0042 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 9
突然の告発を受けたカーリンは一瞬固まり、少し戸惑った様子を見せたが、すぐに我に返った。
「なっ……何いいかげんなことを言っていますの!」
背の低い男はカーリンの言葉を無視し、周囲の人々に向かってさらに声を張り上げた。
「オレら兄弟はこの店となんの恨みもねえ。この女に脅されて、手を貸さなきゃ生きていけねえようにするって言われたんだ。オレらは仕方なくやったんだよ!」
彼は詩織たちに話した内容を、その場にいた人々にも同じように話した。
「なんだなんだ? どういうこと?」
「へえー、こいつは面白くなってきたな」
「おい、あれってライナ商会の令嬢じゃないか? そんなことするわけが……」
……
あっという間に、周囲の人々の話の方向が変わり始めた。男はその様子を見て、親指で背後のアトリエの廃墟を指しながらさらに続ける。
「この女はこの店を買い取りたがってたんだ。だが店主の嬢ちゃんが嫌がったから、この女は店を焼き払ったんだよ。そうすりゃ、手がつけやすくなるからなぁ! それに、もし店主がそれでも空き地を売らねえとしても、これで思い知らせてやれるってよ!」
「っ……!? あっ…あ…あなたっ……! ありもしないことを! 私はそんなの、言ったことがありませんわ!」
カーリンは慌てて否定したが、周囲の視線はますます冷たくなっていく。
「いいぞ、もっと話せよ!」
「筋は通ってるな……」
「でも、商会の令嬢がそんなことするの?」
「ばーか。商会の令嬢だからこそ、そういう手段が思いつくんだろ。金でなんでも解決しようってわけさ……」
「そういやそんな話、聞いたことあるな。ライナ商会の令嬢がこのアトリエを欲しがってたけど、若い店主が頑なに拒んでたってな。だから、しつこく困らせてたとか。まさか放火までするとはな……」
そんな声を聞いた男は表情が一気に明るくなり、その者に問いかける。
「あんた、スカーベンジャーか?」
「ん? そうだが」
「このことを知ってるやつ結構いるだろ?」
「そうかもな。こんなどうでもいいことは普段なら誰も気にしねえが、その令嬢がなんでそんなにもこだわってんのか、あのアトリエになんかの秘伝でもあるんじゃないかって誰かが言ってよ。酒場でちょっと話題になってた」
「俺もその話を聞いたぜ」
「わたしも。それで店主さんがバイトを雇ったって話だよね」
問いかけられた男に続いて、周囲からも似たような声が上がり始めた。
背の低い男はさらに口元を上がらせ、嬉しそうに手をバンっと叩いて、カーリンに向かって誇らしげに威張る。
「ハハッ! ほら見ろ! みんな、オマエがあの嬢ちゃんと揉めてること知ってるんだぜ。まだ言い逃れできるか?」
「わ…わたくし……っ! そ…そんなことを……」
「そういえば、昨日、あの人たちがなにか話してるのを見かけたぞ。たしか、あの令嬢があの二人に金を渡してた」
カーリンが言い終わる前に、別のスカーベンジャーらしき男が目撃証言を口にして、背の低い男の表情が一瞬硬直した。
「……見てたのか?」
「ああ、でも、なに話してたのかまでは分かんないぞ。遠くから見かけただけだからな」
「お…おう! そうか」
男はほっと息をついた様子を見せ、またにやりと笑みを浮かべた。
「聞いたか皆の衆! オレら兄弟がこの女から金を受け取ったのを見た証人がいるぜ! それが放火の報酬だってことは火を見るより明らかだろ!」
ここに来て、周囲の話の風向きが完全に変わった。
「本当になにかやらせたんだ。じゃあこれ、もう決まったんじゃないか?」
「動機もあるし、目撃証言もある……」
「最っ低ー」
……
カーリンは自分に不利な状況がますます悪化していることに気付き、すぐさま周囲の人々に向かって弁明する。
「違いますわ! 皆様、どうかお聞きくださいまし! 確かに私はその二人を雇い、アトリエへと向かわせましたことは事実でございますけれども……!」
「ほら聞いたか! 店主の嬢ちゃんも聞こえただろ! こいつ認めたぞ!」
男はカーリンの言葉をわざとらしく遮った。
詩織は2歩ほど前に進み、両手で杖を握りながら、抑えた声でカーリンに問いかける。
「……ライナさん。それは本当のこと……なのですか?」
悠樹と萌花は詩織と1か月間共に過ごしてきたが、彼女の目に敵意が宿るのを見たのは初めてだ。
「っ……!! れ…令狐……さん……」
カーリンは詩織の目を直視できない様子で、視線を逸らし続けた。
「ち…違いますわ! 本当に違いますの! どうか……どうか信じてくださいまし! 私、あんな恐ろしいことを頼んだりいたしませんわ! 私は……ただ……っ…………」
カーリンの息は次第に荒くなり、顔は真っ赤になって、過呼吸の兆候が出始めた。
その時、背の低い男が再び話の主導権を奪った。
「なにが違うだァ! こんなに大勢の者がオマエがオレらに放火させたって言ってんだぞ! それともオマエは、みんながオマエに濡れ衣を着せようとしてるって言うのかよッ!?」
男はカーリンに対して強い口調で言い放った。
そして詩織に向き直ると、態度が一変した。
「万が一、あんたがこの女を信じて、責任を全部オレら兄弟に押し付けたら、オレら兄弟は長いこと牢屋にぶち込まれちまう! あんたも賠償金は一銭ももらえねえぜ? オレら兄弟に金なんてあるわけねえんだからなァ!」
「…………」
この状況を前にして、詩織はなにも言わなかった。
だが、見物人たちの罵声は収まらない。
“金の力で好き放題する奴め”。
“人の店を燃やすなんて極悪非道だ”。
“恐ろしい商会だわ”。
“二度とライナ商会には足を踏み入れない”。
“さっさと捕まえちまえ”。
……
飛び交う罵声の中、調子を崩したカーリンは、まるで暗く狭い部屋に閉じ込められたかのような感覚に襲われた。
その暗がりで、詩織の冷たい視線が鋭く刺さり、周囲からの非難の声が容赦なく響く。それにより、彼女の精神は大きな衝撃を受けた。
カーリンと共に来た守護騎士たちも顔を見合わせ、困惑した表情でどう動くべきか躊躇している。
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