0036 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 3
訓練エリアはギルド内の露天にある一画。新人スカーベンジャーや志願者たちが、先輩から指導を受ける場だ。
四角いエリアに過剰な装飾はなく、必要な訓練用具と休憩用のベンチだけが周囲に配置されている。土地の一つ一つがスカーベンジャーたちの足で踏み固められ、床板の一枚一枚が彼らの汗を吸い込んでいた。
スカーベンジャーのほとんどは男性だ。長年使い込まれた用具の一つ一つに、男たちの粗野で奔放な匂いがこびりついている。夜、人影の消えた後でさえ、廊下からも、ベンチからも、訓練エリア全体から、かすかな汗の匂いが漂っていた。
そのため、周囲の建物はギルドから一定の距離を置いて建てられ、間のスペースには消臭効果のある花や草が植えられている。
「うわあ……」
力を込めるたびに漏れる唸り声、木剣を振る風切り音、木製武器のぶつかり合う鈍い音、そして男たちの掛け声。訓練エリアに足を踏み入れた三人は、スカーベンジャーたちの熱気と、それらが混ざり合った喧騒に圧倒された。
口ひげを生やした中年のスカーベンジャーで、新人訓練担当の男が三人に気づき、事情を聞くと、訓練用具の一角へと案内した。
「気に入ったのを選べ。帰る前に買い取ってもらうからな」
悠樹と萌花の目の前には大きな木桶がいくつか。中には新品の木製武器がぎっしりと詰まっている。
大半は木剣で、短剣から両手剣まで。他には木槍や木盾、木の刺股、そして壁に掛けられた弓が数張あった。
木製の武器は対人や猛獣相手の訓練で変形・破損しやすく、繰り返し使うには向かない。そのためギルドでは、使用者が自分で使った訓練用具を購入する制度を採用している。これで全ての用具は常に新品状態が保たれるというわけだ。
この制度は二人にとって好都合。他の男たちの手汗が染み込んだものは使いたくないからだ。
二人は木桶の中を選び、最終的に悠樹は最も普通の片手剣を、萌花は短剣を手に取った。
「素振りでもしてみろ。まずは手に馴染ませることだ。それができなきゃ話になんないからな。足さばきやら姿勢やらはそれからだ」
「分かりました」
悠樹は片手剣を持ち上げ、試しに2度ほど振ってみたが、少々重く感じた。
「木でできた剣でも結構重いんだね」
「ねー、重いよねぇ」
二人のやり取りを聞いた訓練官は、怪訝そうな表情で口を挟んだ。
「おいおい……嬢ちゃんはともかく、この木剣が重いって……お前さん……」
「え?」
「ん……ちょっと袖をまくって見せてくれ」
「あ、はい」
悠樹は訓練官の要求に従い、両方の袖をまくり上げた。
「やべぇー!」
「ホぉーホぉー!」
悠樹が袖をまくったその瞬間、どこからか2人の男の声が飛んできた。
声のした方へ視線を向けると、そこには同じく訓練に来ている3人の青年が立っていた。
その三人の装備にはそれなりの使用感があり、悠樹は彼らがスカーベンジャーになって間もない者たちだろうと推測した。そのうち2人が、揃って嘲るような笑みを浮かべている。
「見ろよ、あいつの腕。細すぎだろ」
「はっはっは! まるで枝みてぇだな!」
3人目も悠樹を一瞥し、鼻で笑った。
「フン。あ~あ~っ、ああいう奴はたまに出てくるよな。女連れて訓練場に来てカッコつけようとすんのさ、見合った実力もないくせによぉ」
「ハハッ! 言えてる!」
「そんなこと言うなよ~聞かれたらあいつがかわいそうだろ~? ははは!」
「フン。聞こえたところで何だってんだ。俺は事実を言ってるだけだ。スカーベンジャーの訓練を女にいいところを見せるための手段にするなんざ、スカーベンジャーに対する侮辱だ」
三人の青年の言葉には皮肉がたっぷりと込められていた。
