0046 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 13
「ライナさんが何をしたいのか分からない時もあります。ですが、彼女がそんなひどいことをするとは思いません……だから、私は……ライナさんのことを信じます」
周囲の人々がまたざわめいた。
「おおお――」
「あの兄弟もう終わりだな」
「最初から怪しいと思ってたんだよ」
……
背の低い男は顔を青ざめさせ、舌打ちしながら「クソがッ!!」と罵った。
「令狐さん……ありがとうございますわ……本当に、ありがとうございます……」
カーリンは涙ぐみながら詩織に感謝し、悠樹は微笑んだ。
程なくして周りの騒ぎが収まり、隊長が場の主導権を取り戻す。
「他に何か申し立てがなければ、関係者は教会まで同行していただく。お前たち、あの二人を拘束しろ」
隊長の指示に応じて、2人の守護騎士がマーチ兄弟に近づく。
すると突然、背の低い男が腰の短刀を抜き、激昂しながら叫びつつ振り回す。
「誰も近づくんじゃねえーッ!!」
「きゃあ――!!」
群衆の中から悲鳴が上がり、無防備な人々は後ろへと下がっていく。スカーベンジャーと守護騎士たちは群衆を守るために前に出た。
「市民を守れ!!」
隊長が守護騎士たちに指示を出し、次に背の低い男に向かって怒鳴った。
「貴様! 何をするつもりだ! 武器を下ろせ!」
その場にいた守護騎士たちは剣を抜き、スカーベンジャーたちも武器に手をかけ、マーチ兄弟に目を光らせた。
悠樹も後ずさろうとしたが、背の低い男の狙いが自分だと即座に悟った。
「全部テメーのせいだーッ!」
背の低い男は悠樹に向かって叫び、同時に背の高い男に指示を出しながら悠樹に向かって突進する。
「この野郎を人質にして逃げるぞッ!」
「お…おう!」
背の低い男と高い男が前後から悠樹へと襲いかかる。
背の低い男は短刀を持っており、悠樹はスカーベンジャーや守護騎士たちとの距離もある。
悠樹は瞬時に自分の足では彼らに勝てないと判断した。
守護騎士やスカーベンジャーたちもすぐにその二人を止めることができそうにない。悠樹はこのまま背を向ければ短刀で背中を斬られるか、人質にされる可能性が高いのだと考えた。
この時、彼の体は戦闘態勢に入った。
<闘争・逃走反応>。これは人間や他の動物に備わった本能的な生理反応だ。
動物は危険を察知した時、脳が警報を発し、アドレナリンをはじめとする興奮ホルモンが急速に分泌される。そして体は理性的な思考、消化、免疫などの機能を一時停止し、体の各部への血液や酸素の供給を調整して身体機能を高め、戦闘または逃走の態勢に入ることで、危険に素早く対処できるようになる。
この反応の広さと強さは人によって異なる。多くの人は理性的な思考能力が完全に停止し、強い脅威を前にして頭が真っ白になり、本能的に次の行動を選択する。一方で、この反応をある程度制御できる人もいて、武を修める者に多く見られる。
そして、悠樹は後者に属するばかりでなく、意識的にこの状態に入ることもできるのだ。
悠樹の身体的な優位性が他の高校生に比べてどこにあるかと言えば、おそらくこの一点だけなのだろう。
「悠樹っ!!」
萌花が心配そうに悠樹の名前を叫んだ。
悠樹の瞳孔がわずかに拡張し、今、彼の目に映る世界は普段よりスローモーションのように見えている。
彼は男たちの動きの軌跡を予測し、左脚に力を集中させて右後方に跳び、背の低い男が伸ばしてきた手をかわした。同時に背の高い男を阻ませるようにして、すぐには捕まらないようにした。
「チィッ!」
背の低い男は、まさか自分が肩透かしを食わされるとは思わなかった。
逆上した彼は再び地面を蹴り、今度は悠樹の襟を掴もうと左手を伸ばす。今回、彼の動きは速い。
