0027 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 21
ひとしきり遊んだ三人は調合室へと戻った。悠樹は開いたままの傘を外に干して乾かす。
「これでこの傘が高く売れることがよく分かったね」
「うんうん~」
「こんなに素晴らしい商品を体験させてもらいまして、ありがとうございます」
詩織がそう言うと、萌花が「おっ?」と声を上げ、テーブル上の輪ゴムいくつかを両手の指でつまんだ。
「それじゃあ、他のも試してみる?」
「……はい……!」
詩織は<異世界の物を体験する>ということは一生に一度かもしれないと思い、逃したくなかった。
了承を得た萌花は嬉しそうに詩織を椅子に座らせると、輪ゴムを手に彼女の後ろに回り込み、髪を触り始めた。
「うん~なににしよっかなぁ~」
萌花は友達が少なく、こういった女の子同士のやりとりはあまり経験がなかったが、自分の髪を編むのが得意で、幼い頃に悠樹とおままごとをしていた時も悠樹の髪を結んでいたため、詩織にヘアアレンジをするのもお手の物だった。
萌花は詩織の左目を隠している前髪をヘアピンで留め、左側の額を露出させた。
そして右側のこめかみの少し前の髪を掬い取って小さな三つ編みにし、自然に垂らして輪ゴムで結んだ。
次に耳を覆っている髪を後ろに払い、ヘアピンで固定した。
最後に両サイドの髪からひとつまみずつ取り、それより少し後ろからもうひとつまみずつ取って、輪ゴムで結び、2つの外側に伸びた小さな束を作った。
「これでどうぉ~?」
萌花はそう言いながら、前面カメラを開いたスマホを詩織に渡した。詩織は両手でスマホを受け取ると、しばらく画面を凝視し、それが<鏡>の役割を果たしていることに気づく。
<鏡>に映った自分の姿を目にして、詩織の顔は一瞬で真っ赤になり、慌てふためいた。
「わっ…私にはこんなの似合いません……!」
左目と両耳を隠していた髪が留められ、普段は見えないところが露出した。これまで感じられた落ち着いた印象は爽やかさへと変わり、両サイドに飛び出した小さな髪束が、彼女の可愛らしい顔立ちを一層幼く見せている。
「えええ~? かわいいじゃない~悠樹はどう~?」
「ん? うん、いいんじゃないかな」
聞かれた悠樹は特に反応を示さなかった。
彼は周囲から可愛いと認められている萌花と一緒に育ったので、女性への美的感覚が麻痺している。そして萌花と恋人関係にあるため、他の女の子にはあまり興味がない。
「わ…わっ…私は元のままでいいです……!」
詩織は素早く悠樹の方を一瞥すると、すぐに目をそらした。
彼女は悠樹が萌花の恋人だと分かっているのだが、悠樹はやはり異性なので、彼の目を全く気にしないことはできなかった。
そして一番の理由は、萌花が作ってくれた髪型が可愛く素敵なのは分かっていながらも、この爽やかで活発なスタイルは自分には似合わないと思ったからだ。
彼女は静かで落ち着いた性格ゆえ、自分を前面に出すこともなく、むしろ内気な面がある。左目を隠す前髪も彼女を守る一つの盾であり、前髪を上げると不安になってしまうのだ。
それに、両サイドの突き出た髪束はカールズ城では幼い女の子にありがちなスタイルだった。彼女は既に成人しており、幼く見られたくないと思うため、このような髪型には少し複雑な気持ちを抱く。
一方の萌花は、詩織が“似合わない”と言った理由を、髪型のセットが調和していないためだと真剣に考え込んでいた。
「んー……確かに詩織ちゃんの淡い水色の髪に黒い無地のヘアピンはちょっと合わないかも……でも、他の色やアクセサリーはもうないし……うーん……」
「い…色の問題では……」
結局、萌花は詩織のリクエストに応じて、彼女の髪を元通りに戻した。
「じゃあ、他ので遊ぼうか~どれにしようかな~」
萌花はそう言いながらテーブルの上の品々を改めて見渡す。
めったに他人とこんなに打ち解けられない萌花の様子を、悠樹はそばで温かい気持ちで見守っていた。
「これは危ないからダメ……んー、悠樹、ティッシュとウェットティッシュって売れる?」
萌花は半分使ったティッシュペーパーのパックを手に取り、悠樹に聞いた。悠樹は中から1枚を取り出し、広げながら答える。
「売れないことはないと思うけど、これらは消耗品だから、値はあまり高くないだろうね。ただの紙と綿だから。この世界じゃ本は貴重だけど、同じ木から作ったものでもティッシュは違う種類だし。それに、今朝店でもティッシュが売られていたから、そんなに高価じゃないと思う。令狐さんはどう思います?」
悠樹が広げたティッシュを渡されると、詩織はその質感を指でそっと撫でて確かめた。
「そうですね、ティッシュは市販されていますが、品質次第で価格は変わります。こちらは質が良さそうなので、それなりのお値段が付くかもしれません。あっ、あくまでティッシュの中での話ですよ。それと、一般の方がこれほど高級なものを買うことは稀ですが、富裕層の方々なら喜ばれるかもしれません」
「なるほど。じゃあこのウェットティッシュはどうでしょう」
悠樹はウェットティッシュのパッケージを開けて1枚を取り出して詩織に渡し、詩織はまたこすってみた。
「これは……湿った布ですか?」
「だいたいそんなものです。清掃用の」
「それならあまり価値がないかもしれませんね」
「分かりました。ありがとうございます、令狐さん。これで売れる物が増えました」
「どういたしまして。お二人の役に立てて嬉しいです」
読んでくれてありがとうございます。
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