0003 - 第 1 巻 - 第 1 章 - 3
食事を終え、皆はリビングでおしゃべりをして、しばらくしたらケーキの時間になった。
「はーい。ケーキだよー」
萌花のお母さんの葵がテーブルにケーキを置くと、ほわっと甘い香りが漂った。
「お――」
皆の目が一斉にケーキへ注がれた。出されたのはフルーツケーキ。
ケーキの一番上の層の周りには、生クリームひとつひとつで築かれたふわふわのウォール。その中に大量のいちごに葡萄、マンゴー、キウイなどのフルーツの粒が乗せられていて、真ん中には誕生日を祝う言葉が書かれたチョコレートが飾られている。彩り鮮やかで、思わず涎が出そうな仕上がりだ。
葵がケーキのキャンドルに火をつけ、太一はリビングの明かりを消した。
「じゃみんなでバースデーソング歌うよー！」
暗いリビングの中で葵が場を盛り上げた。彼女はバイタリティーのある大らかな人で、こういうイベントにはいつもアクティブに動く。
「♪ ――ハッピー バースデイ ディア イチゴ～ ハッピー バースデイ トゥー ユー～ ♪」
パチパチ、パチパチッ。
拍手の後、葵ははやく願い事をしてと苺を急かす。元から幼い体型に見える苺がケーキの前で嬉しさでニコニコしていて、他人から見ればまるで子供のようだ。
ケーキの上に刺さっている数字が39のキャンドルを見ながら、苺がゆっくりと言う。
「うん～そうね～じゃあ、この子たちがつつがなく、すこやかに育ってぇ……」
「おれたちもう16歳だよ！」
こんな子供みたいな願掛けだなんてと、悠樹は思わずツッコんだ。
「かわいい赤ちゃんを産んでぇ～」
「おれたちまだ16歳だよっ!?」「きゃ～」
悠樹のツッコミは激しくなった。体がモジモジする萌花は両手で赤くなった顔をした。
両家は長年の付き合いで、悠樹と萌花は生まれてから一緒にいた。二人の仲は普通の幼馴染よりずっといい。それにこの二人がお互い好きなことは、家族たちの中では言うまでもないことだ。
「苺ちゃんってば、口にしちゃったら叶わないよ～」
葵が肘で苺を軽く突きながらこう言って、二人してニヤニヤと悠樹と萌花を見る。悠樹は顔を背けた。頬が明らかに赤くなっているのを自覚して。
話題を変えるために、悠樹は苺を急かした。
苺がふぅーっとキャンドルを吹き消す。ほのかに蝋の匂いが漂う中、太一が明かりを点け、皆が待ちかねたようにケーキに手を伸ばした。
「いただきまーす」
「おいしい！」
悠樹も自分のケーキをひと匙掬い取って口に運んだ。
「どうだい？ 食べ心地悪くないだろう」
「ふわふわの生地とクリームが柔らかくて滑らかな口溶けで、甘い匂いと味が口いっぱいに広がる。果物の並べ方を計算したの？ 見た目は普通なのに、一口毎に果物が全部食べれて、バランスよく口の中で果汁がほとばしる。マンゴー、キウイ、いちごのソフトな食感と、ぷりっとぶどうを噛み破る時のさっぱりした歯応えが混じって、奇妙な感じに変わる。いろんな果物の香りが交差して、夏に果物を摂取する欲望が大いに満たされる。本当にすごくおいしい！ それに生地もいつもより柔らかくて、層と層の間に塗られたブルーベリーのジャムもよく合ってる！」
悠樹が絶賛した。
このケーキは萌花の両親の葵とジェノスが作ったもので、6人の内に誰かが誕生日になる度に、皆はこの二人が作ったケーキを食べる。新作が出来た時も、二人はいつも近所の人たちにお裾分けしていた。悠樹は甘いものが好きで、いつも期待する。
「おっ。悠樹は相変わらず好きだね。工夫もわかるし。いつうちに見習いになりに来る？ そんでいつか萌花と一緒にうちの店を～」
ただ葵は時折こうして悠樹を勧誘するから、悠樹は少し困ってしまう。
彼もそうしようかなと思うことはあった。だけど彼はケーキを作るより、ケーキを食べるほうが好きで、将来はどうしたいかも分かっていないので、いつも”考えておくよ”と答える。そしてそれが重なって、彼は葵にだんだん申し訳なくなってきていた。
そんな悠樹の心境を察したか、ジェノスが彼をフォローする。
「まあまあ。悠樹が決心ついたら自分から言い出すでしょうから、そんなに急かさないであげよう」
「あらそ」
悠樹は心の中でジェノスに感謝した。
ジェノスがそう言ったから、葵は今後あまり悠樹にこの手の問題を聞かなくなるだろう。
大らかな葵と沈着なジェノス、普段は葵が主導するが、ジェノスの意見も葵はちゃんと聞き入れる。この二人は相性のいい夫婦だと知人の間でも評判だ。
その後皆はケーキを味わいながら会話を弾ませた。きちんとしたパーティーではないが、皆今回も楽しかったと思っているようだ。
明日も店があるため、葵とジェノスが帰る時間になった。太一と苺は二人を玄関まで送る。萌花は夏休みなのでまだ少し遊んでいてもいいから、先にお風呂に入った。
「いつもわたしたちにこんなによくしてくれてありがとう、葵ちゃん、ジェノスさん」
「苺ちゃんいつもこんなこと言っちゃって。うちら何年の付き合いよ？ こっちこそいつも助けてもらってるんだから。それに近いうちにもっと親しい関係になるから、そんなに気づかわないぃ～」
「へっ！ アイツにそんな度胸あるか」
リビングで片づけをしている悠樹が太一のその一言を聞いて、ぎくりとして危うくジュースをこぼす。
片づけが終わって、萌花もお風呂から出てきた。彼女は悠樹の部屋へ上がり、悠樹はお風呂に入る。
彼は体を洗い流してから湯舟に浸かって、今日のことを考えた。
「おかあさんに感謝も伝えられたし、みんなに褒めてもらえたし、結構よかったかも」
今日一日この事のために働いて、彼は疲れを感じていながらも微笑んだ。湯船から足を壁にピンと伸ばし、大きく背筋を反らせる。
「んんっ～～～ふぅ～～～～」
湯気に包まれながら、リラックスできた悠樹が気持ちいい声を出した。
次に足を戻し右足の古傷を揉む。そこに長い手術の跡が残されていた。
「みんなの誕生日はいつも楽しいけど、今回はいつもより盛り上がったみたい。今後親たちの誕生日も今日みたいにしようか？ うん、いいかも。あとで萌花と話し合おう。～～～♪♪～～～」
ごきげんメロディを鼻歌まじりに歌を口ずさんだ。
読んでくれてありがとうございます。
もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・｀)
