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0047 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 14


 「3つ数えるぞッ!」


 背の高い男が最後通牒を叩きつけた。


 もし彼が本当に悠樹を殺してしまったら、マーチ兄弟は唯一の手札を失い、逃げることはますます難しくなる。


 しかし、彼が実際にそれをしないという保証はない。


 なにしろ彼らはアトリエを放火で焼き払い、恐喝や路上で武器を振り回して人を脅したマーチ兄弟なのだから。


 「一ぉつ!!」


 背の高い男がカウントを始めた。


 悠樹が待っていたのはまさにこの瞬間。首を締められてからずっと、どうやって逃げるかを考え続けていた。


 彼の力ではこの屈強な男に勝つことはできない。単純に力で振りほどくのは明らかに無理だ。


 彼はネットで護身術的なものをかじり、今のような締め技からの逃れ方も知ってはいた。だが、それらの技には一定の力や体重が必要で、体格差が大きい場合、成功は難しい。


 彼がこの状況で振りほどこうとしてうまくいかなければ、男を怒らせて締め殺されるか、剣で攻撃されてしまうだろう。


 もう一つの方法は、男の下半身の急所を狙うことだ。しかし、それで確実に手を放させられるわけではなく、必ずしも一撃で命中するとも限らない。失敗すれば結果は同じであり、これも最善策とは言えないのである。


 先ほど背の低い男の状況を確認したのも、悠樹に十分な経験がなく、背の低い男を確実に放り投げれたかどうか判断できなかったため。また、背の高い男のスピードを正確に見極めることができず、捕まってしまった。


 だからこそ、悠樹は今、最も現実的な一手を選んだ。


 それは、背の高い男の注意が自分から逸れているこの瞬間を狙い、素早くポケットから唯一の武器である唐辛子スプレーを取り出し、男の目に吹きかけることだ。


 プシュッ! プシュッ! プシュッ! プシュッ!


