0039 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 6
地下室には焼かれた痕跡がなかった。
不幸中の幸いと悠樹たちが思ったのは、中に保管された多くの書物、この世界では高価な品だからだ。
詩織は中に入ろうとしたが、再び悠樹に止められた。
「まだダメだよ、令……詩織。焼けてないみたいだけど、中には二酸化炭そ……有害な気体の濃度が高いかもしれない。入ったら窒息する危険がある」
悠樹は、この世界の人々が<二酸化炭素>や<一酸化炭素>という言葉や、その物質について知っているかどうかは分からなかったため、別の言葉を使った。
二酸化炭素は空気よりも重いため、地下室に溜まりやすく、無闇に入ると二酸化炭素中毒を引き起こす可能性がある。
「そうだった……」
萌花もそれを聞いて思い出した。
「……」
詩織はなにも言わない。
悠樹は周囲を見渡し、作業している魔法使いたちを見つけた。
「萌花、詩織のことを見てて」
「えっ? うん」
そう言って、悠樹は魔法使いたちのいる場所へ駆け寄り、彼女たちに尋ねる。
「すみません! 風の魔法使いさんはいませんか?」
「私がそうだけど、どうした?」
20歳過ぎくらいの魔法使いが答えた。
「よかった。このアトリエの主人が地下室で探し物をしたいのですが、中に有害な気体が溜まっているかもしれないので、入るのは危険です。風魔法で換気をお願いできますか?」
以前、悠樹と萌花は風魔法で吹かれたことがあった。そのため悠樹は風魔法で換気が可能だと考えている。
「おっ、君、賢いね。いいよ」
これは教会の風の魔法使いにとっては常識だが、一般の人々にはあまり知られていないことだ。時には萌花のように、聞いたことがあってもすぐには思い出せないこともある。
そうして悠樹は、その風の魔法使いを地下室の入口まで連れて来た。
風の魔法使いは、皆を地下室の入口から退かせたあと、風魔法を使って気流を発生させた。
彼女はまず地下室に風を送り込み、しばらくその状態を続けたあと、ハンカチで口と鼻を押さえながら、さらに風を送り続けて地下室へ下りていった。
そして、体の向きと気流の方向を変え、地下室の外へと風を送り出す。
最後に地下室の奥まで進み、風量を増やしてまたしばらく続けた。
風魔法により、地下室に溜まっていた気体は外へ追い出され、同時に外の空気が地下室内に取り込まれて、換気が完了した。
地上ではすでに一度換気が行われていたため、地上から地下室に取り込まれた空気には二酸化炭素の濃度が安全な範囲にある。
風の魔法使いが地下室から戻り、「もう大丈夫よ」と手を振った。
「ありがとうございます」
詩織は風の魔法使いにお礼を述べ、銀貨を取り出して支払いをしようとしたが、風の魔法使いは慌ててそれを断った。
「いいよいいよ! こんな時にお金を受け取ったらアニロス様に向ける顔がないから! ……お嬢さん、私たちは君を助けに来たんだから、そういうの気にしなくていいよ」
「…………分かりました。本当にありがとうございます」
「ありがとうございました!」
悠樹と萌花も声を揃えて風の魔法使いにお礼を言った。
その後、詩織と悠樹、萌花の三人は地下室へ下りた。
地下室は暗く、入口から差し込む光でかろうじて中のものが見える。
詩織は階段を下りると、くるりと向き直り、階段下の壁際にある雑物の山へ歩み寄った。
「ここになにかあるの?」
悠樹が尋ねた。
「……はい」
詩織は杖を横のガラス製の実験器具が並ぶ長机の上に置き、雑物の上に掛かっていた長い麻布を取り除いく。
すると、麻布の下から半分隠れた扉が現れた。
悠樹と萌花はすぐそれが収納室の扉であることに気付き、それらの雑物が扉を隠すために置かれていたことを理解した。そして二人は詩織と一緒に雑物を取り除く。
雑物が片付くと、詩織は収納室の扉を開けた。収納室は狭く、そこにも様々な雑物が置かれていた。
詩織はある木箱の上の雑物を取り除き、木箱の蓋を開けた。そして、その中にある一番上の部分の布をめくると、長方形のケースが現れる。
銀白色の金属ケース。これが詩織の探し物だ。
彼女はそのケースを取り出し、中を確認するために開けた。
最初に目に入ったのは封筒。詩織がそれを取り出すと、下から黒い人工スポンジ状のものがケースの大部分を埋め尽くしているのが見えた。
その中には4つの注射器のような形をしたくぼみがある。左から2番目のくぼみには真鍮色の外殻を持つ薬剤が1本入っており、それはどうやら注射型のようだ。
それ以外のくぼみには、それぞれ色とりどりの宝石が2、3個ずつ入っていた。
詩織は薬剤が破損していないことを確認すると、ケースを閉じた。
悠樹と萌花は中身が気になったが、詩織の様子を見て口をつぐんだ。
雑物を元の場所に戻したあと、三人は地下室から出た。
地上に戻った三人。悠樹と萌花は廃墟と周囲の人々、そして詩織の顔を交互に見たが、先のことを尋ねる勇気はなかった。
詩織自身も分からないのだ。
「ここにいたのか」
その時、一人の女性の守護騎士が三人に声をかけた。
彼女はカールズ城の守護騎士第三中隊第九小隊の隊長。教会から派遣され、火災原因の調査と当事者の支援を担当していた。
詩織たちがアトリエに戻ったあと、双方は接触し、隊長が調査を進めていた。
「今、時間いいか。周辺の予備調査が終わったので、ご報告を」
「……お願いします」
それは三人が最も知りたかったことだ。
読んでくれてありがとうございます。
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