0045 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 12
それを見て、背の低い男は慌てながら怒鳴り声を上げる。
「だからなんだってんだッ!? オレら兄弟がちょっと見た目が怖いってだけじゃいけねえかよ!?」
雰囲気がいい感じに盛り上がっているからか、悠樹はその勢いでさらに追い込む。
「じゃあ、次の質問に答えてもらおう」
悠樹がまだ話すことがあると分かると、周囲の人々は期待に満ちた様子で、「いいぞ! もっと追及してやれ!」と誰かが声を上げた。
「あなたたちは仕方なくやったと言ったけど、さっきの目撃証言によれば、あなたたちがライナさんに雇われたのは昨日のことだよね?」
「それがどうした?!」
「昨日のいつだったかは分からないが、一つ聞きたい。あなたたちは教会に通報したり、事前にアトリエに来てこのことを店主に話したりすることもできたじゃないか。なのに、なんでそうせずに昼間に放火した? 昨日の夜でも、今朝のうちでも、他にも選択肢があったはずでは?」
「そ…それはあの女がオレらを見張らせるからだろうが! もしオレらが言うこと聞かなかったり通報したりしたら殺されちまう!」
「……その理由、自分でもおかしいと思わない? もしライナさんがあなたたちの行動を監視できて、いつでも捕まえれるのなら、わざわざあなたたちを雇う必要がどこにある?」
「テメっ……!」
「それに、放火をした時に誰にも目撃されなかったから、アトリエの営業時間に飛び込んできて知らせることもできたはずじゃないか? そうすれば、身の危険はなくなるよね?」
悠樹の追及に、背の低い男は言葉を失い、表情が次第に険しくなっていった。悠樹は内心少し恐れを感じながらも、さらに言葉を続ける。
「つまり、あなたたちは最初から放火を実行すると決めていた。そうだよね」
悠樹の言葉に周囲の人々は頷き、彼の疑問にはもっともだという声が上がり、皆が考え込みながら討論を始めた。
「違う! テメーの言ってることには証拠がねえ! テメー、マジであの女とグルだろう!」
男が認めようとしないのを見て、悠樹は鼻で軽くため息をついた。
「あなたもただ主張してるだけで証拠はないじゃないか……」
そして彼は地面にへたり込んだカーリンに声をかけた。
「ライナさん、体調は大丈夫ですか?」
舆論の風向きが変わり、カーリンの精神的な負担は軽減されていた。悠樹と背の低い男との会話の間に彼女の身体も休まり、今は先ほどよりいい状態になっている。
カーリンはメイドの手を借りて立ち上がった。
「……ええ、お陰様で、平気ですわ」
「いくつか質問していいですか?」
「……どうぞ」
「犯人の主張は皆さん聞いたが、ライナさんの主張はまだ知らないです。事件の経緯を話してくれますか?」
「もちろんですわ。昨日の午後、私は確かにあの二人を23番街の近くで雇って、令狐さんのアトリエに行かせましたの。けれども、本当にこんなひどいことをさせるつもりはありませんでしたのよ! 私が依頼したのは…………」
カーリンは話の途中で躊躇ったようだ。
「ライナさん、正直に目的を話してください。これは誰かのためじゃない。あなた自身のためです」
悠樹の真剣な表情を見て、また自分の置かれた状況を考えたカーリンは、ワンピースを掴み、勇気を振り絞って実情を述べた。
「…………私が彼らに依頼したのは……<迷惑客>をやってもらうことでしたわ……」
彼女はまだ少し視線を逸らしている。
「<迷惑客>?」
「……そうですわ……」
カーリンは俯いた。
悠樹がそれがどういう意味なのか尋ねると、守護騎士の隊長が説明してくれた。
「この場合の<迷惑客>というのは、商人が他人の店に人員を派遣し嫌がらせを行い、営業妨害を狙う手段のことだろう。これは商人ギルドで明確に禁止されている行為だ」
「わ…私はっ、令狐さんの営業を妨げるつもりなど毛頭ございません! わた……わたくしは…………」
カーリンはまた言葉を詰まらせ、何か言いづらそうにしている。
すると、メイドのポーラが大声で「カーリン! 言って!」と促した。
カーリンははっとポーラを見て、次いで詩織へ視線を移した。その手はワンピースの裾をさらに強く握りしめている。
彼女は体がうっすらと汗ばんで、頬を赤らめる。
「……私の目的は……その……」
「カーリンっ!!」
「ああもうっ! 言いますわよ、言いますからっ!」
カーリンはさっと悠樹の方を向いた。
「猫森さん! 貴方と百合園さんはもうすぐこの町を離れるのですわよね!」
「は…はい……」
「そうすれば令狐さんはまた一人でアトリエを切り盛りし、一人で暮らすことになりますわ。私があの二人にアトリエで悪さをするように頼んだのは、令狐さんに嫌がらせを受けるという経験をさせて、アトリエを私に売るのを説得しやすくするためでしたの!」
