0038 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 5
1週間後、<アトリエ・令狐>の休みの日。悠樹と萌花が掃討大隊に同行する前日。
二人は詩織への感謝を込めて街に誘い、高級レストランでの食事を計画した。
「明日、私たちはここを離れる。この3週間ちょっと、詩織ちゃんには本当にお世話になりました。詩織ちゃんがいなかったら、私たちはどうなってたか……本当にありがとう!」
「そうだね、ほんと。令狐さん、本当にありがとう」
高級レストランで、萌花と悠樹は椅子に座りながら、詩織に頭を下げて心から感謝の意を伝えた。それを見て慌てる詩織。
「そ…そんなこと言わないでください! 私はただ自分がしたいことをしただけです! そ…それに、この期間、私もとても楽しかったですし……わ…私こそ感謝しています!」
その言葉に萌花は唇をぎゅっと結び、頬を赤らめて奇妙な顔で悠樹をチラリ。喉の奥から「うぅ~~」と小さく唸った。
悠樹は「まあまあ、落ち着いて」と萌花に目配せする。
「百合園さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、ただの発作みたいなものだから」
悠樹が萌花の代わりに答えた。
「発作!? 何かお病気なんですか?」
「いや、あー……うん……違うんだけど」
「え?」
「とにかく気にしないで。大丈夫だから」
「えっと……」
たとえ地球の話題でなくても、詩織は時々この二人がなにを言っているのか理解できないことがある。
「さて、食べ……」
ぐうううぅ~~っ
悠樹がそう言いかけた時、萌花のお腹がまた鳴った。
「なんでまたこうなるのよ……まだそんなにお腹空いてないはずなのにぃ……どうしてここに来てからお腹がしょっちゅう鳴るんだろう……神様が私にはらぺこキャラを定着させようとしてるのかな……うう……」
「ふふっ」
「はは。でも、確かにどうしてだろうね、ここに来る前はこんなことなかったのに。気候風土に合わなかったとか?」
「そうなの?」
「さあ。もし今後他になにか異常があったら、医者さんに診てもらおうか」
「うん……」
「じゃあ食べよっか」
その後、三人は昼食を終え、アトリエへと戻った。
「なんだかちょっと寂しいね」
「……そうだね」
馴染んできた街並みを歩きながら、明日の旅立ちを思うと、萌花と悠樹は感慨にふけった。
「ん?」
詩織のアトリエが近づくにつれ、道行く人々が増えて、皆同じ方向を見ていることに、三人は少し違和感を覚えた。
彼らがもう少し進むと、焦げたような臭いが漂ってきて、路上の人たちの会話が彼らの耳に入った。
「火事だとよ」
「えっ、どこ?」
「魔法のアトリエらしいけど」
「ああ、あそこの……」
三人はギョッとして息を飲んだ。
「っ!!!」
詩織が一気に走り出し、悠樹と萌花もその後を追った。
炎がもうもうと黒煙を上げて燃えさかっている。
燃えているのは全木造の建物。
その建物は、魔法アトリエだった。
アトリエの前には、同じく燃え盛る看板が落ちていた。
その看板には、<令狐>という文字が書かれていた。
「すみません! ちょっと通してくださいっ!」
悠樹と萌花は人だかりをかき分け、目に飛び込んできたのは、既に焼け落ちたアトリエと、数人の魔法使いが水の魔法と地の魔法を使って消火に当たっている光景。
そして地面に座り込み、目を見開いているが、虚ろな表情の詩織だった。
いつも手放さない杖が彼女のそばに転がっていた。
彼女はただ顔を上げ、燃えさかる炎を虚ろな瞳で見つめていた。表情は一切なく、ただじっと。
「詩織ちゃんっ!」
萌花は駆け寄り、胸の前で拳を握りしめて詩織を案じた。
悠樹はアトリエの周囲を一周し、アトリエの後部が完全に焼け落ちており、入口近くの部分だけがまだ燃えているのを確認した。
「……くそっ!」
唇をかみしめ、悔しさをにじませた。
彼は火がアトリエの後部から出たと推測し、おそらく調合室か2階の廊下付近からだろうと考えた。
教会から駆けつけた者や、近隣に住む水の魔法使いと地の魔法使いたちが、それぞれの魔法を駆使して消火に当たっていた。
水の魔法使いは太い水柱を生成してアトリエの上方に放水し、水がアトリエ全体を覆うようにしたり、水の玉を作り、炎が最も激しい場所へ投げ込んでいた。
地の魔法使いは地面の土を操って、焼け落ちたあとになお燃えている木材を覆ったり、土壁を築いて、周囲の建物や物品への延焼を防いだ。
二十数分後、魔法使いたちの協力で火は完全に消し止められた。
守護騎士たちは群衆を追い払ったが、詩織と、様子を見に来た彼女の友人たちだけが残された。
詩織を知るすべての人が、彼女のことを心配している。
アトリエはほぼ全焼していた。2階は完全に崩れ落ち、1階の壁の角など、安定した構造だけが残っていた。かつて建物があった場所から、今では空が見える。あらゆる木材は焼け焦げて炭化し、一部の木材からはまだ煙が上がっていた。
廃墟には焦げ臭さが漂い、煤混じりの水が滴り落ち、地面を伝って流れ出していた。地面には黒焦げのガラスの破片が散らばっており、溜まった水は徐々に魔素に戻り、消散していく。
アトリエは全て木造だったため、火勢は極めて激しく、屋内の家具や物品、さらには裏庭の薬草畑さえも焼け尽くされていた。
家屋や薬草畑から少し離れたところにある二本の木だけが無傷で、その木々は、かつて<アトリエ・令狐>と呼ばれた場所の黒い廃墟の中に孤立して立っていた。
アトリエの両隣の建物も多少の被害を受けていたが、レンガ造りの構造と魔法使いたちの助けのおかげで、被害は軽微だった。
皆が廃墟を見て胸を痛めていると、これまでずっと無言だった詩織が突然なにかを思い出したかのように、地面に転がっていた杖を掴み、立ち上がった。
「……探さないと……」
「詩織ちゃん?」
詩織は萌花の声を無視し、まっすぐに自分の家だった廃墟へと駆け込んだ。
悠樹と萌花、そして何人かの友人たちも彼女について行った。
「すみません、少し片付けていただけますか? 探し物があるんです」
詩織は守護騎士たちに頼んだ。
「君がこのアトリエの店主か……よし、わかった」
守護騎士たちは詩織のお願いを受け入れ、燃えた木材を片付け始めた。
「なにを探しているの、詩織ちゃん……」
「…………」
詩織は沈黙を挟み、手にした杖を見つめてから静かに答えた。
「……祖母が残してくれた、もう一つの遺品を」
その答えを聞いた皆は顔を見合わせ、それ以上なにも尋ねなかった。
「なら俺たちも手伝おう!」
詩織の友人や知り合いたちはそう言って、アトリエの残骸を片付ける作業に加わった。
しばらく片付けを進めたあと、詩織は元々調合室だった場所に着いた。
彼女は地下室の入口を見つけ、扉を開けようと手を伸ばした時、悠樹がそれを止めた。
「おれがやるよ」
扉の取っ手は鉄製で、悠樹はそれがまだ高温のままであることを懸念している。
魔法使いたちが広範囲に水を撒いたおかげで周囲の温度は下がり、取っ手は熱を帯びていなかった。
問題がないことを確認した悠樹は、地下室の扉を開けた。
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