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0061 - 第 1 巻 - 第 4 章 - 3


 5日目、昼下がり、一行はこれまでと同様、役割分担して作業にあたっていた。


 ダニエルは食材の調理を担当し、萌花と詩織は食事の前準備を手伝い、アリスはヤクを世話し、悠樹とランラは渓流で水を汲みに行った。


 食事があまり美味しくないのは、この6人の中に、こうした不便で調味料も不足している条件下で美味しい料理を作れる者が誰一人いなかったからだ。結局のところ、比較的料理経験の豊富なダニエルに任せるほかない。


 萌花と詩織は薪を拾い、適切な石を見つけてその上に布を敷いて簡易の腰掛けを作るなどの準備を担当する。


 アリスはさすが猛獣使いだけあって、その仕事ぶりは見事だった。ヤクに新鮮な野草を見つけるだけでなく、おやつを与えて信頼を深め、ヤクの気持ちを安定させている。


 都市間の移動は長く続く。車両の容量から見てもヤクの負担から見ても、10日分の水を一度に運ぶことはできない。そのため、人々は適切なタイミングで水場を見つけて水を汲む。悠樹たちも例外ではない。


 水の残量がもはや多くないため、悠樹とランラは1.5リットルほど入る大きな水袋を10個持って、近くの渓流まで水を汲みに行っている。今回は水場までが少し遠いようだ。


 突然、休んでいたアンジェリナが何かを察知したのか、パッと起き上がると悠樹とランラのいた方向へ駆け出した。


 「アンジェリナ? ……っ」


 不穏な空気を感じ取ったアリスも、アンジェリナを追って走り出した。


 そして――


 「フェロヒェだ! 早く来いッ!!」


 その方向から響いてきたのは、ランラの焦燥に駆られた叫び声だった。


 フェロヒェ――それは『フェロジヒェーネ』の略称であり、群れで行動する大型の肉食獣だ。四肢の先が黒い以外、体毛は全体が褐色。鋭い牙と強靭な顎の力を持ち、いったん噛みつかれた獲物が逃げるのは難しい。


 先ほど、悠樹とランラが水を汲み終え、渓流を離れて戻っている時だった。


 道端の茂みが不意にざわめくと、次の瞬間、1頭のフェロジヒェーネが飛び出してきて、前方を歩くランラに襲いかかった。


 「わっ!?」


 悠樹が怯えた声を上げるより早く、ランラは背中から大剣を引き抜くと、フェロジヒェーネの襲撃を寸前で防いだ。そして、その勢いで振り払い、フェロジヒェーネを数メートル先へと吹き飛ばした。


 しかし、フェロジヒェーネはすぐにまた襲いかかってきた。


 「フゥンッ!!」


 今回ランラは右下から左上へ大剣を振り上げ、フェロジヒェーネの胴体に命中した。


 「グゥーーンウウウッ!!!」


 フェロジヒェーネの胴体はほぼ真っ二つに斬り裂かれ、内臓が溢れ出て、瞬く間に絶命した。転がった死骸の下から血の池が広がる。


 二人が息をつく間もなく、道端の茂みから次々と8頭のフェロジヒェーネが飛び出した。


 精鋭級のスカーベンジャーとはいえ、ランラ1人で8頭のフェロジヒェーネを相手にしながら悠樹を守り切るのは不可能だ。


 故にランラはやむなく叫び、援軍を求めた。仲間たちもその叫びを聞き及ぶと、即座に作業を放り出して駆けつけつつある。


 これらのフェロジヒェーネの体長はおおむね80センチほど。成獣は通常1.5メートルに達するため、こいつらはまだ若い個体だ。


 フェロジヒェーネたちは前後に4頭ずつ分かれ、二人の退路を塞ぐように間隔を取って並ぶ。牙を剥き出しにし、涎を垂らしながら低く唸り、じわりじわりと二人へと接近してきた。