その言葉に萌花は眉をひそめ、睨みつけた。詩織もまた不快げな表情を浮かべる。詩織もまた不快そうだ。
だが当の悠樹は「大丈夫」としか言わなかった。
「余計な口を出すな。お前たちは自分の訓練に集中しろ」
「チッ」
訓練官に一喝され、三人の青年はつまらなさそうに場所を移して訓練を再開した。
そして訓練官は悠樹の右腕を掴んで、上腕二頭筋をぎゅっとつまんだ。。
「うッ!?」
いきなりつままれ、無防備だった悠樹は痛みに顔をゆがめた。腕を離されると、無意識にその部分をさする。
「んん……見た目からして筋肉がないのは分かってたが、まさかここまで細いとはなあ。お前さんみたいなの、そうそうお目にかかれんぞ」
訓練官は少々困り顔になった。
悠樹は足に古傷があり、激しい運動をすると倒れる可能性がある。そのため体育の授業では走ったり、球技をしたりすることはほどんとできず、ここ数年は運動量が極端に少なかった。
それに加えて、彼は太りにくい体質のようで、体型はかなり細く、筋肉量も体重も同年代の男子に比べて劣っている。上半身の筋力も鍛えられておらず、腕相撲で普通の女子にも負けるほどだ。
この世界の人々は、3年間の教育を受けたあと、基本的に何らかの労働に従事しており、特に男性は日本の同年代と比べて筋肉量が多いのが一般的。
ただでさえ身体能力が人に及ばない悠樹が、この人々の身体能力が比較的高い世界に召喚されて、その人たちの前で細い腕を見せたことは、多少なりとも軽んじられてしまう。
「えっと……じゃあ、おれはどうすればいいんですか?」
「……お前たちは次の掃討隊に乗るんだろ? ならこの訓練はやめとけ」
「……」
「筋肉がなけりゃ、一週間で身につくもんたかが知れてる。筋肉をつけるには1、2ヶ月はかかる上、筋肉痛も来る。それなら盾の使い方を覚えたほうがマシだ」
「……盾ですか?」
「ああ。掃討隊に参加する非戦闘員の多くは盾を持ってる。盾には猛獣が怖がるような絵が描かれていて、猛獣が現れたらそれで脅かすんだ。それにもし襲いかかってきたとしても、それで自分を守ってりゃスカーベンジャーが対応するまでの時間を稼げる」
「なるほど」
悠樹はその状況を想像し、すごく理にかなっていると思った。
「それじゃあ、盾以外に必要なものはありますか?」
「万全を期すなら防具を揃えろ。革のベストに腕当て、すね当てだ。金に余裕があれば甲冑一式を買うのもいい」
「甲冑……それを次の都市までずっと着ていくんですか……」
「当たり前だ」
「ン……」
「あとは食料と水、それに各自が必要なものだな」
「……おーい! 訓練官、ちょっと来てくれ!」
誰かがこの訓練官を呼んだ。
「まあ、あとはお前たちで考えろ。俺は別のところに行くぞ」
「はい、ありがとうございました」
悠樹が礼を言うと、訓練官は他の者たちの元へと歩み去った。
「ふぅ……どうしようか」
悠樹が萌花を見る。萌花も悠樹を見返す。そして二人の視線が詩織へと向けられた。
「じゃ帰ろっか」
「うん、帰ろう」
「え? もう帰るのですか?」
「令狐さんはまだ見学してたい?」
「そうではないのですが……ただ、お二人が訓練費を払ったのに、こんなに早く帰るのは……」
「あー、大丈夫だよ。さっきのおじさんが言った通り、おれたちには筋肉が足りないし、時間もないから、ここで訓練してもスカーベンジャーのようにはなれないだろう。それならここで素振りするのも令狐さんの家でやるのも同じだし。それに盾の話も聞けたから、それを情報料だと思えば全然問題ない」
「そうだね。それにあんな人たちもいたし……」
「そうですか……分かりました。それでは帰りましょう」
そう言って、三人は訓練エリアを後にした。
そしてギルド内の武器売り場に来た。
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