絵描きの私と河川敷の少女
描いてみた。
子綺麗な家が並ぶ住宅街、一定間隔で並ぶ電柱、まばらに歩く黄色い帽子を被った子どもたち、それらを率いる大人たち。
私は、子どもたちの群れの一員として列からはみ出さないように歩いていた。今日は校外授業、近所の河川敷に行って各々が気になったものを写生するのだ。
クラスメイトたちは滅多にない校外学習に胸を躍らせていたり、歩くのに疲れてだるそうにしていたり、真面目に列を守って歩いていたりとさまざまだ。
そんな中、ただ先生の背中を無心について行っている私は周りからどうみられているのだろうか。
河川敷に到着すると、各々が先生の目の届く範囲で散らばった。
花を真剣に見つめる子、落ちていたボールに興味を示す子、空を描く子、走り回る子。そんな情景をぼーっと見る私。
手元のスケッチブックは、白紙のまま。
「ねえ、君は何も書かないのかい?」
すると後ろから誰かに話しかけられた。振り返ってみると、そこにはセーラー服を着た少女がいた。
「、、、誰?」
「ん?んーーー、、、謎の不登校少女?」
「なんで疑問形?」
「そう言う君は誰なのさ。」
「あーーー、、、ぼっち?」
「君も疑問形じゃん。」
「確かに、」
「で?そんなことよりも、君はどうして白紙のままなんだい?」
「気になるものがないから。」
「どういういこと?」
「先生は気になるものがあったらそれを写生してって言った。でも、気になるものがない。」
「だから白紙だと。」
「うん。」
「でも、何かしらは描いて提出しないといけないんじゃないの?」
「それは、そうなんだけど。」
「じゃあなんでもいいから適当に描いちゃいなよ。」
「適当にって、何を?」
「君はまだ小学生なのに頭が硬いな。」
「うるさいな。」
「何年生?」
「六年。」
「あら、私と一つしか変わらないのか。」
「お姉さん中一?」
「うん。」
「こんなところで何してるの?」
「ん?サボってる。」
「学校を?」
「そう。」
「不良だ。」
「違うわ。」
「じゃあなんで学校行ってないの?」
「気になる?」
「うん、気になる。」
するとその少女は笑顔でこう言った。
「気になるもの、見つかったね。」
私はその少女の絵を描いた。
その日の放課後、私はランドセルを背負ったまま河川敷に赴いた。
するとやはりあの少女はまだそこにいた。
「何してるの?」
「ん?あれ、なんでまた来たの?」
「質問に質問で返さないで。」
「お母さんみたいなこと言わないでよ。」
「私もお母さんによく言われる。質問に質問で返さないでって。」
「そーなんだ。なんか腹立つよね。」
「それで?何してるの?」
「ん?別に何もしてないよ。強いて言うなら逃げてる。」
「何から?」
「現実?」
「なんか痛いね。」
「小学生に言われたらなんかムカつく。」
少女はそう言って少し拗ねたような顔をした。
「じゃあ次は私の質問に答えてもらってもいい?」
「ん?」
「なんでまた来たの?」
「あー、これ渡そうと思って。」
私はそう言ってランドセルから一枚の紙を取り出した。
「ん?これって?」
「今日の授業で描いた絵。」
「提出したんじゃなかったの?」
「こんなもの提出できるわけないでしょ・」
「こんなものって、ひどい言い草だな。自分で言うのもなんだけど私って結構顔整ってる方だと思うんだけどな。」
「そう言う話じゃなくて、河川敷で気になったものを書きましょうって授業なのにセーラー服を着た女の子の似顔絵なんか提出できるわけないでしょ?」
「じゃあ、なんで描いたの?」
「気になったからだよ。」
「だよね、でも提出できなかったんだ。」
「そりゃそうでしょ。」
「なんで。」
「だから、」
「建前はさっき聞いたよ。本当の理由を聞きたいんだ。」
少女はそう言って私の目をまっすぐに見つめてきた。それはまるで、私の心の中のドス黒いところまで見透かされてるような気がして少し寒い。
「、、、気になったからだよ、本当に気になったから、提出できなかった。」
「と言うと?」
「周りの奴みたいに、何も考えずにただ先生に言われたからと適当なものを見繕って描いたわけじゃない。そんな浅はかな理由で私はこの絵を描いていない。いや、この絵だけじゃない。私は、本当に描きたいと思ったものしか描かない。」
「それで、私は君のお眼鏡にかなったと言うわけ?」
「そう、でも、どうして描きたいと思ったのか、正直わからない。だから来た。なんで私があなたのことを描きたいと思ったのか、気になったから。」
「で?何かわかった?」
「何もわからない。でも、私はきっと、あなたのことが好きになる。」
私がそう言うと、彼女は一瞬少し驚いたような顔をして、すぐに声を上げて笑い出した。
「私、真剣なんですけど。」
「わかってるよ、だから面白いんだろ。」
「わかってないです。明日も会いに来ますから。」
「わかった、同じ時間にここで待ってる。今日はもう帰っちまうのか?」
「はい、絵を描かなければいけないので。」
「そうか、じゃあまたな。」
「はい、失礼します。」
私はそう言って帰った。描きたいものが増えて、心が躍っていた。
気が乗ったら続き書く