背の低いの男がすかさず口を挟んでくる。
「ほ…ほら見ろ! オレが言ったこととほぼ同じじゃねえか!」
「お黙りなさいっ! まだ話は終わっていませんわ!」
「んぐッ……」
そしてカーリンに言い返され、口を閉じた。
「アトリエを買収したあとは、一緒に経営して、私がライナ家の資源を活用してアトリエの運営と安全を保障すれば、令狐さんは安心して暮らせるようになりますわ!」
「ええーっ……と……? つまり、あなたが令狐さんのアトリエを買収しようとした動機は自分の実績のためではなく、令狐さんのためだったということですか?」
「実績なんてどうでもいいのですわ」
悠樹は詩織の方を振り返り、彼女がどういう反応するかを見たいが、詩織もまた同じように困惑している様子だった。
「じゃ…じゃあどうして直接令狐さんに話さなかったんですか? こんな回りくどいやり方をする意味は?」
「はっ…恥ずかしいからに決まってますわッ!!」
カーリンは顔を真っ赤にさせ、目を閉じてほぼ全身の力で叫んだ。
「んんん?????」
そしたらその場にいた全員がカーリンを唖然と見る。
元々舆論の流れはカーリンに有利に傾きかけていたが、彼女のこの発言により、皆はおかしく思い、雰囲気が一気に奇妙なものになってしまった。
それを見たポーラが「はぁ……」とため息をつき、カーリンに代わり前に出て話し始めた。
「お嬢様はこういうお方です。本当はとても優しいのに、素直になれず、こうして回りくどいことをしてしまうのです」
「ポーラ!?」
ポーラはカーリンを無視して、隊長の方を向き話を続けた。
「お嬢様の性格については、彼女をよく知る人たちから確認していただけると思います」
「私たちの調査には身辺調査も含まれている。双方の人柄も判断材料なので、その点は安心していい」
「では、先ほどの話に戻りましょう。お嬢様があの二人に求めたのは、<アトリエ・令狐>で<トラブルを起こすこと>です。しかし、あの二人がやったのは<放火>でした」
ポーラはそう言いながら、マーチ兄弟を指差した。
「アトリエが火事になったと知った直後、わたしたちはすぐに駆けつけました。目の前で燃え盛る家を見て、お嬢様は彼らの仕業ではないかと疑い、約束の場所、つまり23番街の廃棄レストランの脇で彼らを探しました。しばらくすると、彼らが現れました。お嬢様がアトリエの火事について問いただすと、彼らは躊躇いもなく自分たちが放火したと認めました。そして、お嬢様とアトリエの主人である令狐さんの間に不和があるという噂を利用し、“これをヤったのはオマエだって噂されたくなけりゃ、大金貨5枚をよこせ”と脅してきたのです。その後、護衛の方たちが現れ、彼らは逃げ出しました。私たちは彼らを追いかけ、道中で守護騎士の皆様と偶然出会い、捜索をご助力いただいた結果、最終的にここに戻ってきたというわけです」
ポーラが語り終えると、周囲は騒然となった。
「すげえ! まるで別の話じゃねえか!」
「もし本当なら、あいつらカスだな」
「ええ、しかも女性に対する脅迫罪も犯してるわ」
「どっちも証拠がないんだろ? 俺は様子見るわ」
「オレはお嬢ちゃんたちを信じるぜっ!」
……
隊長が頷く。
「あなたの話の後半はあの二人のスカベンジャーの言い分と一致しているな。では、その話を裏付ける証拠や証人はいるか」
「……残念ながら、証拠も目撃者もいないと思います。当時、周りにはほとんど誰もいませんでしたので」
「そうか。これがあなたたちの主張だな。了解した。猫森さん、他に質問はあるか」
「……最後にもう一つだけ」
そう言って、悠樹は詩織に向き直る。
「令狐さん。現時点で、どっちを信じる?」
悠樹のこの問いに、カーリンと背の低い男は緊張した面持ちで身構えた。皆が詩織に注目する。
「私は……」
一方は悪質な態度で放火を実行したマーチ兄弟。もう一方は十分な動機があり、第三者の証言がないカーリン。
この舌戦を見ていた詩織は、悠樹がこの質問をした意図を理解している。当事者である自分がどちらかを信じると表明すれば、『舆論』の天秤は選んだ側に大きく傾き、教会の最終判断にも大きな影響を与えるでしょう、と。
もし詩織がマーチ兄弟を信じ、カーリンとポーラが嘘をついていると判断すれば、カーリンは詩織に対して全損害を賠償しなければならず、カーリンとライナ商会の評判は地に落ちるだろう。そしてマーチ兄弟は軽い罰で済むかもしれない。
逆に、もし詩織がカーリンを信じ、マーチ兄弟が嘘をついていると判断すれば、詩織はカーリンからほんの少しの賠償金しか受け取れないかもしれない。カーリンとライナ商会の評判は守られるが、詩織はアトリエを再建できず、マーチ兄弟は重い刑に処されるだろう。
そんな状況で、詩織の答えは――
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