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0071 - 第 1 巻 - 第 4 章 - 13


 悠樹は再び服を着た。今度は萌花が新しく買ったブラジャーも身につけている。


 「うぅ……下半身がスースーする……」


 「ふふ~今日からスカート生活だよ!」


 「やだ……」


 「…………ねえ、悠樹。猛獣に襲われた時のこと、覚えてる?」


 萌花が突然話題を切り替えた。


 「……もちろん覚えてるよ。あの痛みと絶望……忘れるわけがない」


 悠樹は無意識にお腹をさすった。そこにはもう傷はないはずなのに、話題に上がると、あの時の痛みが錯覚として微かに蘇ってくる。


 「それじゃあ、あの時の詳しいことを教えてくれる?」


 「うん」


 悠樹は休憩地点を離れて水を汲みに行ってから、ダニエルたちが駆けつけるまでに起きたことを詳しく萌花に話した。内容は以前ランラが話していたことと一致する。


 これで、ランラが<何かをした>、または<何かをしなかった>という疑いが晴れた。


 「じゃあ……昔の記憶はどう?」


 「おっ、記憶に問題がないかのテストだね。いいよ。でもそう聞かれても、どう答えていいか分からないな。自分じゃ特におかしいところはないと思うけど……」


 「……私たちの誕生日、どれくらい離れてる?」


 「2日。萌花が先に生まれた」


 「初めてキスしたのはいつ?」


 「5歳の夏、うちのお風呂場で遊んでた時」


 「あれ? お風呂場だったっけ?」


 「萌花がおれの両手を掴んで、顔をぐいって押し付けてきたんだ……ああ、怖かったなあ」


 「なによっ!」


 「それから萌花はおれの手を引っ張って、お母さんと葵おばさんに“けっこんするぅ!”って言いに行った。二人ともすごい喜んでたよ。す――……今思うと、もしかしてこれのせいであの二人はいつもあれこれと……」


 「え? あ…あはは……?」


 そのあとも、二人は自分たちしか知らない話をいくつも確認したが、悠樹は全部はっきり覚えていて、逆に萌花のほうが忘れていることがあった。


 「まさか、人生で初めて捕まえた色違いポ○モンがどのボールでゲットしたかまで覚えてるなんて……」


 「なんだか、記憶が前よりもむしろ鮮明になった気がする。脳まで再構築されたからかな」


 「その可能性高いね」


 萌花はそう言いながら、腕を回して悠樹をぎゅっと抱きしめ、彼の頭に自分の顔をすりすりと擦り寄せた。


 「でも、なにも変わってなくて本当によかった。私の悠樹のまま」


 「うん」


 悠樹は萌花の心音を聞きながら、ふと思い出す。


 「そういえば、あの中にいた時も、こうやって抱きしめてくれてたの?」


 「そうだよ」


 「中にいた時、萌花の心臓の鼓動を感じた気がして、励ましてくれてたんだって。だから目が覚めた時、萌花がすぐそばにいるって直感したんだ」


 「そっか、あの中からでも外のことが感じられたんだね」


 「あの薬、一体なんだったんだろう……これで<例の魔法使い>を探す理由が増えた」


 「そうだね。ねえ、悠樹。もしあの人を見つけても、すぐに元の世界に戻れなかったら、私……スカーベンジャーになろうと思う」


 「えっ?」


 それを聞いて、悠樹は驚いて萌花の腕から離れた。


 萌花は自分の手を見つめ、沈んだ表情で独り言のように続けた。


 「私は、弱すぎた。超能力もないし、魔法も使えない。悠樹があの放火の犯人たちに捕まった時も、猛獣に襲われた時も、それに<中学2年のあの時>も。いつだって悠樹の後ろに隠れてるだけだった。悠樹が危ない目に遭った時、悠樹が傷ついた時、私はいつもただ見てるだけで、何一つできなかった。そんなことに遭うたびに、私はものすごく無力さを感じて、ものすごく辛かった。もうそんな思いしたくないの」


 「……」


 「だから、強くなりたい。たとえ何度皮が剥けても、どれだけ時間と体力を使っても、可愛くなくなっても、私は強い体に鍛え上げて、ランラさんみたいに悠樹と肩を並んで、悠樹を守りたい。それが、私にできる唯一のことだから。元の世界に戻れるとしても、そうしたい」