悠樹は狭い路地にいることを考慮し、右後方に跳ぶ余地がもうないことを理解している。さらに、急いで避ければ、右足の古傷に触れてバランスを失う可能性もあるため、今回は避けることを選ばなかった。
彼はタイミングと距離を計算し、素早くかわしつつ伸びてきた左手を流すようにかいくぐり、その左腕を両手で前後から掴み、斜め下方向に力を加え、男自身の勢いと体重を利用して横に放り投げた。
バランスのコントロールを失った背の低い男は、よろめいた勢いで顔面を壁に激突させた。
「ンゴおッ!」
男の鼻は凹み、鼻血が止めどなく流れ出し、頭も衝撃でくらくらしている。
「きゃっ!!」
あまりにも突然の出来事に、後ろの萌花と詩織が短く鋭い叫び声を上げた。
悠樹は技がうまく決まったことを確認したあと、すぐに背の高い男に対処しようとした。
だが、既に遅かった。
背後から伸びた背の高い男の太い腕が、瞬時に悠樹の首をがっちりと締め上げた。
「捕まえたぞォ!」
「うぐっ……!」
悠樹は、なぜ背の低い男の状況を確認したのかと激しく後悔している。
背の高い男の力はとても強く、痩せた悠樹はほとんど地面から足が浮いてしまった。
必死に男の腕を引き剥がそうとするが、締め付けは緩まず、かろうじて息ができている。背の高い男の顔が自分の顔のすぐそばにあり、その息が非常に気持ち悪かった。
「悠樹ィ!!」
萌花が心配して叫ぶ。同時に、後ろの2人の守護騎士が地面に倒れた背の低い男を押さえ込んだ。
「ぐっ……ハ…放セ……」
背の低い男は逃れられず、苦しげに悶えている。
背の高い男はそれを見て、背中に掛けていた剣を引き抜き、2人の守護騎士に向けて声を張り上げた。
「兄貴を放せェ! さもなきゃこいつをぶっ殺すぞッ!!」
そう言いながら、彼はさらに左腕に力を込める。
悠樹の喉から空気が押し出され、「うぐっ」と声を漏らし、首から上の部分が充血して次第に赤くなっていった。
「悠樹ッ!!」
萌花は再び悠樹の名前を叫んだ。彼女は当然すぐにでも悠樹を助けたいと思っていたが、そうできる術は何一つ持たず、ただ周囲を見回して誰かが助けに来てくれるのを祈るしかない。彼女は焦り、涙が今にもこぼれ落ちそうだ。
周囲の人々も、悠樹が人質に取られている状況では、動くに動けないでいる。
「くそ! 卑怯者め!」
ダニエルが怒鳴り、隊長が再び背の高い男に言葉を投げかける。
「貴様が今やっていることは重大な犯罪行為だ! 人質を直ちに解放し、武器を下ろせッ!」
「俺はバカじゃあるめえし! おとなしくしたってどうせ俺ら重罪になるんだろ!? じゃあいっそこいつを人質にして、街で奪えるもん奪って逃げたほうがマシだぁ!」
「……貴様らは『野盗』になるつもりか!」
背の高い男は自分が喋りすぎたと思い、隊長を無視し、倒れた背の低い男を押さえている2人の守護騎士とその隣にいる2人のスカーベンジャーに向かって再び圧力をかけた。
「兄貴を放せっつってんだろ! そこの奴らもどけやァ!」
「ちっ……仕方ないか……言う通りにしろ。コイツらは今、本当になんでもやりかねん」
ランラが小声で、彼女の近くにいる者たちに声をかけた。
今の状況では、悠樹が傷つくことなく彼を助ける方法が見つからない。なので、ランラ、ダニエル、萌花と詩織は言われた通り、数歩横に移動して道を譲ることにした。
2人の守護騎士も背の低い男を放すべきかどうか、とても戸惑っている。
放さなければ、1人若い男が絞め殺されるかもしれない。だが、放せば、やっと無力化した犯人がまた自由を得て公共の安全を脅かすことになる。
「おのれっ!」
罵る隊長もまたその2人の守護騎士と同じ考えであった。彼女は拳を握りしめ、大いに動揺している。
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