0029 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 23
萌花の話の途中、店先からドアベルが鳴った。三人は顔を見合わせる。
「……休業中の看板を掛けていたはずですが。すみません、見てきますね」
「うん」「はい」
詩織は客を迎えに行き、萌花と悠樹は調合室で待っている。
店に出てみると、そこにいたのは詩織の見知った顔2人だった。
「あらー、やはりいらっしゃいましたのね、令狐さん?」
声の主は紫のフリル付きワンピース姿の金髪碧眼の少女だった。
少女は詩織と同じ年頃に見え、肩までの少し波打つ金髪を持ち、後ろ髪に赤いリボンを結んでいた。左手には小さな折りたたみ扇子を持っている。
整った装いと教養を感じさせる所作から、彼女が良家の子女であることは一目瞭然。
彼女の後ろに立っているもう一人の少女がいた。その少女はクラシックなメイド服を着ていて、頭には白いキャップをかぶっている。彼女の腕には籐製のバスケットが抱えられ、その中に購入した物が入っていて、白い布で覆われていた。
誰が見ても、裕福な家庭の令嬢とそのメイドだと思うだろう。
「…………ご用件は何でしょうか? ライナさん」
詩織の声からは先ほどの活気が消えていた。
「もちろん、ビジネスのお話を続けに参りましたわ。昨日は休業日でしたからお店を開けないのは当然ですけれど、今日もお休みだなんて、ついにアトリエを閉めて私に譲るおつもりになったのかしら?」
その言葉には自信とともに、ほのかな軽薄さが滲んでいた。
「……そんなことはありません。今日はただ、用事があるだけです」
「あらぁー? どんなご用事なのですかしら? もしかして、あちらの男性の方と何か関係がおありで?」
「え?」
詩織が振り向くと、ちょうど悠樹と萌花が顔を引っ込めるところが見えた。
彼らは好奇心からドアフレームに顔を出していたが、ちょうど令嬢と目が合ってしまったのだった。
二人には隠れる理由はない。また、詩織と令嬢の会話や態度から判断して、この令嬢が詩織が先ほど話していた商人の令嬢であることを確認できた。
ちょうど会う必要があると話していた矢先だったので、二人も調合室から店へと出て行った。
「……こんにちは」
悠樹が挨拶をすると、令嬢は即座に二人に問いかける。
「……お二人様はどちら様でいらっしゃいますの?」
悠樹と萌花がここに来て2日、詩織の知人には何人か会ったが、これほどストレートに尋ねられたのは初めてで、悠樹は少しばかり緊張する。
「おれたちは令……詩織の遠縁の親戚です。おれは猫森悠樹、こっちは百合園萌花と言います。苗字は前にあります」
「ごきげんよう」
悠樹が自己紹介をし、萌花も悠樹の後ろから令嬢とメイドに挨拶をした。
令嬢は扇子をサッと開くと、顔の下半分をシルクの扇面の後ろに隠した。
「……ふぅん~? 遠縁の親戚……でございますの……」
令嬢は言葉を一つ一つゆっくりと区切りながら、二人を頭のてっぺんから足の先までじろりと見下ろす。その視線に、悠樹は少し居心地の悪さを覚えた。
「まあ、失礼いたしましたわ。まだご挨拶をしておりませんでしたの」
令嬢は両手でスカートの裾を軽く摘み、優雅にお辞儀をしながら自己紹介をする。
「私、カーリン・ライナと申します。ライナ商会の娘ですわ」
悠樹と萌花は一緒に心の中でその語尾を繰り返した。
二人は実際にこういう口調を使う人物に遭遇するのは初めてで、まさに彼らが抱いていたお金持ちの令嬢像そのものだった。
「…………」
カーリンの自己紹介を聞いて、二人は特に目立った反応を示さなかった。
ライナ商会はカールズ城では中堅上位に位置する商会で、良い評判と知名度を持っている。普通、カーリンのことを知らない人でも、彼女がライナ商会の令嬢だと知ると、態度が多少変わるものだ。
しかしカーリンは、二人の態度にそのような変化を感じ取ることはできなかった。また、彼女はこれまで詩織がカールズ城に他の親戚がいるという話を聞いたことがなかったため、この二人がカールズ城の住人ではないと考えている。
「……お二人様はどちらからお越しになりましたの?」
「……おれたちは地球から来ました」
「<チキュウ>……? 聞いたことのないお名前ですわね……ここからは遠いのですの?」
「そうです。とても遠いところです」
そう言うと、悠樹と萌花はまた目を合わせ、「やっぱりダメだったね」という表情を浮かべた。
商人や商会は、社会に関する情報を一般人よりずっと多く持っている。悠樹がカーリンと接触したいと思ったのは、商会の人間から他の召喚された人の情報を探るためでもあった。
だがその期待も外れたようだ。
「……お二人様は令狐さんとご一緒に、このアトリエを経営なさるおつもりなのですの?」
カーリンは微妙な表情を浮かべている。
そんなカーリンを見て、悠樹は先ほど調合室で詩織が言っていたことを思い出し、カーリンと詩織の関係が友達になるほどよくはないことを感じた。
また、カーリンが詩織一人で経営しているアトリエを狙っているのは、自分の目的を達成するためとのことだった。
だから親戚が手伝うことになれば、詩織がアトリエを売却する可能性がさらに低くなることをカーリンが懸念しているのだ。と悠樹は思った。
「……おれたちはしばらくの間、ここに滞在します。その間、確かに詩織を手伝うつもりです。でも、それとは別に、詩織がもともとアトリエを売るつもりがないことは知ってるですよね? 毎日来ても、答えは同じだと思いますよ。そうしたら、そちらも疲れるんじゃないですか?」
悠樹はカーリンに、詩織のアトリエを狙うのをやめて欲しいと言っている。そうすれば互いに気まずくならずに済むから。
カーリンは悠樹と詩織を交互に見た。
詩織はただ杖を握りしめ、黙って下を見て彼らの会話を聞いていた。
カーリンはしばらく沈黙した後、再び自信に満ちた、やや軽薄な口調で返す。
「…………左様でございますか。では、このお取引は暫しお預けと致しましょう。今はそのお気持ちがなくとも、後々お考えが変わることもございますわ。未来のことは誰にも分かりませんもの」
彼女はまだ計画を諦めていないようだ。
この人、実績を早急に積みたいから狙われやすい令狐さんを選んだんじゃなかったの? 令狐さんが考えを変えるのを待てるなら、なんでいっそ他の計画にしない?
悠樹の心にそんな疑問が浮かんだ。
「帰りましょう、ポーラ」
困らせる言葉を残したカーリンは背を向けて帰ろうとした。
「ちょっと待ってください」
けど、悠樹に呼び止められた。
「詩織のアトリエは売らないが、別の物を売りたいです。珍しい物です」
「……どのようなお品でございましょうか?」
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