0033 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 27
「そうだ、悠樹、ミルクティーを売るって、どうやってするの? 詩織ちゃんの家で売るの?」
「いや、正確にはその作り方を売るつもりなんだ。おれたちは商人じゃないし、安定した安い仕入れルートも持ってない。そのまま売り始めたら、すぐに真似されて、もっと安い値段でお客を取られちゃうだろうからね」
「確かにそうだね。でも、この世界にはまだミルクティーが発明されてないなんて意外だよ。作り方はあんなに簡単なのに。どうやって気付いたの?」
「令狐さんが牛乳は高い食材だって言ってたから、外に出た時に気をつけて見てみた。そしたら、茶葉が高級品の棚に置かれてるのを見かけたし、街には飲み物専門の店がほとんどなくて、あるのはお酒の店ばっかりだった。あのレストランにもミルク飲料やお茶系の飲み物はなかった。だから、それらを混ぜようと思う人が少ないんじゃないかと思ったんだ。そこでおれたちが試す価値があるってわけ。最初はあまり自信がなかったけど、あのお嬢様も知らないってわかって、確信したよ」
後から見れば簡単なことに思えることも、発明や発見される前は、何度も試行錯誤し、熟考を重ねなければならないことが多いのだ。誰も試さない、研究しないなら、どんなに単純なものでも人々はそれを知らないし理解できない。
この技術と情報の伝達速度が遅い世界では、特にそうだ。
「さすが悠樹。私、そんなこと全然気に留めたこともなかったよ……」
詩織はぼんやりとその場に佇み、二人が何か飲み物を作ろうとしているらしいことしか理解できなかった。
「ま、アイデアが売れるかは分かんないけどね。それに、まずは材料を揃えて試作してみないとだし、この話題はひとまず置いておこっか。あのお嬢様の提示した金額でだいたいの価値がわかったから、次は準備を進めよう」
「準備って、他のところで値段を比べること?」
「うん。でも、それだけじゃなくて、服やリュックに付いてるタグを切り取ることもだよ。そこに文字が書かれてるから」
「そうだった。それにティッシュも抜いて別のものに入れ替えないと……確かに準備が必要だね。だからさっき、リュックをお嬢様に見せなかったのね」
「うん、リュックの内側に縫い付けてあるタグは小さいけど、見つかったら面倒なことになっちゃうからね」
「じゃあ、服を取り込んでくる」
そう言って、萌花は2階に上がり、昨日の夜ベランダに干していた服を取り込みに行った。
続いて詩織が悠樹に尋ねる。
「ね…猫森さん、あの……この本も処分しないといけませんか?」
悠樹は料理本を手に取り、パラパラと数ページをめくった。
「そうです。この本にはおれたちの世界の文字が書かれてるし、大量の写真も載っているから……ええっと……つまり、絵みたいなものも含まれてます。これは一番破棄しなきゃいけないものなんですよ」
「そう……ですか……」
「えっと、もしかして令狐さん、この本が欲しいですか?」
そう聞かれて、詩織はすぐに首を振り、手を振りながら否定する。
「いえいえいえっ! そんな貴重な書物、私はそんな……」
「この世界では本は貴重かもしれないけど、おれたちの世界では、こんな本はいくらでも手に入るから、全然貴重なものじゃありませんよ」
悠樹の言葉に驚いた詩織は、信じられないという表情で「そ…そうなんですね……」と呟いく。
「んー……おおれたちの世界の歴史でも、一冊の本がきっかけで大きな事件が起きたことが何度もありました。令狐さんにあげたい気持ちはあるんだけど、あんなことになりたくないから、残しておくことはできません。でも、もし令狐さんが見たいって言うなら、おれと萌花がここを離れるまでの間だけ、貸しましょうか」
「ほ…本当にいいのですか!」と、詩織は目を輝かせる。
「はい。でも内容を書き写さないでくださいね」
そう言いながら、悠樹は料理本を詩織に差し出した。
「分かりました! ありがとうございます、猫森さん!」
詩織は料理本を受け取ると、子供のように嬉しそうな表情を浮かべた。
「これは料理の作り方を教える本だけですよ」
「大丈夫です。どんな内容でも見てみたいのです!」
「そうですか、令狐さんは勉強熱心なんですね」
ちょうどその時、萌花が服を取り込んで階下に戻ってきた。
「なになに? なんの話?」
天気が良かったおかげで、洗濯した服はすっかり乾いていた。
悠樹は詩織からハサミを借りると、リュックの内側や服の襟についているタグを切り取り、ついでに隠しポケットに入れてあったものも取り出した。
