0085 - 第 2 巻 - 第 2 章 - 02
昨夜の休息地に戻ると、まだ距離があるのに斗哉は手に提げたウサギを掲げながら大声で呼びかけた。
斗哉:「おーい!」
紗奈:「あ、戻ってきたみたい」
タバコを吸う30歳の男性:「おおお! ウサギを獲ったのか!」
三人が本当に獲物を仕留めてきたのを見て、他の者たちの表情もぱっと明るくなり、小さな感嘆の声が上がった。
紗奈と楓が迎えに出る。
紗奈:「おかえり! 早いね。これ、ウサギ?」
斗哉:「ああ、すげーだろ!」
進:「お前が獲ったわけじゃないだろ……」
楓:「あなたね……」
斗哉:「うっせぇ! オレもそれなりに役に立ったじゃねえか!」
タバコを吸う30歳の男性:「確かにでかいウサギだが、1匹だけじゃ分けるのに足りないんじゃないか?」
千里:「このウサギだけじゃない。綺麗な水源も見つけたし、その近くには食べられるベリーもあった。一旦みんなに知らせに戻ってきたんだ。行こう」
「おおおー!」
「やった!」
「水が飲めるね!」
「おー! 早く行こう!」
皆が口々に言い、三人が持って帰った良い知らせに喜びを露わにした。
千里:「そういえばみんないたんだな、分散して探索してなかったのか?」
紗奈:「えーっと……みんなお腹が空きすぎて、やる気があまり出なかったからかな……私たち2人と中学生の花ちゃん、それと女性の方2人の、合わせて5人だけが近くを探してみようかって話し合ってたところ。どう分かれるか話してたら、ちょうどあなたたちが戻ってきたの」
千里:「なるほど。ならちょうどいい、人を呼びに戻らなくて済む。みんな、行くぞ!」
こうして皆は三人に連れられ、先ほどの水源に到着した。
皆は比較的整然と列を作り水を飲む。
その後、千里の言った通り、亜衣美のリュックの中のお菓子はあっという間に買い占められ、その場は昼休みの学校の売店さながらの騒ぎとなった。
他の者が食べたり飲んだりしている間、先に食べた千里、斗哉、進の三人は獲ったウサギの処理について話し合っている。
斗哉:「さて、このウサギどうする? 千里、お前中国人だろ? 中国人はみんな料理上手って聞くぜ。お前はできるか?」
千里:「中国人全員が料理できると思わないでくれよ……まあ、確かに俺は多少できるけど」
斗哉:「できるじゃねえか」
進:「へえ、千里すごいな」
千里:「実家が料理店で、廣東料理とかの炒め物は少しできるけど、ウサギは扱ったことないな」
斗哉:「じゃあどうすんだよ? 包丁もないし」
三人が困っているところへ、慧子が近づいてきた。
慧子:「よお、学生さんたち。獲った獲物をみんなで分けるつもりかい?」
千里:「はい」
慧子:「えらいね。じゃあ、私が処理しようか? 私は食肉加工場の作業員だ。ほとんど豚しか解体したことないけど、他の動物も多少はな」
千里:「おお! 助かります。お願いします」
慧子:「だが包丁が要る。こっちの6人は持ってない。そっちは?」
斗哉:「普通、外出に包丁持ってかねーよ。こっちもない」
慧子:「それは困ったな」
千里:「非常事態だし、肉の処理が綺麗である必要はないです。石刀はどうですか? 硬度の違う石を2つ探して、硬度の高い方で低い方を叩いて刃状にし、なんとか我慢して使うとか」
慧子:「おう、いい考えだ」
進:「石器時代……」
斗哉:「そんじゃ任せたぜ、おばさん」
斗哉はそう言いながらウサギを慧子に渡した。
慧子:「誰がおばさんだ? おっと、重っ。脂が乗ってるウサギだね」
──「あ…あのっ!」
その時、那帆がさっきよりずっと大きな声で会話に割り込んだ。
斗哉:「あ、お前か。さっきもなんか言いたげだったな」
那帆:「どうかウサギさんを助けてください!」
その言葉に、周りの数人がぽかんとした。
斗哉:「…………は?」
那帆:「だってこれも一つの命です…………私の家はウサギを飼っています。とても賢くて、人情がある子たちです。凶暴でもなく騒ぎもせず、いつも私のそばにいてくれました。落ち込む時も一緒に遊ぶと元気が出て、その子たちは私の大切な友達です。いえ、私だけじゃなく、多くの人がそうだと思います。それに、盲導犬のような動物だっています。彼らは私たちを助け、人類のために多くの貢献をしてくれています。動物はみんなの友達なんです。だから……お腹を満たすためだけにこんな小さな命を食べるのって……あまりにも残酷ではありませんか? 佐久良さんのお菓子はなくなっちゃったけど、森には果物があるし、森を抜けて人のいるところまで行けば、私たちは助かるはずです。だから……」
斗哉:「…………なにバカなこと言ってんだ?」
周りの者たちは顔を見合わせ、斗哉はあきれたように那帆の言葉を遮った。
那帆:「……え?」
斗哉:「肉があるのに食わずに、渋くて小さい果実食うなんざ、頭おかしいんじゃねえの? しかも到底足りるわけねーだろ」
