0076 - 第 2 巻 - 第 1 章 - 03
【シーン2】
――「何言ってんだ! 何が“ここは日本じゃないかもしれない”、何が“異世界”だ!」
森の中のどこかで、二人の男が言葉を交わしていた。正確には、一方が他方を叱責している。
「は、はい……詳しくは存じませんが、そういった創作作品の話は聞いたことがありまして……」
「はあ? 頭がおかしいのか? こんな時に非常識な話をしやがって?」
圧力をかけるのは、スーツにビール腹、少し禿げ上がった中年の男――とある会社の部長だ。罵られるのは、20代後半から30歳前後と見られ、シャツのみを着用したその部下である。
部下:「こういう時だからこそ、常識から外れて物事を考えるべきでは……」
部長:「だからお前は阿呆なんだ。そんな非科学的なことがあるわけないだろ」
ずっと低姿勢だった部下も、部長の嫌味な態度に次第に不快感を募らせていく。
部下:「……では、スマホが圏外なことや、私たちがここに現れる前の空のあの現象は、どう説明するんですか?」
部長:「質問を返すな! 私は忙しいんだ! 解決しろって言ってるんだから、それはお前の担当だ!」
部下:「ぐっ……」
部下は怒りで拳を握りしめた。
突然、ある疑問が頭に浮かんだ。
――ここが異世界だ。なぜ俺がこんな奴の言うことを聞かなきゃいけないんだ?
部長:「ぽかんとしてんじゃねえ! さっさと何とかしろッ! この訳のわからない場所から出て会社に戻るんだ!」
部下:「どうしろってんだよッ! 俺だってわっかんねえよ!」
部長:「ちっ、使えねえ奴め。それに上司へのその態度、どうやらクビが惜しくないらしいな」
部下:「好きにしろッ! 安い給料のくせに毎日残業残業残業! こんなクソみたいな仕事、こっちから願い下げだッ! それとてめえは能なしのくせに偉そうに威張ってくる! いつもわけのわからん理由をつけて部下を罵倒する! 手柄は独り占めにするし、失敗したら全部部下のせいにする! てめえはクソだ! そんなこともわからねえ社長もクソだ! てめえらみんなくたばりやがれッ!!」
部下は叫びながら傍らへ拳を振り抜き、積もりに積もった怨念が爆発した。
部長:「……ほう~ほう、山田、そんな考えだったのか。よかろう。ここから出たら後悔させてやる。社長に話して、その後は同業他社にも連絡だ。上司に敬意を示せないような奴が簡単に仕事見つけられると思うなよ!」
部長は口元を歪め、蔑みと嘲笑を浮かべた。
山田は怒りで息を荒げ、眼前の男を睨みつける。
部長:「失せろ。お前のような奴と話していると不愉快だ。顔も見たくない」
しかし部長は山田の様子に気づいていないようだ。悪態をつきながらスマホを取り出し、電波を確認しようとする。
それで山田の怒りは頂点に達し、脳裏にある言葉がよぎった。
――殺してやる!!
その後、彼の頭は真っ白になった。
気づくと、部長は仰向けに倒れ、頭を樹根に乗せ、半眼で微動だにしない。
部長の視線が外れた瞬間、山田は完全に暴走し、両手で正面から部長を強く突き飛ばしたのだ。
不意を突かれた部長はバランスを崩し、後頭部を巨樹の分厚い根と地面の石に激しく打ち付け、スマホも慣性で大袈裟に空中へ放り出され落下した。
山田はすぐに事の重大さに気づき、顔面が蒼白になる。
山田:「……部、部長……っ!」
駆け寄って部長の状態を確認する。温かい体にはすでに呼吸と鼓動がなく、後頭部は出血で湿っていた。
死んでいた。
山田:「わ…わあああああああああああああ――!!!」
慌てふためいた山田は後ろにのめり倒れ、驚きで震える脚で地面を蹴り、部長の死体から遠ざかろうとする。
どうしようどうしようどうしよう部長が死んだ部長が死んだ俺が殺したどうしようああああああああああ!!
山田はそう考えながら、恐怖と混乱に陥った。
その時、背後から男の声が聞こえた。
「あ~あ、やっちまったんだな」
山田:「うわああああああ!!」
再び背筋が凍るような恐怖を覚えながら振り向くと、半袖にジャケット、野球帽に使い捨てマスクをした屈強な男が立っていた。
山田:「だっ…だ…誰だ!」
屈強な男:「俺? ただの通りすがりさ。まさか本当に殺しちまうとはな」
山田:「っ!! ち…違う! わ…わざとじゃないんだ! 俺はただ……!」
屈強な男:「はははは! <わざとじゃねえから俺の責任じゃねえ>ってか? そんなこと刑事さんたちに言ってみろよ、どんな顔されるのか、見てみたいわ」
山田:「ぐっ……!」
屈強な男:「まあ、そんなに怖がるなよ。お前さっき言っただろ、ここは日本じゃない、地球でもないってさ。人殺したって、お前が黙って俺が黙りゃ、誰にもわかんねえよ」
山田:「………………は?」
山田は眼前の男が何を企んでいるのかわからない。自身の行為を目撃しながら、常人とは異なる反応を示す男に、嫌な予感がした。
屈強な男が山田に近づくと、山田は警戒して立ち上がる。
山田:「こ…こっち来るな!」
屈強な男:「大丈夫大丈夫、怖がらなくていいよ、お前をどうにかする気はないさ」
山田はどうすればいいかわからず、ただ立ちすくんだ。
屈強な男は山田の傍らまで来ると、右腕でさっと首を巻き、ささやくような姿勢をとった。山田はそのがっしりした腕に少し身を屈められ、身動きが取れない。
屈強な男:「この件、なんか言うつもりはない。ただ俺は友達になりたくてね。どうだ?」
山田:「……友……達……?」
屈強な男:「ああ、友達だ。状況がわかるまで一緒にいようぜ。ま、その後も俺の手伝いをしてもらうけどな」
山田:「……つまり、子分になれと?」
屈強な男:「おお! わかってるなら話ははやい。で?」
山田はこの男が善人ではないこと、従えばろくなことにならないかもしれないと悟る。
山田:「…………」
山田が沈黙すると、男の腕に力が入り、山田の首が痛みだした。
この行為は、返事を促すと同時に、自身の力を誇示し、<お前は俺に敵わない>と示すものだった。
山田:「ぐぅ……」
屈強な男:「……で?」
弱みを握られ、武力でもこの男には遠く及ばず、山田はとりあえず従うことを選ぶしかなかった。
山田:「……こ…このことを言わないで、俺を傷つけないなら……いい……です……」
屈強な男は「うん。うん」と頷きながら、山田を放した。
屈強な男:「じゃあ、これからよろしくな、山田君」
山田:「……あんたの名前は?」
屈強な男:「俺か?」
屈強な男は周囲を見渡す。
そして「……高木だ」と答えた。
山田:「それで……高木の兄貴、こ…これはどうすれば……」
山田は地面の死体を直視できなかった。
高木:「ここには落ち葉がたくさんあるだろ、集めてかぶせとけばいいんじゃないか」
山田:「……お…おう……」
山田は一人で落ち葉を集めて部長の遺体を覆い隠すと、高木と共にその場を去った。
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