0059 - 第 1 巻 - 第 4 章 - 1
生活の息吹が感じられる居住区をあとにして、それよりも広大な城内の郊外区域へと入っていった。
ここは、どの街や国にも不可欠な、生命線となる生産区域である。
居住区と比べて人の姿はまばらで、代わりに広大な耕地や農場がどこまでも広がっていた。人々の食糧や材料はここで生産されている。
同時に、ここは居住区と野外との間を緩衝する地帯でもあった。外側から内側へ、外壁、城内郊外区域、居住区という三つの不規則な同心円が形作られ、各所にスカーベンジャーが駐屯し、猛獣の侵入を防ぎながら人々の安全を守っている。
建物の遮るものが少ないこの区域では、肌をなでる風や青草の匂いを、より直接的に感じ取ることができた。
やがて、牛車は城内郊外区域と外壁を通過し、カールズ城の城門をくぐり抜けて、メイジェ城へ向けて進路を取った。
野外へ出ると、その印象はがらりと変わった。長年踏み固められてきた道以外には、人間の活動の痕跡はほとんど見られない。周囲には延々と木々が続き、野草が生い茂るばかりだった。
朝の空気は元来清々しく気持ちの良いものだが、果てしなく広がる森の中へ入ると、その感覚は一層強まった。
右手の木々の合間から差し込む陽光が道筋に落とす木漏れ日。その光の筋と陽光の来る方向を見上げれば、それはさながら無数の光の柱のようであった。
名前も知らぬ鳥のさえずり、森独特の植物の香り、そしてどこまでも続く樹海と一本道。これらすべてが、現代社会から来た悠樹と萌花には珍しく、驚きに満ちていた。そんな環境と情景の中、二人の気分は非常に高揚している。
正確に言えば三人。生まれてからずっとカールズ城から出たことのない詩織も、隣の二人同様、胸を躍らせていた。
そんな三人の様子を見て、ランラが笑顔を見せる。
「そういや、君たち三人とも初めて町を出るんだったな。この景色はどう感じる?」
「体も心も気持ちがいい」
「うん、私も。森に入るなんて初めて」
「話を聞いたことがありますが、実際に体験するのは初めてで、とても晴れやかな気持ちになります」
「はは、そうか。オレも最初はそう感じてたが、今じゃもう完全に日常の一部さ。あの頃の感覚はすっかり忘れちまったよ。野外でオレらスカーベンジャーが気にするのは、猛獣と野盗くらいのもんだ」
「そう……だね。この綺麗な景色の中にも危険が潜んでるかもしれない」
三人の心は現実に引き戻された。
すると、悠樹は道の両側に、道路の土の色とは異なる粉状のものがあることに気づく。
あれは『獣除け剤』だ。
多くの猛獣が嫌がる匂いを放つ植物が何種類かある。それらの匂いがする場所に猛獣は滅多に近寄らない。掃討大隊は一定の距離を進むとその類の植物の種と粉末を撒き、道路周辺の猛獣を一定程度追い払う効果を得て、後から通る人々の安全レベルを上げている。
「『獣除け剤』は撒かれてはいるけど、絶対に猛獣に遭わないって保証はないからね……」
「ははは! そこまで心配しなくていいよ! 仮に猛獣に遭遇したってオレたちが君たちを守る。それがオレたちの仕事だからな」
ランラは豪快に言って、横にいたアリスが続ける。
「ランラさんの言うとおりです。それに、猛獣に遭遇したときはあまりパニックらず、スカーベンジャーの指示に従えば大抵安全ですよ」
「分かった……それじゃあよろしく頼むね」
悠樹がそう言うと、萌花はランラの体にあるたくさんの傷跡を見て尋ねた。
「ランラさん、どうしてこんなに傷跡があるの? 町を出て負った傷は水の魔法使いが治してくれるはずじゃ?」
「魔法で傷は治せても、新しく出来た皮や肉の色は元とは違うんだよ。それに、長くこの仕事をしてるってのもあるけど、オレは防具をガチガチに着込むの好きじゃないからさ、怪我も多くなるし、傷跡も増えちまうわけ」
「そうなんだ」
「女の肌や見た目ばかり気にしてたら、この仕事は務まらねえよ」
「そうだね……尊敬します」
「そうかそうか! 君たちは本当に愉快な雇い主だな! はは!」
こうして、皆で話しながら、牛車は森の中を進んでいった。
カールズ城からメイジェ城までは、中小規模の隊列であればおよそ10日を要する。
人と牛車によって拓かれたこの土の道は平坦とは程遠く、牛車での乗り心地は、車が舗装道路を走るのに比べれば話にならない。1日のほとんどが移動か休息に費やされ、道中の景色は森と、ごくたまに現れる小さな平原ばかりで、ひどく単調に感じられた。
加えて、食事は干し肉と、水で煮た食材に少し塩を加えただけの簡素な料理ばかり。とても美味とは言い難いものだ。
睡眠も車内の座席か床に身を寄せ合うようにして取るしかなく、当然ながら水浴びもできない。三人は出発前にある程度の覚悟はしていたものの、実際に体験してみると、やはりその過酷さを痛感した。
そんな生活が四日も続くと、心身ともに疲弊した悠樹と萌花の頭の中は“早く着いて早く着いて早く着いて” という思いで一杯になっていた。
唯一の救いと言えば、カーリンが用意してくれた分厚くて柔らかいクッションで、これが彼らのお尻をダメージから守ってくれていたことだ。硬い座席にはとっくに慣れきっている三人のスカーベンジャーでさえ、このクッションには大満足の様子である。
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