0028 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 22
詩織はにっこり微笑むと、悠樹と萌花が手にしたティッシュとウェットティッシュのパッケージに興味を示した。
「あの、それは何でしょうか?」
「ああ、これは包装袋です。プラスチックでできてます。えっと……プラスチックはおれたちの世界で日常的に使われる素材で、柔らかいものもあれば硬いものもあります。柔らかいのはこんな感じに包装袋や袋に使われて、物を包むのに便利なんですよ。硬いのも物を入れるのに使うけど、頑丈だからいろんな物を作れるんです。例えば、木桶や椅子なんかもプラスチックで作れますよ。この透明な小瓶も、この白いケースもプラスチック製です」
悠樹はテーブルの上の自作の唐辛子スプレーと、ワイヤレスイヤホンのケースを指さしながら説明した。
萌花が先ほど“危ない”と言ったのは、その無色透明の唐辛子スプレーのことだった。
「その小瓶、ガラスかと思っていました……透明で、液体を入れられるなんて、素晴らしい素材ですね!」
「メリットばかりじゃりませんよ。確かに便利で安いけど、使い終わったら有害なゴミになるし、燃やすと有毒な物質が出ます。この包装袋も、ティッシュを使い切ったらただのゴミで、他に使い道はないと思うから、売ることはできません」
「そうなんですね……」
詩織は悠樹の説明を聞き、分かったような分からないような顔で、無意識に彼が持つ小瓶をじっと見つめていた。
彼女はやはり異世界から来たこの新奇な材料に対して、非常に興味を持っているようだ。
そんな詩織の様子を見て、悠樹はテーブル上のイヤホンケースを手に取り、唐辛子スプレーとともに差し出した。
「触ってみますか?」
「あっ、はい! 是非! ありがとうございます!」
詩織が両手でそれらを受け取った瞬間、これが未知の物であると直感した。材質、手触り、かすかに鳴る音、すべてが初めての体験。
「この液体の入った小瓶はガラスのよりずっと軽いですね」
「中の液体は危ないから、取り扱いには気をつけてくださいね」
「は…はい!」
詩織は瓶やケースの蓋を開ける勇気はなく、表面をそっと撫でるだけだった。
「あの……お二人はこの<ぷらすちっく>を売るおつもりはないのでしょうか? この小瓶はとても価値があるかと」
「あー……」
悠樹と萌花は顔を見合わせる。
「この小瓶がこの世界ですごく使えるはずだとは思ってますが、今のところ、これはおれたちの唯一の武器なので、まだ売る気はありません」
「武器……ですか?」
「ええ。あ、まずそれを」
「はい」
詩織は唐辛子スプレーを返した。
「実はこの小瓶で一番大事なのは、液体でも瓶自体でもなくて、この管の部品なんです」
長さ10センチほどのスプレーボトルを、悠樹は人差し指と親指で縦に挟み、もう片方の手でその部品を指し示した。そして蓋を外し、噴射口を指しながら説明を続ける。
「詳しい原理は省略しますが、これは液体を霧状にして噴き出す部品です。その霧を<スプレー>と言います。中身の透明な液体はおれたちが作った催涙液で、すごく強い刺激性があります。目や鼻の粘膜についてしまったら、すぐに強烈な痛みや不快感に襲われて、目が開けられなくなり、鼻水が止まらなくなります。やられた人はかなり悲惨な状態に。ただかけるだけじゃ当てにくいけど、このスプレーボトルを使えば命中しやすくなるし、持ち運びや保存も便利になります。それに、おれたちの国では剣やナイフみたいな刃物は持ち歩いちゃいけないけど、このスプレーは人を傷つけるために使わなければ完全に合法なんです。だから護身用に持ってます」
「そう……なのですね……」
「ん……これは危ないから令狐さんには試させられませんね……あ、似たようなものがあるんでした」
悠樹は唐辛子スプレーを置き、手のひらサイズの冷却スプレーを手に取った。
「これもスプレーだけど、種類が違って中身も違います。体とか物を冷やすために使うものです。試してみますか?」
「はい!」
詩織は体験できるものはすべて体験しようとしているようだった。
「えっと……じゃあ、萌花が令狐さんにやってみて」
「いいよぉ」
萌花はそれが悠樹の配慮だとすぐに察し、快く冷却スプレーを受け取った。
「詩織ちゃん、袖をまくってね~」
「はい」
詩織は左の大きな袖をまくり上げ、白い腕を露わにした。
「すごいキレイなお肌ぁ~それじゃあ、スプレーするよ? ちょっと冷たいよ」
「はっ…はい!」
萌花はスプレーボトルを詩織の腕から40センチほど離して構え、ノズルを押した。
シュー――
「っ!?!? 」
ノズルから白い霧が噴き出すと、その音と霧に詩織は思わず飛び上がりそうになり、霧が当たった部分が秋の冷たい水に浸かったかのようにひんやりとした。
萌花はボトルを動かしながら噴射し、一箇所に集中して凍傷を起こさないように注意した。2秒ほどでスプレーを止める。
「ま…魔法っ!?」
<何もない空間から冷たい霧が生まれる>この現象は、詩織の目には紛れもなく魔法に映った。
「ふふふっ~魔法じゃないよ~」
「はは。これは熱を吸い取る液体なんですよ」
「そ…そうなのですね……お…大げさですみません……」
「ふふ~詩織ちゃんの反応って本当にかわいい。詩織ちゃんに私たちの世界を見せてあげたいな!」
「うん……きっと楽しいだろうね」
「うう……」
詩織は二人の言葉に照れくさそうに頬を染めた。
「まあ、とにかくこれが<スプレー>というやつです。この世界にはたぶんまだこういうものはないですよね?」
詩織がこれ以上恥ずかしくならないように、悠樹は話題を戻した。
「そうだと思います」
「それならよかった。そういうことなら、なおさらこれを武器として使う必要がありますね。ただ残念なことに、プラスチックじゃ殺傷力のある液体は入れられない……」
「そんなの危なすぎるわよッ!」
珍しく萌花が悠樹にツッコミを入れた。
悠樹は唐辛子スプレーの蓋を閉め、ポケットにしまい込んだ。萌花は冷却スプレーを片付けると、イヤホンケースを手に取り、白いワイヤレスイヤホンを2つ取り出した。
「最後はこれ! ぶるぅ~とぅぅ~すいやほん~! これはね――」
チリンチリン。
「……」
「……」
「……」
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