 悠樹の木盾に描かれた、獅子とも虎ともつかぬ威嚇の図柄は、どうやらフェロジヒェーネたちには効き目がなかったようだ。


 悠樹とランラは背中を合わせ、水袋を全て地面に放り投げた。


 ランラが大剣を構える。悠樹も左手に木盾を掲げ、右手で護身用の短剣を抜くと、腰を落として防御の体勢に入った。


 「コイツら、痩せてやがる。ずっと食えてないようだ。十分気をつけろッ!」


 「はいッ!」


 爪が地面を蹴る音。フェロジヒェーネたちが一斉に突撃を開始した。


 背後に戦闘力の乏しい悠樹がいる。彼を8頭ものフェロジヒェーネの攻撃圏内に置くのは極めて危険だ、とランラは判断した。


 そこで彼女は「チィ――ッ!!」と気合を掛けると、2歩前方へ踏み出し、眼前のフェロジヒェーネ群に正面から対峙することを選んだ。


 大剣を握り締め、右側から2頭目に向かって斜め袈裟に斬り込む。


 狙いは正確無比。フェロジヒェーネの頭部を直撃する。「ゴンッ!」という鈍く重い音と共に頭蓋骨は砕け、その頭部は大剣ごと地面に叩きつけられた。


 フェロジヒェーネの体は地面で2度ばかり小跳ねし、全身を数度痙攣させると、そのまま動かなくなった。


 ランラに確認する暇はない。斬りつけた直後、すかさず大剣を水平に構え替えると、残る3頭に向けて牽制の横薙ぎを繰り出し、これを後退させた。


 こうして、彼女とフェロジヒェーネたちは一定の距離を保ち、にらみ合いの状態に入った。


 一方、悠樹の元へ向かうもう一群が突撃してくると、彼は<戦闘状態>に入った。フェロジヒェーネたちの動きが、先ほどよりゆっくりと見える。


 彼は盾で一頭の攻撃を防ぎ、瞬間を見計らって別の一頭の喉元に逆手に持った短剣を突き立てる。そのままの勢いで、その個体を盾に押し付け、固定する形に持ち込んだ。


 残念ながら短剣は頸動脈を捉えられておらず、この一撃で致命傷を与えるには至らなかった。だが、これで少なくともこの一頭から攻撃される心配はなくなる。


 しかし、盾が視界を遮るという弊害も生んだ。


 3頭目が彼の視界の死角から回り込み、左脚のふくらはぎに噛みついた。


 「ギャアアアッ!!」


 硬質皮革のグリーヴ(脛当て)を着けていたため脛の前面は守られていたが、ふくらはぎはガードされておらず、フェロジヒェーネの下顎の牙が食い込んだ。


 左脚を噛まれた衝撃で集中力が途切れ、一瞬硬直する。その隙を突かれるように、4頭目も足元に回り込み、右脚へと噛みついた。


 「ア゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 悠樹の叫びを聞き、ランラは一瞬状況を確認しようと振り返った。しかし、すぐに悠樹を助けに行くことは叶わない。


 何故なら、眼前の3頭のフェロジヒェーネが、明らかな焦燥感を漂わせながら、今にも彼女に襲いかかんばかりの態勢を崩さなかったからだ。奴らは涎を垂らし、低く唸りをあげながら、彼女の大剣の届きそうで届かないギリギリの距離を保ち、常に隙をうかがっている。


 フェロジヒェーネが前に出れば剣を振って威嚇する。だが3頭がそれぞれ微妙に異なる位置にいるため、こちから攻撃を仕掛けるのは得策ではない。


 剣を振れば引き、振らなければ押し寄せる。そうした小刻みな駆け引きの末、状況は膠着状態に陥っていた。


 「クソがッ!!」


 その間にも、悠樹の両脚に食らいついた2頭は首を振り回し、肉を引き裂こうとする。さらに、彼の体を後方へと引きずり始めた。


 両脚を噛まれては立ち続けられるはずもなく、悠樹はバランスを崩す。加えて、フェロジヒェーネの引き裂く力と引っ張る力が作用し、彼はのけぞるようにして地面へと倒れ込んだ。


 普段からネットで護身術や雑学を学ぶのは好きだった悠樹だが、野生の獣やそれとの戦い方に関することは全く触れてこなかった。当然と言えば当然のことである。


 マズイマズイマズイマズイマズイっ!! このままじゃあッ!!


