0054 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 21
三人はキッチンへと向かった。
ポーラはシェフに事情とカーリンの指示を伝え、悠樹と萌花はかまどを借りてミルクティーを作り始めた。
ミルクティーが出来上がると、悠樹はそれをガラス製の円筒ポットに注ぎ、トレイに載せて客間へ戻った。
「これがおっしゃっていた商品ですの? とても甘くいい香りがしますわ。どういうものですの?」
悠樹はまずカーリンに一杯注ぎ、そのあと皆にも同じように注いだ。
「どうぞ飲んでみてください。メイドさんもどうぞ」
「私もよろしいのですか?」
「もちろんです、どうぞ」
「では、遠慮なくいただきます」
カーリンとポーラはカップを手に取り、まずはミルクティーを観察し、それから香りを嗅ぎ、軽く一口味わった。
「美味しいですわ……」
「これは……」
二人とも気に入った様子。
「これは牛乳を使った飲み物なのかしら?」
「はい。これは<ミルクティー>って言って、名前の通り、ミルクとティーが主な材料です」
「そう? 以前、紅茶にミルクを入れて、お砂糖も加えてみたけれど、これほど美味しくはありませんでしたわ」
「で、おれたちが売りたいのは<美味しいミルクティーの作り方>なんです」
「なるほど」
カーリンは納得し、またミルクティーを一口飲んだ。
「……本当に美味しいですわ。私が適当に作ったものとは、口当たりも香りも全く違いますわね」
「ライナさんがこんなに評価してくれるなら、これは商品化できると思いますが、どうでしょう」
「私もそう思いますわ。差し支えなければ、ご希望の価格をお聞きしても?」
「そこはお任せします」
「……分かりましたわ。ふむ……」
カーリンは扇子を開いて顔の下半分を隠し、しばらく考えたあと、ポーラにライナ会長を呼んでくるよう指示した。
ライナ会長もミルクティーを試飲し、美味しいと思ったようだった。
その後、カーリンとライナ会長は少し離れて小声で相談し、その間、悠樹と萌花はかなり緊張していた。
ライナ親子は相談を終えてテーブル周りのソファに戻って座り、悠樹との商談を再開する。
「猫森さん、我が商会としては、この<美味しいミルクティーの作り方>にとても興味がございます。ですが、いくつか事前に確認しておきたいことがございまして、例えば材料の入手のしやすさや、製作に特別な条件の有無など。これらは商業化の可能性に直結する問題ですので」
カーリンの真剣な態度に、悠樹は改めて彼女が商人であることを認識した。
「はい。実は材料も作り方も至ってシンプルです。だからこそ、おれたちは自分で作って販売するのではなく、原料の供給が安定していて生産コストの低い商会に製法を売ることにしたんです」
「なるほど、承知しました」
「あとこれは皆んな好んで飲めると思います。高級材料を使って富裕層向けにすることも、ごく普通の材料を使って大衆向けにすることもできるでしょう。ただ、おれたちには試行錯誤をする余裕がないので、その点は保証できませんが」
「……なかなか商才がおありですね」
「……」
「この<ミルクティー>は貴方が発明したものでしょうか?」
「いいえ」
悠樹はすぐさま否定した。
悠樹と萌花は以前に話し合っていた。このような地球の現代の知識や発明については、たとえ説明に困難が生じても、自分たちのものだと主張しないと。
「詳しいことは説明できません。だが、この製法は誰かから盗んだものじゃないと保証します。誰かがクレームをつけてくることはないはずだから、安心して生産できます」
この世界には知的財産や特許に関する法律はないため、低技術なものが複製されるのは当たり前のことだが、悠樹の言葉はカーリンを少し安心させた。
「承知しました。貴方のオリジナルではなく、また複製が容易なことを考慮すると、あまり高い価格はご提示できかねるかもしれません」
「構いません。聞かせてください」
「では…………大金貨10枚でいかがでしょうか?」
「……問題ナイです!」
その価格は悠樹と萌花が予想していたよりもはるかに高く、悠樹は少し高ぶった。
「では、契約書を用意してまいりますので、少々お待ちくださいまし」
カーリンはそう言って、ライナ会長とポーラとともに客間を出ていった。
「大金貨10枚は安くない金額だが、大丈夫かい、カーリン」
「大丈夫ですわよ、パパ。前に猫森さんたちから買ったものも、どれも希少で役に立つ品ばかりでしたわ。高く売れましたのよ。今回の<ミルクティー>も将来性があると思いますわ。安心してくださいまし」