 白い霧が炸裂する。


 悠樹は右目をきつく閉じ、唐辛子スプレーを男の目と鼻に向かって何度も激しく吹きかけた。


 「うっ……ぐおおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛んんッ!!!?」


 男は悲鳴を上げ、反射的に両手で目と鼻をこすろうとする。そのため、悠樹の首を締めていた体勢が崩れ、隙が生まれると同時に締め付けの力も弱まった。


 「んああッ!」


 悠樹は全身の力を爆発させ、下方へと身をくねらせて男の締め技から脱出。勢いで地面を二転がりし、攻撃圏外へと逃れた。


 「悠樹!!」


 「猫森さん!」


 萌花と詩織がつい悠樹の元へ駆け寄ろうとしたが、ランラがそれを制止した。


 男は左手で目を押さえつつ、右手で剣を狂ったように振り回している。目や鼻の粘膜からは大量の分泌液があふれ、顔中をぐしょぐしょに濡らしてひどい有様だ。


 「うおお゛お゛お゛お……この野郎ッ! なにしやがったァ!」


 悠樹はすぐ両手で支えて上半身を起こし、ランラとダニエルへ向けて「目が見えない! 今ですっ!!」と叫んだ。


 「おう!」「OーKー!」


 ランラとダニエルは一斉に武器を抜き、背の高い男に突進する。


 ランラが大剣で男の乱れ斬りを受け止めると、ダニエルが素早く自らの剣でそれを弾き飛ばした。


 そして二人はすぐに武器を地面に投げ捨て、男に飛びかかって押さえ込む。


 しかし、それでも二人だけではその男を完全に抑えることが叶わないようだ。


 「行けっ!」


 「おう!」


 すると、隊長が鋭く指示を下し、すぐに3人の守護騎士が加勢し、総勢5人がかりで背の高い男を押さえ込んだ。


 「……くっ……そっ……がぁ……ッ!!」


 皆の力を合わせ、ようやく背の高い男を制圧した。


 「悠樹っ!」


 まだ地面に座り込んでいる悠樹の元に、萌花と詩織が駆け寄った。


 「どこか怪我してない? 首は大丈夫?」


 萌花が地面に跪き、涙目で悠樹の体をくまなく調べた。


 悠樹は首に手を当てながら「ちょっと痛いけど、大丈夫」と答えた。


 「もうぉ……危なかったんだから…………」


 そう言いながら、萌花は悠樹を抱きしめる。先ほどの出来事が彼女を大変不安にさせたのだ。


 悠樹は彼女の背中をやんわりと撫でる。


 「てっきり守護騎士やスカーベンジャーがあれだけいる中、あの二人は早まったことしないって思ってた。まさか本当に襲ってくるなんて。準備しておいてよかったよ」


 悠樹が言う“準備”とは、あらかじめ唐辛子スプレーのキャップを外しておき、いつでも使えるようにしていたこと。


 萌花は悠樹の胸に顔を埋め、会話を繋がずにさらに強く抱きしめた。


 「ごめん、慎重さが足りなかった。もう少し距離を取ってればよかった」


 詩織も「あの、猫森さん、私に治療させてください」と言って、心配そうにしている。


 「うん、頼むよ」


 萌花が少しスペースを空け、詩織が悠樹の首に『ヒール』をかけた。


 その時、カーリンとポーラも三人のところに来た。


 「猫森さん、お体はご無事ですか?」


 「はい、無事です」


 「よかったですわ……」


 悠樹の状態を確認すると、カーリンとポーラは悠樹に深々とお辞儀をし、カーリンが頭を下げたまま礼を述べた。


 「おかげさまで、ライナ商会はこれ以上の名誉を損なうことなく済みました。心から感謝申し上げます! そして私を助けてくださったことで危険な目にお遭いになってしまったこと、必ず日を改めてきちんとお礼をさせていただきますわ!」


 「えっと……そこまでしなくても……」


 悠樹がそう言うと、背筋を伸ばして姿勢を正す。


 「いいえ、そういうわけには参りませんわ!」


 詩織の『ヒール』が終わり、悠樹は首を触りながらお礼を述べる。


 「ありがとう、れっ……詩織」


 「お礼を言うのは私の……」


 「コイツっ……!」


 近くから守護騎士の声が聞こえ、詩織の言葉が遮られた。


 どうやら、悠樹たちが話している間に、守護騎士たちはマーチ兄弟の手を縛っていたようだ。


 背の低い男はふらついていたため、2人の守護騎士に難なく縛られていた。だが背の高い男は目と鼻の激痛で狂暴化し、なおも抵抗を続けている。


 「めっ…目がぁ! 俺の目が見えなくなっちまうぅ!」


 「おとなしくしろ!」


 隊長は繰り返しロープで背の高い男の手を縛ろうとしていた。


 彼女はまさか5人に押さえつけられても、この男がまだ簡単に縛られないとは思っていなかった。


 悠樹はその様子を見て立ち上がり、萌花に一言断りを入れる。


 「ちょっと行ってくる、すぐ戻るから」


 「うん……」


 そして彼は背の高い男のそばに近寄り、片膝をつく。


 「あとで水で洗えば大丈夫。だけど今はちょっと眠ってもらうよ」


 「ア?」


 男は悠樹が何を言っているのか理解できなかった。


 悠樹は左手の甲を男の右頬の下顎に当てた。そこに涙や鼻水がついていないのは幸いだと思っている。


 そして右手を拳に固めると、左手の手のひら目掛けて打ち込んだ。


 ドン。


 手のひらを打つ音と共に、仰け反っていた男の頭が垂れて、体は一瞬で全ての力を失い、意識を失った。


 その体を押さえつけていた5人は、男の突然の脱力でバランスを崩しかけ、思わず「うわっ!」と声を上げた。


 ランラが「……気絶したみたいだな」とつぶやく。


 「何が起きたのだ? いや……今のうちに」


 隊長は、背の高い男の体を押さえる5人に視界を遮られて何が起きたか分からなかったが、その隙に男の手を縛り上げた。


 一方、その一部始終を見届けていたダニエルは立ち上がり、悠樹に尋ねる。


 「おお、君、今なにしたんだ? それに、さっきはどうやってこいつの目をやったんだ?」


 「……秘密です」


 悠樹は教えなかった。


 それは、悠樹がネットで学んだ技の一つ。


 顔の両側にある下顎は人体の急所で、そこに強い衝撃が加わると、その振動が脳内に伝わり、激しい脳震盪を引き起こすことで、人は数分から十数分間意識を失う。これは力や体格で劣る者でも、強壮な相手を一撃で倒す手段だ。


 左手を当てたのは受力面を増大させ、衝撃をより強く伝えるため。そうすることで、力のない悠樹でも容易にその男を昏倒させることができる。


 ネットで学んだ技、唐辛子スプレー。これらは悠樹が自分と萌花を守るための術であり、他人に簡単に明かすつもりはない。


 「ええー気になるなあ!」


 カン。ダニエルの頭をランラが叩いた。


 「痛いよ、姐御!」


 「根掘り葉掘り聞くんじゃないよ」


 「はいはい……」


 悠樹はランラに軽く会釈する。そこへ隊長も歩み寄ってきた。


 「これは君がやったのか? 絞め技を抜け出したのもそうだが、やるな」


 「いえ……」


 「何はともあれ、彼らは我々守護騎士に拘束された。協力に感謝する。これから教会に同行していただこう」


 「……分かりました」


 悠樹は萌花たちの元に戻った。


 「まずは教会に行こう」


 その後、隊長が近くの住民に頼んで荷車を借りると、守護騎士たちが力を合わせて背の高い男を担ぎ上げた。


 この事件の関係者一行は、教会へと向かう道中ひときわ目立っていた。




 読んでくれてありがとうございます。

 もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・`)

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