 と考えながら、彼は体を完全に倒し、盾とその上に釘付けにしたフェロジヒェーネを利用して、首や頚椎などの急所をできるだけ守ろうともがいた。


 すると、最初に盾で防いだフェロジヒェーネが右側に回り込み、彼の右腕の肘と上腕三頭筋の間の柔らかい部分へと噛みついた。


 危険を知らせる警鐘が彼の頭の中で激しく鳴り響く。


 しかし、両脚と右腕を焼けるような激痛が襲い、噛み千切られた傷口から絶え間なく血が流れ出る中、彼は次第に冷静さを保つことさえ難しくなっていった。


 「ギャアアアうぐッ!!!」


 フェロジヒェーネたちは飢えに狂っていた。悠樹に噛みついた3頭は、彼の服を引き裂きながら、その肉を食い千切ろうとし、引きずり回し、生きたまま喰らおうとしている。


 悠樹は地面を2、3メートルも引きずられ、そこに生々しい血の轍が刻まれた。


 飢えて痩せ細っているとはいえ、フェロジヒェーネの力は侮れない。


 もしも彼の上に一頭が乗り押さえつけられ、結果的に重みが増えていなければ、あるいは右腕を噛む一頭が別方向へ引っ張っていなければ、彼はとっくにどこかへ引きずり去られていたに違いない。


 そうなった後の結果を想像するだけで恐ろしい。この点だけは、不幸中の幸いと言えた。


 「猫森っ!! ……クソッ! まだかッ!?」


 ランラも悠樹を助けに行きたいのは山々だったが、今この瞬間に眼前の3頭に背を向ければ、一気に襲い掛かられる危険が極めて高い。彼女にできるのは、仲間の到着をひたすら願うことだけだった。


 実際には、二人の位置は拠点からそう遠くはない。しかし、事態の進展が急であったため、時間が異常に長く感じられたのだ。


 悠樹が致命傷を避けている間が、彼自身の生命線であり、仲間の到着までの時間を稼ぐ結果となっていた。


 現時点ではフェロジヒェーネたちは手足を攻撃している。彼は血と体力を急速に失いつつあるが、即死するような致命傷は負っていない。しかし、この状況下でランラまでもが行動不能に陥れば、悠樹の命運は尽きるだろう。


 だがその時、悠樹が無力化されたのを見たのか、ランラの眼前にいた3頭が左右に分かれ、彼女を迂回して悠樹へ襲いかかろうとし始めた。


 ランラは即座にそれに気付くと、「こっちだぁーッ! クソ犬どもッッ!!」と叫びながら、自らの体を盾にして2頭の進路を遮った。残る1頭はランラを無視し、悠樹めがけて一直線に走り去る。


 進路を阻まれた2頭のうち1頭が激昂し、そのままランラに飛びかかってきた。


 移動が急であったためか、フェロジヒェーネの飛びかかる速度が速すぎて、ランラは十分な構えが取れない。仕方なく左前腕を差し出して、その口を防ぐしかなかった。


 フェロジヒェーネは彼女の腕に深々と噛みつき、もう一頭はその隙に悠樹へと突進していった。


 「畜生ッ!!」


 ランラは左腕を思い切り振り回し、噛みつくフェロジヒェーネを地面に叩きつけた。一度、二度、三度――しかし、それでもフェロジヒェーネは頑なに口を離そうとしない。


 「ギャアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――っッッ!!!!!」


 悠樹の口から絶叫が迸った。


 ランラの阻止を突破した2頭が、悠樹の左腹と右腹を噛みちぎろうとしている。


 ランラと対峙していたためか、この2頭は特に凶暴で、悠樹の腹に食らいつくと、激しく首を振り、引き裂こうとし続けた。


 その結果、悠樹の腹の肉が少しずつ引き裂かれ始めていた。


 筋肉質な四肢と異なり、人間の腹部――とりわけ横腹は柔らかく、フェロジヒェーネの牙には容易く貫かれてしまう。そして、ちょうどこの部分は体を曲げるために動きが必要であり、革鎧などで固めることができない部位でもあった。


 このままでは、服が引き裂かれ、左右の腹を食い荒らされてしまうのは時間の問題だ。




 読んでくれてありがとうございます。

 もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・`)

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