0037 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 4
武器店の壁には梯子状の棚が数多く設置され、武器や防具がずらりと並んでいる。現在店内には装備を選ぶ客が数人いるだけだった。
先程の訓練官が言った通り、棚にある盾には様々な威圧感のある絵柄が描かれている。例えば、敵を見据える巨大な目の絵や、大蛇の血まみれの口の絵などがあり、とても野性的である。悠樹と萌花は目を輝かせながら見比べていた。
カウンターに向かい、悠樹は老いて益々盛んな武器店の店主に話しかける。
「こんにちは。この2本の木剣と、いくつか防具を購入したいんですが」
「おお、お前ら、新人スカーベンジャーか?」
「いえ、おれとこの子は来週の掃討隊に同行する予定なので、装備を整えたいんです。なにかアドバイスをもらえますか?」
「なら普通の革ものでいい。あとは盾を持ってりゃあ牛車の中で怪我することはないさ」
「牛車?」
「見たことがないのか? 牦牛が引く車だ。車体が小部屋みたいになってる。両側はでっかい板で補強されてて、その中で盾を構えてりゃあ安全だぁ」
店主は身振り手振りを交えて説明した。
「なるほど。でも、甲冑を着るほうがもっと安全になりませんか?」
「カハハっ! ビビりかお前! もちろん売ってやってもいいが、そいつは高いぜ? それに重くて蒸れる上、尖った突起がついてる。他の奴と一緒に乗りゃ、相手に怪我をさせちまうかもしれねえ。甲冑なんてのは大体貴族か金持ちが着るもんだ。一般人は着ねえよ」
ここの甲冑は、悠樹と萌花が知っている中世の戦争用の甲冑とは異なり、主に猛獣から身を守るためにデザインされている。そのため、守るべき部位や動きやすさの要件が違い、着用すると動きがかなり制限されてしまうのだ。
「うーむ……」
店主の話を聞いて、悠樹は少し悩む。
彼は猛獣の恐ろしさと掃討隊の勇猛さについて聞いていた。
彼が集めた情報から分析して、掃討隊に同行することは比較的安全だと分かったため、旅立ちを決意したのだ。でなければ、萌花や自分の安全性を考え、彼は決して猛獣に遭遇する危険を冒すまで町を離れることをしない。
ただ旅の途中がどうなるかは分からないため、できるだけ準備を万全にしておきたいと考えていた。
「萌花はどう思う? 甲冑を着る?」
「ええ~……着たくないかも……着てるだけで疲れちゃいそう」
「うーん……確かに。それじゃ、革のベストとかはどう?」
「それならいいんじゃない? 脱げるし」
萌花は棚の防具を指さした。
「一般人は盾と腕当てがあれば十分だぜ。お前らは初めての同行だろう? 初めては怖いのも無理はない、何度か経験すれば心配なんかしなくなるさ」
「なら、そうします」
店主は推奨せず、二人も甲冑を好まなかったので、悠樹は甲冑を諦めることにした。
最終的に、彼らは普通の革製の防具を購入した。ベスト、腕当て、膝当て、脚当て、男用のと女用のそれぞれ一式。あとは2つの盾。
盾は木製のを選んだ。背面の持ち手は革と金属の留め具で固定され、表面には獅子とも虎ともつかぬ奇怪な生物の顔が描かれている。
装備を購入したあと、三人はギルドを出ようとしたが、ロビーを通りかかった際、スキンヘッドの受付員に見つかった。
「おいおい、もう帰るのか? さっきは1日も持たないなんて言ってたが、1時間ちょいで帰るとはな。ハッハッハ! 大人しく盾を使いな」
その男の発言に、三人は返答せず、ただ軽く会釈してその場を後にした。
「あのハゲのおじさん、ほんっと失礼。あの三人の男も。スカーベンジャーってみんなあんな感じなの?」
帰り道で萌花はプンスカしながらぼやいた。
「……っ……」
詩織の両親もスカーベンジャーだったので、それを聞いて、彼女は少し複雑な気持ちになった。
「あっ! ごめんね、詩織ちゃん! 詩織ちゃんのご両親のことじゃないよ? さっきのあの人たちがひどかったからつい……」
「あはは……」
詩織は苦笑した。悠樹が二人をフォローするように間に入る。
「まあ、確かにあの人たちはちょっとアレだったけど、みんながみんなそうじゃないよ」
「うん……分かった……」
「あの、猫森さん、さっきあの三人にあんなことを言われても怒らないのですか?」
詩織はさすがに悠樹も少しは怒るでしょうと思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。
「バカにされるのは気分のいいことじゃないけど、実際に何かされたわけじゃないし、無視すればそれでいいと思ってね」
「猫森さんって、穏やかな人なんですね」
「ただトラブルを避けたいだけの臆病者だよ」
詩織の称賛に対し、悠樹は自嘲気味に返事した。
アトリエに戻ると、悠樹は裏庭で自主トレーニングを始めた。
その一方、萌花はすぐに短剣に飽きてしまい、少し盾の使い方を練習しただけでやめてしまった。そして、横で他のことをしながら悠樹に付き添っていた。
詩織はというと、どうやら二人と一緒にいるのが楽しいらしく、小さなテーブルを持ち出して、木陰で萌花とおしゃべりしながらミルクティーを飲み、悠樹の訓練を見守っていた。
だが、運動不足の人間が急にトレーニングを始めれば、翌日に筋肉痛が訪れるのは必定。
悠樹の両腕の筋肉はこわばりきっていて、少し触れただけでも痛みで思わず変な声が出るほどだった。
彼は詩織の『ヒール』が筋肉痛を和らげてくれることを期待していたが、詩織から「魔法で治療すると筋肉の成長が遅くなりますよ」と言われてしまった。
『ヒール』は確かに運動やトレーニングで生じた筋肉痛をかなり軽減することができるが、そうすると筋肉の増加は自然回復より少なくなる。
筋肉増加は通常、繰り返しの収縮運動で局所筋肉が刺激され続け、筋細胞が破壊されることで修復反応が起きる過程で進行する。その過程で、筋繊維の断面積が広がり、筋肉組織も増殖し、結果として筋肉が形成される。
筋肉痛は必ずしも筋肉の成長に不可欠な条件ではない。トレーニング後に体が筋肉を修復する際には、筋肉細胞も増加する。
『ヒール』や魔法薬などを使用して筋肉痛のような細かい損傷を治療すると、損傷した細胞や組織が元の状態に戻るだけ。
体が損傷が修復されたと認識すると、筋肉の増殖が止まり、<癒合>だけして、新たに分裂する細胞は少なくなる。そのため、得られるのはトレーニング中の増加分のみで、効率は自然回復より低い。
つまり筋肉を増やしたいなら、痛みの有無に関わらず、トレーニング後の『ヒール』使用は避けるべきなのだ。
そんなわけで、筋肉量を増やしたい悠樹は、トレーニングの初期に伴う痛みを我慢するしかない。
こうして悠樹の筋肉痛が和らぐにつれ、日常の活動と訓練の日々は瞬く間に過ぎていった。
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