0026 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 20
裏庭には薬草畑や浴室の小屋の他に、幾分のスペースがあった。
三人はその中の適当な広さのところにやって来た。悠樹の要求に応じて、詩織は先ほど話した魔法を実演する。
魔法杖を掲げ、薬草畑に向き直ると、彼女は呪文を唱え始めた。
いと慈悲深き水の女神アクア様 どうか我らに水の恩恵を ——『水放出』
呪文を唱えると、杖の青い水晶球の前に青い魔法陣が現れた。この魔法陣は昨日、詩織が手で発動した『水生成』や『ヒール』のより一段と大きかった。
呪文が終わると、魔法陣の中心から斜め上に向かって水流が発射された。水流は約4、5メートルの距離まで届き、その水圧と水量はホース付きの蛇口と消防ホースの中間ほど。
魔法の水流は斜め上方に発射され、そして重力によって落ちてきた。
空中に水のアーチを描いて落ちる水流は不揃いな水滴と化し、薬草畑へと降り注ぐ。陽光が水のアーチをくぐり抜け、小さな虹色の空間を生み出してはキラリと輝いた。
「うおおー!」
悠樹と萌花はその光景に感嘆の声を上げた。二人の感嘆は、水のアーチや小さな虹に向けられたものではない。<この世界では道具なしにこんな光景をいつでもどこでも作り出せる>という現実そのものにこそ向けられていた。
昨日に続き、詩織は日常的に使う魔法を見せただけなのに、悠樹と萌花がこれほど新鮮な驚きを見せるとは思っていなかった。まるで魔法を初めて目にした子供のような二人の反応に、彼女の口元には自然と温かな笑みが浮かぶ。
詩織が杖を動かすと、それに従って水流も移動する。水流や水滴は緑の薬草に当たり、葉先からしたたり落ち、あるいは茎を伝って土へと染み込んでいった。
十数秒後、詩織は魔法を終えた。
「このようなものですが、よろしいでしょうか?」
「はい、充分です。でも、こうして魔法で生成した水をやってもいいんですか?」
「水量が多くなければ大丈夫ですよ。それに薬草の表面の埃を洗い流しただけで、水やりはしていません。水量が少ない場合、植物が吸収する間もなくその水が消散します。水量が多いと魔素の量も多くなり、薬草などの植物が枯れてしまう原因となりますので、一般的には水魔法を使って水やりをしません」
「なるほど。じゃあ魔素は植物にとって毒なんですか?」
「それは種と魔素の濃度によりますが、一般的にはそうです。植物だけではなく、基本的にすべての生物にとって、短期間に大量の魔素を摂取すると『魔素中毒』を引き起こします」
「へー」「そんなこともあるんだ」
詩織の魔素に関する説明に、悠樹と萌花は頷きながら、新たな知識を得たことを実感した。
「令狐さん、この魔法の水流は角度を調整できますか?」
「はい、できます」
「それはよかった。じゃあ次はできるだけ高く発射してもらえますか? そのほうが雨のように降り注ぐと思いますから」
「分かりました」
「じゃ早速始めましょう」
悠樹が数メートル離れた位置に進み、合図を送ると、詩織は再び『水放出』を発動させた。
今度の魔法は空に向けて発射され、高さは約10メートルになって、水流の形はアーチではなく、尖った小山のようだった。
「「おおー」」
水流は頂点に達するや、自由落下して無数の大小さまざまな水滴へと散り、悠樹の頭上に掲げられた傘へ勢いよく叩きつけられた。
水の衝撃を受けた傘は、布地の弾力性と撥水性を遺憾なく発揮し、水滴を一切通さなかった。
<雨>が降り終わると、悠樹は萌花と詩織の元に戻り、両腕を少し広げ、彼女たちに体を見せた。
「すごいです! 本当に全然濡れていません!」
