0034 - 第 1 巻 - 第 3 章 - 1
「戦闘訓練?」
温かいミルクティーのカップを手にした萌花が、悠樹の言葉を繰り返した。
「うん。スカーベンジャーギルドで新人向けの訓練をやってるらしい」
「次の掃討隊が出発するまであと一週間ちょっとあるから、その間を利用してちょっと戦闘訓練を受けてみようかと思って。強くなれるかはわからないけど、少なくとも度胸はつくと思うし。道中、もし猛獣に遭遇してもパニックにならずに済むんじゃないかな」
しばらくの間勉強を続けた結果、二人はこの世界の基礎的な文字を理解できるようになっていた。専門的な書籍を読むのはまだ難しいが、日常生活で使う文字はもうほとんど問題ない。今、二人は少し余裕ができている。
萌花は悠樹にも温かいミルクティーを注いだ。
悠樹はついさっきスカーベンジャーギルドから情報を集めて帰ってきて、以前は知らなかった情報を得た。
しかし彼はカールズ城で約1週間、可能性がありそうな場所を片っ端から調べたが、地球から来た人や地球人に関連する情報は何一つ見つからなかった。
なので二人は前に立てた計画の通り、より繁栄しているフェンスビ央国へ向かい、さらに情報を収集することになった。
スカーベンジャーギルドの掃討大隊は、都市間の脅威を排除するだけでなく、貿易や情報交換の任務も担っており、一般人でも掃討大隊と同行し、他の都市や国へ安全に移動することができる。
通常、掃討大隊は毎月定期的に出発する。前回出発したのは、ちょうど二人がこの世界に召喚される数日前だったので、今回はその次の出発を待つ必要があった。
一般的な都市では、スカーベンジャーの人手が複数の隣接地域に同時に掃討大隊を派遣するのに十分でないため、掃討大隊のルートは一方向だけで、環状線の駅のように回ることになる。
進行方向の都市にいる人が、前の都市へ行きたい場合は、自ら逆方向に出発するか、掃討大隊のルートに沿って一周回るしかない。
フェンスビ央国がこのカールズ城の正方向にあることに、二人は幸運だと思った。
「うーん……いいとは思うけど、戦闘訓練なんて、怪我しないのかな?」
「多分大丈夫だと思うよ。おれたちはスカーベンジャーになるために参加するわけじゃないし、そこまでハードじゃないはず。体育の授業みたいに思えばいいんじゃない?」
「ふーん……うん、わかった、いいよ。それで、なんか準備するものある?」
「特にない。お金さえ持って行けば大丈夫。訓練費用の他に、防具……腕当てとか胸当てとかを買うかもしれないけど、それは元々旅の準備で必要になるものだから無駄にはならないよ」
「昼ご飯を食べてから行くの?」
「うん」
「分かった」
二人はかなりの資金を手に入れていたので、当面お金に困ることはない。この間にたくさんの服や生活用品を買って、今は旅行用品を準備しているところだ。
ちなみに、二人はこの世界に来たばかりの時に詩織に使わせてもらったお金を返そうとしたが、遠慮されて受け取ってもらえなかった。
「ん、今回のミルクティー、今までで一番美味しいね」
「うん! 今回はヤギミルクパウダーとミュール果糖を加えてみたの。私たちが知ってる山羊かどうかは分からないけどね。口当たりも味もグッと良くなった気がする!」
「なるほど」
ミュール果糖とは、この世界で<ミュール>と呼ばれる果物を自然乾燥させて得られる果糖で、甘味料として使用できる。
ミルクティーの作り方は簡単ではあるが、単にミルクと茶を混ぜるだけではなく、他に<ひと手間>をかける必要がある。言ってみれば、悠樹が売ろうとしている<ミルクティーの作り方>は、実際にはその<ひと手間>を売ることにほかならない。
だから二人はこの世界の食材を使って何度も試行錯誤し、レシピを完成させることを目指していた。
今のところ進展は順調で、二人は手応えを感じている。
「令狐さんは?」
「2階にいるよ」
話が終わるや否や、調合室の階段から足音が聞こえてきた。
「あっ、猫森さん、お帰りなさいましたか」
「うん。令狐さん、おれたち午後からまた出かけるよ。スカーベンジャーギルドに行って、戦闘訓練に参加してみようと思って」
「戦闘訓練ですか……あの、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「令狐さんも行くの? 今日はせっかくの休みなのに、ゆっくり休まなくて大丈夫?」
「はい、私も見学してみたくて」
「そっか、おれたちは全然構わないよ。でも、令狐さんが戦闘に興味があるなんて、ちょっと意外だね」
「ええと……は…はい……その……それに、もしお二人がお怪我をされたら、私がお手当てできますので」
「それは心強いよ。ありがとう、令狐さん」
「詩織ちゃん、本当に優しい子~」
久しぶりに三人で出かけることになって、今回はスカーベンジャーギルドに行く。
三人は少し休んでから、昼食を取りにレストランに向かった。
途中、彼らはパン屋の娘に出会い、挨拶を交わした。
パン屋の娘は、詩織の3年間の学びの時期の同級生だった。ここ数日の人付き合いで、悠樹と萌花も詩織のアトリエに来る常連や友人たちと顔見知りになり、パン屋の娘もその一人。三人が朝食に食べているパンは、彼女の家の店から買っているものだ。
詩織は自分では人付き合いが苦手だと言っていたが、実際には彼女の人望はかなり厚かった。
パン屋の娘以外にも、薬草屋のおじさん、仕立て屋の娘、ソーセージ店のおばさん、そしてこのレストランの息子など、多くの知り合いや友人がいた。
皆、詩織のことを好いていて、彼女にもよくしてくれていた。詩織の祖母が亡くなったあの大変な時期も、その人たちの助けがあったからこそ、詩織は乗り越えることができたのである。
その助けの中には、萌花が当初心配していた<詩織が一人で住む>ことへの対策も含まれていた。
その時期、教会は詩織の家のアトリエ周辺の巡回を強化し、親しい女性の友人たちも自主的に詩織の家に泊まる順番を決めて、詩織が家にいる時の安全を確保していた。
この話を聞いた時、萌花と悠樹はとても心温まる気持ちになり、「本当によかった」と心から思った。
詩織の知り合いや友人たちは、“詩織の遠縁の親戚”の悠樹と萌花にもすごく親切にしてくれた。これも二人がここでの生活に早く適応できた要因の一つである。
ただし、詩織本人を含め三人は、詩織の家に悠樹が住んでいることで複雑な気持ちを抱いている少年たちがいることには気づいていなかった。
その一人が、三人がよく訪れるこのレストランの息子。彼は悠樹と萌花がこの世界に来た初日、悠樹がカーデリム果実を半分かじって酸っぱさに顔を歪めるのを見て、思わず笑ってしまったあのウェイターだった。
彼が<あの割と顔立ちは悪くない間抜けが詩織の家に住んでいるらしい。しかも結構有能だって話だ>と知ってから、悠樹を見ると笑えなくなってしまったようだった。
だが悠樹と萌花は恋愛に関して何かが抜けており、あの少年たちと知り合ってからも日が浅いため、彼らの気持ちに気づくことはなかった。
読んでくれてありがとうございます。
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