次に、未開封のティッシュ2袋と、使いかけの1袋を取り出して、詩織が用意してくれた清潔な綿布に包んだ。
そして二人で何度も入念に確認し、売る品に文字が残っていないことを確かめたあと、切り取ったタグやティッシュの包装を裏庭に持ち込み、口と鼻を押さえながら焼却した。
プラスチックの残りかすは、使わなくなった布に包んで、後で適当な場所に捨てることにした。
これらの準備を終えると、三人は再び外出し、輪ゴムや折りたたみ傘を持って他の商会や商店を回り、値段を聞いて歩いた。
彼らは午後いっぱいかけて、小さな商会を2つと、大きな雑貨店を3軒訪れた。
中にはカーリンが提示した価格よりも高い値をつけてくれた品もあったが、全体的に見ればカーリンの提示額の方が高かい。
時間と労力もコストであり、彼らが町中を回ってすべての品物の最高値を探すほどの余裕はなかった。
悠樹の考えは<あのお嬢様の提示額に問題がないなら、それで十分>だった。
そして総合的に判断した結果、彼らはカーリンにすべての品を売ることに決めた。
一日中走り回った三人は、今日はとても疲れていたので、レストランで食事を済ませ、詩織の家に戻るとすぐに休んだ。
翌朝、朝食を取ったあと、悠樹と萌花は”これ以上詩織の貴重な営業時間を奪うわけにはいかない”と言い、詩織に通常営業をしてもらうことにした。
それから二人は詩織から彼女が子供の頃使っていた教科書を借り、この世界の数字を勉強しながらカーリンが来るのを待つ。
午後、カーリンが来て、二人は売る予定の品をすべて並べ出した。
交渉の末、折りたたみ傘1本は金貨10枚、輪ゴム約950個で金貨1枚、輪ゴムを入れていたプラスチック袋1つは銀貨2枚、リボン付きヘアゴム4本で銀貨12枚、リュック1つは金貨3枚、悠樹の服とズボンと靴のセットは銀貨9枚、萌花の服とスカートのセットは銀貨2枚、ティッシュ25枚で銀貨2枚、合計金貨16枚と銀貨7枚で取引が成立した。
「お取引いただき、誠にありがとうございますわ。今後とも何か魅力的なお品がございましたら、どうかライナ商会をご利用くださいませ~」
取引は三人が思っていたよりも順調に進み、カーリンも商品に満足している様子だった。
商会が一般人から購入した珍しい品々は、金持ちや収集家に高く売られることもあれば、自ら使うこともある。取引から数日後、悠樹は街中で、あの折りたたみ傘をさし、輪ゴムで髪をまとめたカーリンの姿を偶然目にした。
この世界に来た時に持っていた物を売り払った結果、悠樹と萌花はかなりの資金を手に入れた。
その金額は城門の警備員の給料の4、5ヶ月分、行政センターの職員の給料の3、4ヶ月分に相当し、二人が働かずに9ヶ月間生活するのに十分な額だ。
もちろん、彼らはこの世界に9ヶ月も滞在するつもりも、詩織の家に引きこもっているつもりもない。そのお金は日常の出費やミルクティーの試作に使うだけでなく、フェンスビ央国への旅費やそこでの活動資金としても使う予定だ。
その後の数日間、二人はこの世界の文字を必死に勉強し、家事を手伝った。詩織も暇を見つけては、彼らの疑問に答えてくれた。
そして夜になると、詩織は料理本に載っている読めない文字や見たこともない食材の絵を見ながら、悠樹と萌花の世界がどんな場所なのかを想像していた。
ここの環境と生活リズムに慣れてきた頃、萌花は詩織と一緒に店に出て、客の対応や商品の販売を手伝い始めた。
最初、萌花はひどく人見知りで、客の目をまともに見られなかったが、数日慣れてきたことと、詩織がそばにいる安心感もあって、次第に笑顔で客を迎えられるようになった。
それは以前の萌花からは想像もつかない姿だった。
『アトリエ・令狐』も、可愛らしい女性店員が加わったことで常連客の間で話題になった。
一方、悠樹は外に出て様々な情報を集めたり、ミルクティーを作るための材料を買い集めたりしていた。
現在、彼らには多くの情報が必要である。例えば、他の召喚された人がどこにいるか、誰かがその人たちを見たことがあるか、<例の魔法使い>についての情報があるかどうか、生活物資の価格やミルクティーの市場調査などなど。
萌花と詩織のことが気がかりだったため、悠樹はアトリエを長時間離れず、一か所で情報を集めると、一旦アトリエに戻って少し休み、それから次の場所に向かうようにしていた。
こうして悠樹と萌花は、この世界での、詩織の家での充実した忙しい日々を送った。
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