「ふむ……お前がそう言うなら、私はなにも言うまい。今回の買収は任せることにするか」
「うん!」
ライナ会長は自分の執務室に戻り、カーリンは契約書と大金貨を用意して再び客間に戻ってきた。
詩織も作り方を知っていたが、先手を打つようなことはしないと表明し、皆も彼女のことを信頼しているため、彼女も今回の商談に参加し、意見を交換していた。
契約書にサインを済ませ、一同はキッチンに向かった。
「まず水を沸かし、適量の紅茶の葉を入れます。数分ほど煮出したら、茶葉を濾して紅茶液を出します。その茶液と常温の牛乳を混ぜて……これがミルクティーのベースになります。牛乳の味を強くしたい場合は牛乳を多めに、紅茶の味を強くしたい場合は紅茶を多めに入れます。次に風味を高めます。鍋に3匙ほどの砂糖と、それと同量の水を入れて、加熱しながらかき混ぜます。砂糖が焦げ色になったら、火からおろし、さらによく混ぜてキャラメルを作ります」
悠樹は説明しながら手順を実演して見せた。カーリンは目を離さずに見つめ、傍らではポーラとライナ家のシェフがメモを取っている。
「あの香りはキャラメルでしたのね」
「キャラメルをミルクティーに加えると、この時点でもう十分美味しくなってるけど、さらに風味を高めれます。おれたちはハチミツとミュール果糖、あと羊乳パウダーを入れてます」
「あら? もうキャラメルが入っているのに、さらに甘味を加えますの?」
「はい、これも味に奥行きを持たせるための重要なポイントです。異なる種類の甘味を加えることで、ミルクティーに豊かで深い風味を与えることができるんです」
「なるほどー」と、カーリンは何度も頷く。
「ハチミツとミュール果糖はほんの少量で十分です。多すぎると他の風味を覆い隠してしまうから、かえって美味しくなくなります。最後の羊乳パウダーも同じで、ミルクに違った風味を加えるためです。全部入れてよく混ぜれば……はい、完成です」
悠樹は出来上がったミルクティーを皆に注いだ。
「確かに、さっき飲んだミルクティーですわね」
「簡単でしょう。味付けも好みに合わせて自由に変えられます。塩味が好きなら塩を加えてもいいですよ。自由度が高いんです」
「そこまでアレンジしてもよろしいんですのね。組み合わせが色々楽しめそうですわ」
「その通りです。気を付けることといえば、温かいうちに飲むのが一番美味しいってことですかね。人間の舌は温度が下がるにつれて砂糖の甘みを感じにくくなるんですから。同じ量でも、温かいうちに飲むのと冷めてから飲むのじゃ、味とか甘さとかが違いますよ。温かいとより甘く感じられるんです。砂糖は結構高い調味料だし、少ない量でより甘味を得られる方がいいでしょう」
現代では、一般的にミルクティーは冷やして飲むのが好まれる。現代人にとってはその方が風味が良いからだ。
だがこの世界の人々にとって、町の中で冷やす手段が不足しているため、いつでも冷たい飲み物を飲むのはほぼ不可能である。なので悠樹は温かい状態と常温のミルクティーで比較するしかない。
「そのようなこともあるんですの? 勉強になりましたわ」
そう言って、カーリンは小さな折り畳み扇子で顔の下半分を隠し、ミルクティーを見つめながらポーラに話しかける。
「これまでの話を踏まえると、ミルクティーは飲食店に組み込むのが良さそうですわね。キャラメルの甘い香りは飲食店と相性がいいですわ」
「お嬢様、我が商会にはまだ飲食店がありません」
「そうですわ……うーん、もし私が自由にできる店舗があればいいんですけど。飲食店でなくても、店の前に臨時の屋台を設置すれば、売れ行き具合を見ることはできますわ」
「その点は、まず旦那様とご相談なさった方がよろしいかと」
「そうしますわ。ミルクティーのためだけに店舗を買うのは、もし失敗したら大損ですもの。それから材料のこと、お茶の葉は元々私たちの主力商品の一つですから、そこのコストは心配しなくていいとして、問題は牛乳の仕入れ価格ね。牧場と交渉する必要がありそうですわ。あ、猫森さん、令狐さん、百合園さん、これから少し相談事がありますので、失礼致しますわ」
「はい」
悠樹と萌花はライナ商会の主力商品に茶葉があることを初めて知り、意外な一致に喜んだ。
こうして二人は再びカーリンとの取引を成功させ、手元はかなり豊かになった。
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