那帆:「……ィっ!」
斗哉の悪辣な態度に那帆は恐れ怯え、少し後ずさった。千里も少し呆れたように彼女に尋ねる。
千里:「君……一昨日の夜は何を食べた?」
那帆は少しとまどいながら答えた。
那帆:「……や…焼き魚……とアサリの味噌汁。それにサラダ……です」
千里:「昼は?」
那帆:「えっと……照り焼きチキンと玉子焼きと……あとはよく覚えてません。どうしてそれを聞くんですか?」
千里:「……まだ気づかないのか……君が食べた魚や鶏、あれらは命じゃないのか?」
那帆:「……ッ!! そ…それは…………」
那帆はハッとさせられた。彼女の中で、否定したい気持ちと否定できない事実がぶつかり合い、混乱してしまう。
那帆:「そ…それとこれとは違います、あれは…………」
千里:「どう違うんだ?」
那帆:「……うっ……」
千里:「君の言いたいことはわかる。だが『命』という大きな言葉で括るな。君も俺も、全ての人間は、他の『命』を食べることで自分の『命』をつないでいる。肉はスーパーの棚や市場で生えてくるものじゃない。あれは全て動物の死体の一部だ。君が食べた焼き魚は、魚の死体から内臓と骨を取り除き、丸ごとまたは一部を熱した鍋で焼いたものだ。君が食べたチキンは、鶏を殺して部位ごとに分け、脚部分から骨を抜いた死体の一部だ。君が飲んだアサリの味噌汁は、たくさんのアサリの死体を鍋に入れて煮出した屍の汁だ。サラダでさえ、野菜の一部または全部の体を切り刻んで和えたものだ。植物も『命』だ。君は『命』という言葉でこのウサギを指すが、今まで君が食べてきた、殺してきた『命』のことを考えたことはあるのか? それとも君にとって、人間と猫や犬、ウサギやハムスターみたいな可愛い動物以外、ゴキブリやネズミやその他可愛くない見た目のものは、『命』に含まれないのか?」
那帆:「………………ぐうっ……」
その言葉を聞き、那帆は苦しそうな様子になる。
千里:「……仮に俺たちが食べなくても、このウサギは他の肉食動物に食べられるかもしれない。仮にこの個体じゃなくても、その同類たちは食べられる。彼らも他の『命』を食べて今まで生き延びてきた。弱肉強食は自然の摂理だ、人間が介入しなくても毎分毎秒行われている。それに人間も自然の一部だ、過剰な狩猟さえしなければ、俺は何の問題もないと思う」
慧子:「ほう、いいこと言うね。那帆、彼の言い方はちょっと厳しいかもしれないけど、それが現実だよ。生きるためには、他の動物を食べなければならない。私たちにできるのは、その動物たちに感謝することだけだよ」
斗哉:「感謝とか知るかよ。こんなクソッタレな場所で肉食わなきゃ死ぬのはオレたちだ」
慧子:「まあ……簡単に言えばそうだが」
那帆:「………………………………わかりました。すみません、皆さんを不愉快な気分にさせて」
那帆は軽く会釈して謝ると、潤んだ目をしたまま走り去った。
春:「那帆!」
傍らにいた春が追いかけた。
千里と那帆たちの会話は周りの数人にも聞こえていた。彼らはうつむき加減で、無表情だったり、あるいは一抹の哀愁を帯びた表情を浮かべ、それぞれ考え込んでいる。
千里:「……少し言い過ぎたかな」
斗哉:「んなことねーよ。なに言い出すかと思えばくだらねえことだった。わかってたら相手にしなかったぜ。話続けるぞ。なんだっけ」
千里:「石刀だ。誰か作れる人いないか聞いてみよう、いないなら自分たちで試すしかない」
すると千里は皆に向かって問いかける。
千里:「皆さん、石器は作れますか? それか鋭利なものを持ってたりしませんか? 包丁じゃなくてもいいんです」
ほぼ全員が首を振り、力になれないことを示した。
千里:「なら仕方ない、自分たちで作ろう。まず石を探そう……」
その後、紗奈と楓も石器作りに加わった。
彼らは時間をかけ石を使って何本かの石刀を作った。切れ味や使いやすさは様々だったが、少なくとも動物の皮や肉を切ることのできる道具はできた。
千里:「じゃあウサギはお願いします、熊村さん」
慧子:「了解。狩りも頑張れよ、鹿なんか獲れたら最高だ」
斗哉:「無茶言うなよおばさん、獲れるもんなら獲りたいわ。ってかウサギ、オレたちの分も残しとけよ」
慧子:「おいこら、誰がおばさんだって?」
進:「ははは」
千里:「じゃあ出発します」
駿:「おー! やるぞー!」
駿は手に持った枝を振りかざし、自身を奮い立たせた。
大西駿はバイトをしている青年で、現場作業員を含む様々な仕事で鍛え上げた頑健な体格をしている。千里たち三人が狩りを続けると知り、彼らに加わった。
紗奈:「気をつけてね!」
準備が整い、四人は再び狩りに出発した。慧子もウサギの処理を始める。
慧子:「紗奈だったよね、薪を拾ってきてくれない?」
紗奈:「はい!」
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