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0069 - 第 1 巻 - 第 4 章 - 11


 次の日、悠樹が白い立方体になってから40時間以上経った早朝。


 いつの間にか眠りに落ちていた萌花は、近くで何かが蠢く気配にハッと目を覚ました。


 「……はっ!」


 彼女は勢いよく飛び起き、周りを見渡す。


 詩織はまだ眠っていて、他に誰もいない。


 立方体だった。


 「…………悠樹?」


 立方体の外壁は昨日よりもさらに薄くなっており、色も褪せて生気を失くしていた。


 内側から何かが外へと押し出そうとする動きが伝わり、押された面に亀裂が走る。


 「……百合園さん?」


 詩織も物音で目を覚まし、ゆっくりと体を起こす。


 二人が見つめるうちに、立方体の亀裂はますます広がっていく。


 パキッ。パキパキ。パラリ。


 立方体の二人に面した側と上面が割れ、破片が床に落ちた。そして――


 黒く、全身が粘液にまみれた生き物が、内臓特有の生臭さを漂わせながら中から這い出てくる。


 「……ひっ!!」


 詩織は顔色を失い、毛布をぎゅっと握りしめながら後ずさった。


 「……ォ……オ゛ぉ……ア゛……」


 黒い生き物は奇怪な声を上げ、2本の腕を伸ばして、ゆっくりと萌花の方へ這い寄ってきた。


 それは、人間の腕だった。細くて、白い。


 「ゆっ…百合園さん!」


 詩織はあわてて萌花に声をかけ、後退するよう促した。


 しかし萌花は怖がるどころか、黒い生き物に躊躇いなく手を伸ばし、その頭を両手で包むように掴んだ。そして顎を探り、顔を上げさせると、片手でその顔を支え、もう片手で黒い髪をかき分ける。


 二人の目の前に現れたのは、可愛らしい顔立ちだった。


 「悠樹?」


 <黒い生き物>はぱあっと晴れやかな笑顔を見せた。


 「ウッ! オ゛ァぉ! オ゛ぉア! んガっ??」


 <黒い生き物>の腕と顔は問題なさそうだが、どうやら言葉は発せられないようだ。


 萌花が心配そうに見ていると、<黒い生き物>は上体を起こし、コホンコホンと咳払いをして喉を整える。続いて辺りを見回し、割れた立方体を見定めると、そのそばに戻って中に何かを吐き出した。


 「あー、ああー。あ――コホン。んぐ……これで大丈夫かな?」


 <黒い生き物>は萌花の方へと向き直る。


 「おれだよ、萌花」


 聞いたことのない声だったが、その話し方や名前を呼ぶ時の発音の特徴は、萌花にとってあまりにも馴染み深いものである。


 「悠樹!!!」


 萌花は確信するや、勢いよく悠樹に飛びついた。


 「わっ!」


 もとよりあまり筋肉がない悠樹は、さらに体が細くなっている。そのため、萌花を受け止めきれず、そのまま一緒に倒れた。萌花は悠樹を力いっぱい抱きしめ、泣きじゃくりながら涙をボロボロと流す。


 「悠樹ぃ!! ウーううう!! ゆうきぃ!! うわああああああああああああん――――!!」


 「うん、おれだ。おれは無事だ」


 悠樹も目を潤ませながら、両腕でしっかりと抱き返し、二人は強く抱きしめ合った。


 詩織もようやく、この<黒い生き物>が悠樹であると理解した。


 黒い毛髪は彼の髪で、それが異常に伸び、さらに粘液によって体に張りついていたため、一見すると黒い長毛の怪物のように見えた。


 奇怪な声の原因も、悠樹の気管に溜まった粘液が発声を邪魔していたからで、彼自身もすぐには気づかず、あのような声が出たのだった。


 少し恥ずかしい気持ちを抱えつつも、詩織は心の底から二人を喜んだ。抱き合って泣く二人の姿に、彼女の涙も零れる。ただ、二人に見られないために、気づかれる前に涙を拭わないといけない。


 ドンドンドンッ!


