0058 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 25
次の日、朝日が昇り始め、室外に霧がわずかに残る時間帯。三人とスカーベンジャーたちはライナ家の前に集まり、全員防具を身に着けていた。
ダニエルが連れてきた猛獣使いは、成年に見えつつも、どこか幼さが残る少女だった。
少女の名はアリス。スカーベンジャーとしてのランクは「戦士」で、綺麗な髪を持ち、手入れが行き届いているのが分かる。
詩織同様、礼儀正しいのだが、その性格は詩織よりはるかに活発で、終始笑顔を絶やさない。
最も目を引くのは彼女の服装。猛獣使いであるため、一般的なスカーベンジャーのイメージとは少々異なっていた。重要部位を守る革具に加え、ベルトには十数個の袋がぶら下がり、ゆったりとしたズボンにもポケットが多数縫い付けられている。中身は猛獣用の餌や、緊急時の道具類のようだ。
また、全身のあちこちに可愛らしい小物が飾られ、非常に愛嬌があった。
アリスの後ろには大きな黒豹がいて、頭胴長は約2メートルほどで、肩高は約80センチ、体型は地球の成獣のヒョウよりも一回り大きかった。
以前ギルドでアリスと会った時、この黒豹は専用の区域で管理されていたため、悠樹たち三人が実際に見るのは初めてのことだ。
黒豹の首にはギルドの名札が付いていて、<安全で合法な猛獣>だと分かってはいても、その鋭い牙や獣独特の気配に、三人はやはり怖さを感じる。
三人の不安を和らげるために、アリスが説明を加える。
「皆さん、怖がらないでください。アンジェリナはすごくおとなしいですよ。それに知能も高いので、あまり激しく怒らせない限り人を攻撃したりしませんから」
「へえー……アンジェリナっていうんだね。よろしく」
悠樹の挨拶に、アンジェリナが短くゴロリと鳴き声を立てて反応する。どうやら返事をしているらしく、悠樹はほっと一息ついた。
ダニエルとランラは荷物を牛車に積み込むなどの出発準備をしていた。
牛車は普通の馬車と構造が似ているが、やや大きめである。車体の四面は分厚い木板で構成され、ギルドの武器屋店主の言う通り、小さな木造の部屋のようだった。
前後に出入り口兼換気口が設けられており、窓や他の隙間は一切ない。車両内には危険対策として、両側の開口部を塞ぐための頑丈な板が2枚備え付けられている。ここにいれば、大型猛獣に襲われない限りは安全と言えた。
車体の外側左右には、大きな板が垂直に取り付けられていた。板の下部は車輪の半分ほどを覆い、上部は車体の天辺と同じ高さまであり、車輪と車体を効果的に保護する。
その板には盾と同様、猛獣の接近を防ぐための図案があった。片方には攻撃姿勢をとる凶悪な毒蛇、もう片方には巨大な翼を広げて威嚇する、鶏と鷹を足したような鳥が描かれている。どちらの絵も生き写しのようで、遠目には本物と見間違うほど迫力があり、不気味だった。
車内は広く、多くの人や物資を収容できる。そして、それを動かすのはヤクだ。
この世界のヤクは体格が大きく、優れた牽引力とスタミナを備えており、一頭で貨物を満載した牛車を引く力を有する。
走行速度は馬には劣るものの、通常の移動速度はかなりのものであり、人や貨物の輸送において最も頼りになる動力源だ。
人間による選別と品種改良を経たヤクは、野生種よりも優れた能力を持ち、人々の数週間に及ぶ超長期間・超長距離の移動や輸送の需要にも応えうる。
特に、このライナ商会から贈られた茶色のヤクは、さまざまな品種の中でも体力と飼い馴らされた度合いにおいて最高水準にある。
だがその代わり、この品種は最も野性味に欠け、猛獣との遭遇時における戦闘力としては期待できない。加えて、猛獣に襲われればパニックを起こして逃げ出しかねないため、スカーベンジャーはヤクの護衛も必要となる。
「きゃっ! 百合園さん!」
詩織が突然、甲高い声を上げた。
「えっ? なに?」
「萌花! 鼻血出てる!」
「ええーッ!?」
萌花はあわててハンカチを取り出して鼻を押さえる。幸い、それ以上は流れて来ないようだ。
「ええ~~~~~なんでぇー……生まれてから一度も鼻血なんて出したことないのにぃ……恥ずかしいよぉ……」
「うーん……怖いからって鼻血は出ないはず。それに、ここに来てもう1ヶ月以上経つし、気候風土に合わないわけでもないと思うけど……一昨日屋台食べ過ぎたとか?」
「食べたの一昨日なのになんで今になって鼻血が出るのよ!」
「タシカニ。体調は?」
「全然」
「ん……じゃあ、気分悪くなったらすぐ言ってね。今は様子見かな」
「うん」
少々慌ただしくはあったが、皆はなんとか準備を整えた。カーリン、ポーラ、そしてライナ会長も出てきて見送りをしてくれている。
「それでは皆さん、気をつけてな」
「いつでもお手紙でのご連絡をお待ちしておりますわ。今後また機会があれば、ぜひライナ商会にお越しくださいませ」
「はい。お世話になりました!」
「ありがとうございます!」
「お世話になりました」
三人はライナ父娘に改めてお礼を言うと、牛車に乗り込んだ。その後、御者をするダニエルが掛け声を上げる。
「よーし、出発するぞー!」
ヤクに引かれた牛車がゆっくりと動き出す。三人は車体の後部から、ライナ父娘とポーラに向かって手を振り、別れを告げた。
「さようなら~!」
ライナ父娘とポーラもそれに応えて手を振った。
ゆっくりと、牛車はライナ家の視界から消えていった。
「ふう、行ったか。あの猫森という男は結構優秀だのう。商会に引き入れたいと思ったがの」
「ええ、確かにその通りですわ。彼のおかげで私たちは不必要な名声の損失を避けられましたもの」
「ふぉふぉふぉ。あの件に関して言えばな、実のところ彼の助けがなくとも、大した問題にはならんかったのだよ」
「え?」
ライナ会長はニンマリと笑みを浮かべた。
「あれほど単純な噂で、私たちの商会が大きな損害を受けるほど甘くはないのだよ。あの兄弟とやらを黙らせ、噂を収めるくらいの手段はいくらでもある。まあ、多少の金はかかるだろうがの」
「パパは……そのようなお考えですの?」
「おおっと、カーリン、誤解しないで欲しい。猫森があの時、噂の拡散を食い止めてくれたのは、私たちにとってこの上ない結果だった。疑いの余地はない。無実を自ら証明すれば、必ずや何らかの禍根を残すものだ。私たちの手で噂を封じるよりは、無関係の第三者が私たちのために弁明してくれた方が、実害は最小限に食い止められるというわけだ。そればかりか、この事件がきっかけで商会の知名度はむしろ上がった。彼には大いに感謝しているよ。私が言いたいのは、仮に彼がいなくても事態はどうにかなっただろう、ということだけさ」
「……つまり、猫森様たちにお贈りした物資の総額は、私たちが自分であの事件を処理する場合にかかる費用よりも少額だった、と?」
「その通りだ。カーリン。突然舞い込むチャンスを利用する術を学ぶのだよ」
「……分かりましたわ、パパ」
カーリンは、普段は温厚で人畜無害な父親が、ここまで計算高くもあるとは思ってもみなかった。
彼女は自らの商会に対する認識を新たにすると同時に、商人としてもまた一つ、階段を上ったのだった。
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