10話 気になるヤツ
撮影の日は終わったはずなのに、なぜかあいつからの連絡はなかった。いつもは何もなくてもくだらないことを連絡してくるのに、何かあったのかと妙に気になって落ち着かない。
もう一度チャットを入れてみようかと思ったけど、しつこいと思われても嫌だし。
「あーもう!」
(あいつにどう思われようが、別にいいじゃねぇか!)
無意識に煌太に嫌われるのを避けるような思考に、自分自身でイラついてしまう。
「わっ、どうしたの那緒くん、急に大声出して」
中野先生は驚いてマッサージの手を止めた。
「あ、ごめん。ちょ、ちょっと考え事してて……」
施術台でマッサージを受けていたのに、無意識に思いが口に出ていたようだ。
「ぷ、珍しいね。そんな風に感情的になるの」
「ごめん……」
「何で謝るの? いい事じゃないか、昔の那緒くんに戻ったみたいで、嬉しいよ」
煌太と再会してから、昔の事をよく思い出す。辛いこともあるけれど、あいつと出会った時の事や、スノボが楽しかった頃の事、考えないようにしていた感情が顔を出そうとしてくる。
「うん、痛みも引いてるようだし、可動域も広くなってる。もうトレーニング開始しても大丈夫だよ」
軽く肩を動かしてみると、確かに違和感なく動くようになっていた。
「ありがとう先生。肩、変な感じなくなってる」
「でも、いきなり無理しないようにね。今からやれば、冬には間に合うだろから、焦っちゃダメだよ」
「うん。わかってる」
病院を出た後、すぐにコーチに連絡を入れた。先生は焦るなと言うけれど、やっぱり気持ちは急いてしまう。やっと、大会に向けて調整できるんだ。やるべき事が進んでいくと、止まっていた時間が進みだしたみたいでホッとした気分だった。
(今月中には練習、始められるかな……)
連休が終わってから日差しは更に強くなって、もう夏なんじゃないかと思うほどだ。
「あっちぃ。早く寒くなんねぇかな」
歩いていると汗ばんできて、パタパタとシャツの首元から風を送る。早くスノボを始めなきゃ。焦りからかまだ遠い冬が待ち遠しくなった。
夕方、久しぶりに煌太にチャットを送ってみた。
『肩の具合、良くなった。今月末から練習始められる事になったよ。そういや、前の陸上の撮影、うまく行ったのか?』
「ふぅ……ちょっと、白々しいかな」
そういや、なんて書いたけど、実際すごく気になっている。部屋でストレッチをしてる時も、チラチラと机の上のスマホを見て、数分置きに画面をチェックする始末だ。
「だー、もう! 早く返事しろやあの野郎!」
返事をしない煌太と、それが気になる自分にもイラついて、むしゃくしゃしながらジャージに着替えて勢いよく部屋を出た。
「那緒、どっか行くの?」
玄関で靴を履いていると、婆ちゃんが心配そうに見に来る。
「婆ちゃん。ちょっと走り込み行ってくる」
「そう、気を付けてね」
走ってる最中、イヤホンで適当に音楽を聞いていると、しっとりしたラブソングばかりが流れる。
(く、なんでこんな曲ばっかり……流行ってんのか? もっとロックとか流せよ、走りづらいっての!)
そう思っても、曲を聞いていたら、だんだんとあの時の事が頭に浮かんでくる。
あの夜、俺は情けなく取り乱して、煌太の優しさに寄りかかるように泣きついた。今まで、誰にも言えなかった事を打ち明けられて、その後は少しだけ、心が軽くなった気がした。
俺を笑顔にするってあいつは言っていたけれど、煌太が笑うから、おかしな事ばっかり言うから、俺も自然と笑顔になれるんだ。
だから……
「何かあったら言えよ! 気になるだろーが!」
つい、誰もいない河川敷で大声で吐き出した。暗かったし、他に人通りもなかったから。もしかしたら不審者と思われるかもしれないけど、胸のつっかえが取れたみたいにスッキリとした気分だった。
初めはイラついたけど、あのしっとりしたラブソングのせいなのかもしれないな。
もう少し走るつもりだったけれど、気が変わって足早に家に帰ることにした。あいつの、煌太の声が、聞きたくなったから。
――――――
「天宮くん、まだ帰んないの?」
「あぁ、もう少しだけ残ります」
横川さんに声を掛けられて時計を見ると、もうすぐ21時になろうとしていた。
「そんなに頑張んなくても、前のデータの納品準備でしょ? まだ期限あるし、来週に回してもいいんじゃない?」
「あー、なんか、終わらせないと気になっちゃって……」
