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0030 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 24


 計画が妨げられるのは少々不愉快だが、商人として、珍しい品を売りたいと言われると、彼女はやはり興味を引かれる。


 悠樹はカーリンが面目を気にして興味を示さないか、あるいは「私を不愉快にさせておいて、今度は品を買えだなんて、おこがましいですわ!」と言って、そのまま店を出て行くのではないかと思っていた。しかしそうはならず、彼は内心ほっとした。


 「ちょっと待っててください。持ってきます」


 そう言うと、悠樹は一人で調合室に戻った。萌花を連れていかなかったのは、詩織とカーリンの間の気まずい空気を和らげるためだった。


 「……あの、どうぞそちらのお席へ」


 詩織はカーリンとメイドに席を勧めた。


 店内にはテーブルと椅子が備え付けられ、テーブルは壁に沿い、椅子には背もたれが付いており、客が休めるスペースになっていた。


 「……それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ」


 カーリンはメイドのポーラと共に、そちらの椅子に腰を下ろした。


 悠樹が調合室から財布2つ、ヘアゴム2つ、そして輪ゴムの袋を持ってくると、カーリンの前に並べた。萌花と詩織もテーブルのそばにやって来る。


 カーリンは扇子を開き、下半分の顔を隠しながら、それらの物品を真剣に見定める。


 悠樹は、この動作がカーリンの癖か、或いは表情を他人に見せないための処置かもしれないと考えている。商人として、取引や商談の際の表情管理は非常に重要で、些細な表情の変化が交渉の結果に影響を与えることがあるからだ。


 「……触ってもよろしくて?」


 「どうぞ」


 許可を得たカーリンは扇子を閉じ、悠樹が持ってきた品々を手に取ってしばらく弄り、そして財布を指差す。


 「……これは何かの工芸品でございますの? 素材は素晴らしいのですが、用途がよく分かりませんわ」


 「……まぁ、一応物を入れるためのものです。細長い紙なんかを入れたりします」


 「はあ、左様でございますか。確かに珍しい品ではありますが、あまり実用的ではなさそうに思えますわね」


 「そうですか。じゃあ、他のはどうですか」


 「……こちらの方は何が入っておりますの? 弾力のある紐でしょうか?」


 カーリンはリボン付きのヘアゴムを指さして尋ねた。


 「これはゴムと呼ばれるもので、引っ張っても元に戻る素材です。これらと基本的には同じものです」


 悠樹は袋から小さな輪ゴムを数本取り出すと、詩織に説明した時と同じように実演してみせた。


 「あら? これは……」


 カーリンの声のトーンが明らかに上がり、輪ゴムに強い興味を示している様子。彼女は悠樹が差し出した輪ゴムを手に取った。


 さっき彼女が輪ゴムの袋を開けなかったのは興味がないからではなく、単に見慣れない袋の開け方が分からなかっただけのようだ。


 カーリンは輪ゴムを軽く引っ張りながら、「とても不思議な素材ですわ。これは何に使うのですの?」と尋ねた。


 「髪を結ぶのに使います」


 そう言って、悠樹は輪ゴムを1個萌花に渡した。


 「萌花、ちょっとやって見せて」


 「うん」


 萌花はカーリンに向き直り、もみあげの髪を使って簡単に使い方を実演した。


 「こんな感じで、まとめた髪をこの輪の中に通して、くるっとひっくり返して、もう一度髪を通せばいいんですよ」


 パチンと軽い音と共に輪ゴムが留まった。分かりやすくするために、萌花は垂れたもみあげを上向きに結い上げた。


 「まあ~! とても便利そうですわね!」


 カーリンとメイドは思わず感嘆の声を上げた。彼女たちは商人とその従者である前に、まずは女の子だったからだ。


 その二人の反応がさっきの詩織と同じだったので、萌花はにっこり笑った。すると悠樹が続けて説明をする。


 「便利だけど、2、3日使うと切れちゃいますよ」


 「あら、左様でございますか。それでこれほどたくさんあるのですのね」


 「はい。そして、こっちのリボン付きのものは長持ちします。強く引っ張らなければ、1年くらいは使えるはずです。それに、これらは全て未使用品です」


 「素晴らしいですわ! お値段をお教えてくださいまし、買わせていただきますわ!」


 「えーっと……」


 悠樹はどう答えるべきか迷った。彼は自分と萌花がある重要なことを忘れていることに気付いたので。


 二人はこの世界の貨幣の価値観を全く知らなかったのだ。


 「値段はそちらで決めてください。おれたちも初めて物を売るもので、相場が分からないんです」


 「構いませんわ。それでは少々お待ちくださいませ」


 そう言うと、カーリンは扇子を開き、下半分の顔を隠しながら、真剣に輪ゴムの価値を見積もり始めた。


 この広大で人口が少なく、情報のやり取りが基本的に手紙や口伝えに頼っている世界では、取引の当事者双方が商品の価格を自ら決め、その責任を負う。


 資源や価値観が異なるため、同じ商品でも都市によってその価値が大きく異なることが多い。特に珍しい品については、その傾向が顕著である。


 そうした背景から、このような商売を生業とする者も少なからずおり、彼らは『旅商人』と呼ばれている。


 そして旅商人であれ、都市の商会の商人であれ、珍しい品の売買において、儲かるか損をするか、在庫が捌けるかどうかは、すべて彼らの見識と腕前次第なのだ。


 「……この<ワゴム>という品は何個おありになりますの?」


 「正確には数えたことはないが、950個以上はあると思います」


 「ふむ……それではすべて合わせて金貨1枚でいかがでございましょうか?」


 「……ちょっとこちらで相談させてください。それに、まだ準備が必要なものがあるので、今すぐに返事はできません。明日もう一度来てもらっていいですか?」


 「相場をお調べになられるのですのね? 分かっておりますわ。問題ございません、明日また参りますわ。今見せていただけるものの値段はお伝えできましてよ?」


 「それは助かります」


 その後カーリンは、リボン付きのヘアゴム1つにつき銀貨3枚の価格を提示した。


 カーリンとの交渉がこれほどスムーズに進むとは思っていなかったので、悠樹は自然な笑みを浮かべた。




 読んでくれてありがとうございます。

 もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・`)

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