詩織は少し興奮気味に傘の性能を口々に称賛した。その様子を見届けると、悠樹は思わず微笑みを漏らした。
「令狐さんも試してみますか?」
「あっ、いいんですか?」
「でもおれたちは魔法が使えないから、水は令狐さんが出してくださいね」
「はい、分かりました!」
悠樹が詩織に傘を渡し、詩織はその傘を持って楽しそうにさっき悠樹が立っていた場所へ小走りに向かった。
折りたたみ傘一つで、詩織の興味がこれほどまでに引き出されるとは、悠樹も萌花も予想だにしていなかった。
双方は相手の日常の物事に驚嘆し、また自分の日常の物事に誇りを感じている。
位置に着いた詩織は、左手で傘の柄をしっかり握りしめると、右手に持った杖を高く掲げて呪文を唱え、真上へ向けて水流を放った。
水流は上空へと上昇し、やや大きめの<雨粒>へと姿を変えて落下する。
詩織はグッと傘を握り締め、降り注ぐ<雨>をしっかりと防ぎきった。そして悠樹と萌花の元に小走りで戻ってくる。
「本当にすごいです!」
自分の身で体験した詩織は満面の笑みを浮かべ、その傘の性能をさらに称賛した。
完全に水を通さないことはない。どんな傘でも、雨を防ぐと多少の細かい水滴が布地や骨組みの接合部分から髪や顔にかかるものだ。
けれど、この傘の性能は詩織が知っているどの傘よりもはるかに優れていた。
それにこの傘は折りたたみ可能で、とても軽量である。詩織にとって、こんなに素晴らしいものは見たことがなく、まるで贅沢品のように感じられた。そして今、彼女はその”贅沢品”に触れ、その性能を体験したので、気持ちが高まっている。
「私もやりたい~」
悠樹と詩織はそれぞれ一度ずつ試したが、萌花だけまだやっていなかった。
「遊んでないけど……まぁ……令狐さん、もう1回お願いしてもいいですか?」
「はい、もちろんです!」
「じゃあお願いします」「へへっ!」
詩織は傘を萌花に渡し、萌花もその場所に行った。
萌花は傘をかざし、「準備できたよ~」と詩織に声をかけると、詩織はまたさっきの魔法を使った。
水流がまた小山を描き、<雨>がまた傘に打ち当たった。
水流が空中でどのように水滴に分散し、どのように傘に落ち、どのように傘に防がれるかは正確には予測できない。今回の<雨水>が傘に防がれた後、一部の水滴が遠くまで飛び散り、詩織の顔に数滴かかった。
詩織は反射的に体をピンと反らせ、目をまん丸くさせて数秒間その場で固まった。
「ぷふっ! はははははは~」「ぷっ……コ…コホン……ン……」
詩織の反応と表情が面白くて可愛らしかったため、萌花は笑いを堪えきれなかった。
「あははははは~し…詩織ちゃん……ははははは~」
「そ…そんなに笑うのは失礼だよ……」
そう言いながらも、顔の筋肉が笑っている悠樹。
詩織はなにが起きたか理解すると、頬が微かに赤くなり、少し恥ずかしかった。
しかし、萌花と悠樹に悪意がないことを知っていたので、二人に釣られて「くすっ」と笑った。
すると、萌花がくるりと傘を回し、傘に残った水を詩織と悠樹めがけてばっさりと振り払う。
「えいっ! これでもくらえ! ほら、ほらっ!」
「きゃっ……ふふふっ!」
「こ…こら、はは!」
水を浴びせられた二人は、身をかわしながらも、楽しげに笑い声を上げている。
三人は無邪気にはしゃぎ回っている。その光景は、夏の日差しを浴びて、誰かの家の裏庭で水遊びに興じる学生たちを思わせた。
三人の顔には、満面の笑みがこぼれていた。悠樹と萌花の心が、昨日よりもずっと和らいでいることが、その表情からはっきりと読み取れた。
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