「そう……明日休みだからって、遅くなりすぎないようにね。それじゃ、お疲れ」
「はい、お疲れさまです」
横川さんの言う通り、別に急ぐ仕事ではない。それでも何かやっていないと、マイナスな事ばかり考えてしまうから、ミスをしたあの日から自然と残業が増えていった。
無心でパソコンに向かって、ようやく作業が一段落する。ボキボキと手や首を鳴らして時計を見ると、あれから1時間ほど経っていた。
「うわ、さすがに残りすぎたか……はぁ、帰ろ」
会社から出る時、鞄の底にあったスマホを見ると、チャットが何件も届いている。
「げ、何だろ。何かやらかしたっけ?」
仕事関係かと思ってヒヤヒヤして見ると、那緒から10件以上もの連絡がきていた。
『おい、仕事か?』
『早く見ろ』
『まだ終わんねぇの?』
『残業しすぎだろ』
『早く帰れよアホ、ハゲ』
…………
「まだハゲてねぇよ! 何なん、最後完全に悪口しか書いてねぇじゃん!」
最初の方は返事の催促のようだが、後半はアホだのハゲだの、煽るようなスタンプしか送られていない。正直ムカつく態度だけど、アホらしくなって自然と笑いが溢れていた。
駅までの道を歩きながら返信の文面を考えていると、唐突に着信が鳴る。
「わ、那緒だ……あいつ、既読になるのチェックしてやがったな」
那緒の執着に圧倒され、ビクビクとして電話に出る。
「は、はい……」
「おせーんだよ。早く出やがれ」
開口一番不機嫌な声が聞こえて、つい反射で謝ってしまう。
「……ごめんなさい」
謝ったはいいが、それから那緒は何故か黙ってしまっていた。
「那緒?」
「……なんで、連絡よこさないんだよ」
「そ、それは」
那緒の声に怒りは感じなかったけれど、静かな、寂しさのようなものが混じっている気がした。
それでも、仕事でミスしたのが情けなくて連絡できなかったなんて、恥ずかしくて言えない。
「お、お前が、元気ないとさ……調子狂うんだよ。いつもみたいに、しょうもない事、連絡しろよ。そんで……何かあったら言え」
那緒は時々言いにくそうに口ごもりながら話す。そんな様子がなぜかむず痒くて、男相手なのに、可愛いとさえ感じた。それはまぁ、今さらかもしれないけど。
「ふっ、ごめん……もしかして、寂しかった?」
「ば、ばか! 寂しくねぇよ! ただ、気になっただけだし」
「ふふ、そうですか……実はさ、撮影でへましちゃって。あんな意気込んでたのに、ほんとバカだよ。カメラマンとして、根本的なことがわかってなかったんだ。ほんと、こんなん笑うしかねぇよな。それで……なんとなく連絡しづらかった。ごめん……」
「……バカじゃないよ」
俺の話を黙って聞いていた那緒は、静かな声でそう言った。
「でも、さっきはバカって言ったよ?」
「い、いやさっきのはそう言う意味じゃ……」
「ふ、ふふふふ」
「笑ってんじゃねぇ。はぁ……とにかく、ミスくらい誰でもするんだ。最初の撮影だったんだっろ? そう簡単にうまくいったら面白くないじゃん。だから、いつまでも落ち込んでんな」
「……うん。ありがと」
不器用な言葉だけど、那緒なりに励ましてくれるのが嬉しくて、胸の中がじんわり温かくなった。
「そうだ、肩の調子良くなったんだな。練習、頑張ってな」
「うん。月末からは、少し忙しくなるかもな。なぁ、明日って、休みだろ?」
「あぁ、うん」
「飯、とか行かね?」
「それって、那緒と?」
「い、嫌なら別にいい……」
「行く! 行くよ、絶対!」
モゴモゴと不貞腐れたように言う那緒を遮って、嬉しさのあまり返事にも力が入ってしまった。
「わ、うるさっ、急に大声出すなよな。じゃあ、また明日連絡するよ」
「うん! へへ、すごく楽しみ」
「明日、お前のミスを笑ってやるから、覚悟してろよ。じゃあな」
最後に少し不穏な言葉を言い残して、通話は切れる。キョトンとしていると、ちょうど電車が到着した。
那緒の電話があってから、少し心の重荷が軽くなった気分だった。
自分が那緒を想う気持ちに自覚はあるけれど、それはもちろん一方通行だと思っている。でも、もしかしたら那緒も、俺のこと友達くらいには思ってくれているのかな。もっと、近づきたい……少し嬉しい言葉を掛けられたくらいで、どんどん欲が出てくる。
あいつは俺のこと、どんな風に思っているんだろう……
電車に揺られてながら、半分夢の中にいるみたいに那緒の顔が浮かんでいた。