 「どうした! なにかあったのか!」


 扉が叩かれる音が響き、外からランラの声がする。泣き声を聞きつけ、様子を確認しに来たようだ。


 「えっと……」


 二人の様子からすぐに対応できそうにないと判断した詩織は、とりあえず扉の外のランラに返事をする。


 「大丈夫です! 猫森さんが出てきました! ですが、しばらく待ってください!」


 「……っ! 本当か!」


 そこで、ランラの焦る声に気づき、アリスとダニエルもそれぞれの小屋から出てきて、ランラのそばにやってきた。


 「ランラさん!」


 「どうした! 姐御!」


 「さっき叫び声が聞こえたから確認しに来たんが、猫森がアレの中から出てきたらしい」


 「おおっ!!」


 三人のスカーベンジャーは外で会話を交わし、その知らせに喜びを表していた。


 小屋の中では、悠樹が天井や梁を見つめている。


 「……ここは休憩所?」


 「……うん」


 「来る途中、皆んな危ない目に遭ってない?」


 「遭ってないよ」


 「あれからどれくらい経ったの?」


 「……1日半くらいかな。今日の昼で2日になるけど」


 「そっか」


 抱き合ったまま、悠樹は自分の両手をじっと見つめる。


 「おれ、縮んでない?」


 「ふふっ! そうだよ!」


 「あれの中から出てきたあと、何かしなきゃいけなかったんだよね……なんだっけ……」


 「あっ! そうだった!」


 萌花はパッと身を起こし、悠樹の体を見た。


 「さっきから私のお腹に当たってるこのかた~い突起を切らないとね」


 「おへその緒っ! おへその緒だよ! 変な言い方しないで!」


 「ふふふ~」


 「あ、でも、その前に服くれない? 服着てると思ったら、髪だった。令狐さんもいるし……」


 「あっ、そうだね。じゃあ私が買った服でいい? 悠樹の服はもうボロボロで穴だらけだから、着れないでしょ」


 そう言いながら、萌花は自分のバッグから服を探し始めた。


 悠樹は上体を起こし、長い髪の毛で大事なところを覆い隠す。それを見た詩織は、顔を赤らめてさっと背を向けた。


 そして萌花は新しいシャツとパンツ持ってきた。


 「いっそパンツも女の子用のを穿いちゃえば? 今の悠樹には男物はきっと着心地悪いよ。サイズも合わないし」


 「んん……」


 悠樹もそうかもしれないと思った。


 仕方なく、体の粘液をタオルで拭い取ると、萌花が差し出した女性用の下着を受け取った。


 そのパンツは、右側に紐を結ぶタイプのもの。<パンツの紐を結ぶ>というなんとも女性らしい仕草はアニメでしか見たことがなく、まさか自分がすることになるとは思ってもみなかった悠樹は、かなり恥ずかしさを感じた。


 臍帯を切る時に汚れないように、悠樹はズボンを履かず、パンツとシャツだけを身につけた。そして萌花と二人で自分の体を観察する。悠樹もこの新しい体に興味津々な様子だった。


 髪は身長と同じくらいの長さで、色は以前と変わらない。前後左右の長さがほぼ同じで、切った跡はなかった。


 服を着る前は、床に座っていた姿がまるで顔だけを出している黒いぬいぐるみを着ているようだった。


 年は14歳くらいに見えて、小さな顔に整った綺麗な顔立ち、ほのかに赤みがかった頬、とても可愛らしい女の子の顔だった。


 手足は健全、肌はすべすべで若々しく、スリムな体つきだった。喉仏は隆起せず、肩幅は狭く、骨盤は広い。胸には少し膨らみがあり、そしてパンツの中にはなかった。


 臍帯がまだ立方体の中につながっており、長さが足りないため立ち上がれず、初步的な観察しかできない。


 だがこれでも十分判断できる。


 「本当に女の子になってる……」


 「悠樹が、悠姫になっちゃった」


 「んん…………」


 「まずはおへその緒切っちゃおっか」


 萌花はそう言いながら悠樹の臍帯に触ってみた。


 「おへその緒には神経が通ってないって記憶してるけど、どう? 感覚とかある?」


 「ない」


 「じゃあ安心して切れるね。でもその前に水を汲まなきゃ」


 すると、詩織が手を挙げた。


 「あ…あの、私が水を汲んできます」


 「詩織ちゃん、ありがと! じゃあそれまでに、他の準備しとくね。このあとも魔法お願いするかも」


 「はい」


 詩織は萌花の桶を手に取り、小屋を出て行った。




 読んでくれてありがとうございます。

 もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・`)

 もしよければご評価を!

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