言う那緒を遮って、嬉しさのあまり返事にも力が入ってしまった。

「わ、うるさっ、急に大声出すなよな。じゃあ、また明日連絡するよ」

「うん! へへ、すごく楽しみ」

「明日、お前のミスを笑ってやるから、覚悟してろよ。じゃあな」

 最後に少し不穏な言葉を言い残して、通話は切れる。キョトンとしていると、ちょうど電車が到着した。


 那緒の電話があってから、少し心の重荷が軽くなった気分だった。

 自分が那緒を想う気持ちに自覚はあるけれど、それはもちろん一方通行だと思っている。でも、もしかしたら那緒も、俺のこと友達くらいには思ってくれているのかな。もっと、近づきたい……少し嬉しい言葉を掛けられたくらいで、どんどん欲が出てくる。

 あいつは俺のこと、どんな風に思っているんだろう……

 電車に揺られてながら、半分夢の中にいるみたいに那緒の顔が浮かんでいた。


  

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「何なん、最後完全に悪口しか書いてねぇじゃん!」←メチャンコ笑った! 悪口も見方と時系列で笑えるんだよなって改めて思った~。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