 「………………すごいな、萌花は」


 悠樹は萌花の両手を包み込んでそっと触り、しばらく考え込んだ。


 「……うん。鍛えよう、おれは賛成だ。でもおれも一緒に鍛えるよ。二人で筋肉少女を目指そうか、はは」


 「ふふっ。うん!」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 そして少しすると、悠樹の表情が真剣なものに変わった。


 「おれからも一つ言いたいことがある」


 「なに?」


 「あの時は言えなかった。萌花、もしおれが死んでも、命を投げ捨てないで欲しい」


 「…………そんなの嫌よ……悠樹が死んだら、私が生きててなんの意味があるの」


 「……あの時、“そんなことを受け入れたら、自分が自分じゃなくなる”って言ってたよね」


 「うん」


 「変わるのが怖い?」


 「……うん」


 「じゃあ、もしおれが変わったら、おれのこと好きじゃなくなる? こうして体が変わったみたいに」


 「そんなことあるわけないじゃない!」


 萌花は即座に否定した。すると、悠樹が微笑む。


 「でも、おれはすでに一度変わったんだよ」


 「……あ……」


 「<あの件>以来、<ボク>は<おれ>に変わった。でも、<ボク>が消えたわけじゃなく、<おれ>を構成する一部になってるんだ。<おれ>は<ボク>の延長線上にいると思ってる。おれは今の自分が好きだ。萌花は、<ボク>と<おれ>、どっちが好き?」


 「………………ずるい」


 「ははっ。あの時の<ボク>は、自分がこんな風に変わるなんて思ってもみなかったし、今の<おれ>も、この先どうなるかわからない。もしかしたら、萌花は本当に立ち直れないかもしれない。もしかしたら、未来の萌花はもっと素晴らしい人生を送るかもしれない。未来のことは誰にも分からない。だけど、生きていればこそ、その未来を見届けることができるんだ」


 「…………もし立場が逆だったら?」


 「…………ふふ。確かにあんまり説得力ないね。今こうやって口では言えるけど、もしあの時の状況が本当にが逆だったら……できる自信がない。でも……これからはそう思えるように、努力してみるよ」


 「………………」


 「おれがそばからいなくなっても、萌花にはちゃんと生きていて欲しい。先の人生を楽しんで、天寿を全うしてから、また一緒にいればいい」


 萌花は俯いたまま、悠樹にはその表情が見えない。


 「…………そんなこと、約束してあげない」


 「……」


 「でも」


 そして萌花は顔を上げ、苦笑いを浮かべながら言う。


 「そう思えるように、努力してみるよ」


 彼女は悠樹がさっき言った言葉を使ってはぐらかした。それに対して、悠樹も苦笑いを返す。


 「萌花もずるいよ。でも……うん。今はそれでいい」


 「……うん」


 「なら、そんなことにならないように、おれたち、強くなろ」


 「うん!」


 萌花は力強く頷いた。


 悠樹は萌花にキスしようとしたが、自分が今女の子だということを思い出し、途中で止めてしまった。


 「あ……」


 「ふふっ!」


 そして萌花のほうからキスをした。


 「前より柔らかかったね」


 「んん……どう反応すればいいか分かんない」


 「ふふ。確かにちょっと変な感じかも」


 「それじゃあ部屋から出ようか、ここの様子が見たい」


 「うん」


 二人は立ち上がり、部屋を出る準備をする。


 「ところで悠樹、もし性転換したのは私だったら、まだ好きでいてくれる?」


 「エっ……萌花と違って、おれは同性に興味ないからなぁ……」


 「えええぇ――」


 「でも、相手が萌花なら……慣れれるように、努力してみるよ」


 「おおおお! なにそれ恥ずかしい! でもスキ!」


 萌花は悠樹に抱きつき、頬をこすりつけた。


 「あれちょっと待って、私百合じゃないよ? 私も悠樹だったからで……って。もしかして、私が詩織ちゃんのこと可愛いっていつも言ってたから、ヤキモチ焼いてたぁ?」


 「ヤいてない」


 「もうぉ~安心して~私は悠樹だけだよぉ~あれやっぱりなんか違う。今悠樹は女の子だから、私本当に百合になっちゃうのかな?」


 「おれは男だ」


 二人はいつものようにおかしな会話をしながら、小屋のドアを開けた。




 読んでくれてありがとうございます。

 もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・`)

 もしよければご評価を!

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